迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

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第二章 岩山の試練

第二十一話 凪

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 ニスキツルの社員が放った矢はすべてナツメヤシの石の戦士に命中した。
 あれほど巨大な的を外すような社員を連れてきたつもりはないので当然だった。しかし弓は相手の岩肌を削っただけで致命的な損傷は見当たらない。
 だがナツメヤシは一切動じた様子もなくニスキツルに向けて歩く……いや、進軍する。
 たった一体で一軍を容易に滅ぼせる巨人を一個の戦力とみなすのは危険だ。もはやあれは一軍と呼ぶべき敵だ。
「全員退却」
 そう告げると一斉に社員が逃亡を始める。
 ナツメヤシはあまり足が速くない。
 人間の足でも振り切れる速度しか出せない。その代わりすぐ復活するらしいので、厄介だが敵を引き付ければよい今回の作戦では楽な相手と呼べた。
(いや、油断は禁物か。迷宮で命を落とす最大の原因は人為的な失敗だ)
 気を引き締めながら、自身もまた逃げ出し始めた。
 これはリムズの信条であり、おそらくはエタも頷くことだろうが、迷宮探索に最も役立つものは逃げ足だ。



 角笛が聞こえてからしばらくすると二度目の角笛が聞こえた。さらに一度角笛が途切れてからすぐに三度目の角笛が響いた。
「二回の角笛がなりました。作戦を予定通り決行する合図です。行きましょう」
 エタ、ミミエル、ラバサル、ターハの四人は走らず、しかし遅くはない速度で歩き始めた。速度は重要だがこの迷宮はとにかく広い。
 体力を考えずに飛ばした挙句身動きが取れなくなる事態だけは避けたかった。
「そういえばよう。結局この迷宮の核はどこにあるんだ?」
 ターハは自分から迷宮探索の下調べや準備をしない。それはエタの仕事だと割り切っているらしい。
 エタもそのやり方を信頼の証だと受け取っている。
「この迷宮の真ん中にあるはずです。広大で、屋外にある迷宮の核はほとんどその中心部にあるようです」
「これだけ広くてもわかるの?」
 ちらりとエタの手元の地図を見ながらミミエルが真剣に尋ねる。
「ギルドも馬鹿じゃないよ。迷宮の端を測定して、おおよその中心地を割り出しているよ。それでも正確な位置はわからないし、安全な道は通れないからどうしても数の暴力で勝負することになるけどね」
 理由はわからないが、なぜかトラゾスが占拠している場所から戦士の岩山に入るとしばらく石の戦士が襲ってこなくなる。
 できればそこから入りたかったのだが、トラゾスとは交渉すらできなかった。
「石の戦士以外に敵はいねえんだよな?」
「はい。ただ、迷宮の核の近くに一体だけ一番強い石の戦士が配置されているらしいです。最初に到着した集団が囮を引き受けないとだめでしょうね」
「もしも誰も囮を引き受けなかったら?」
「全滅しますね」
 核を守っている石の戦士は情報が少ないが、とにかく強いということだけは明らからしい。
「あんた相変わらずさらっと物騒なこと言うわね……」
「事実だからね。全員死ぬくらいなら多少危険でも囮を引き受けるでしょう」
「そう計算通りに行けばいいがな……」
 以前のまだらの森とは違い、戦力には十分余裕があるが、一方で敵の強大さはこちらが上だろう。
 全員が少し緊張した面持ちだった。

 山間に入ると風は幾分弱まる。
 しかし地上との気温差もあり、風にはぴりりとした厳しさがある。
 ただただ歩くだけというのはじわじわといたぶられているような不快感が募る。
 景色も岩と砂ばかりで代わり映えのないことが余計に心を苛ませ、焦りそうになる。
 すると遠くから牛の唸り声が聞こえた。
「この声は牛人間でしょうね。攻撃されるとものすごい鳴き声で吠えると聞いてしましたが……」
「言い換えれば囮は上手くいってるってことだよな。今どのくらいだ?」
「まだ道のりの半分も来ていません。ですが一度水を渡しておきます」
 エタはラバサルの鞄、『持ち物を軽くする掟』を背負って荷物持ちをしている。戦闘ができないエタに荷物を預けるのが効率的な方法だった。
 戦士の岩山の厄介なところは水や食料などを調達する機会がほとんどないことだ。人間である以上飲み食いせずに長時間歩き続けることはできない。
 かといって荷台などを引けば時間がかかってしまう。その点ラバサルの掟をもつエタたちは一歩優位に立っていた。
「まだまだ先は長いわね。エタ? どうかしたの?」
 エタは顔を曇らせ、空を見上げていた。
「いや……風が止んだみたいだ」
 遮るものがないせいか戦士の岩山は風が強く吹きすさぶ。山間でも通り抜ける風はある。だが今は完全な無風状態だった。
「いいんじゃないか? 風がないほうが進みやすいだろ」
「それはそうなんですが……」
 いいか悪いかで言えば間違いなくいいほうだ。
 山の天気は変わりやすいと聞いたことがある。なら気にすることでもないかもしれない。
 迷いを捨てて歩みだそうとしたその時。
 いくつもの角笛が何度も、何度も、けたたましく鳴り響いた。
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