117 / 302
第二章 岩山の試練
第十九話 十字の教祖
しおりを挟む
困惑するエタとミミエル。
「君たち……どうしてこんなところに?」
せめて会話のきっかけになればと発した言葉だったが、むしろ火に油を注ぐことになった。
ミミエルのナイフに怯えていた二人の少年少女は怒りを漲らせ、エタとミミエルに射殺すような視線を向けた。
「お前ら! お前らもウルクの奴らだろ!」
「そうだけど……石を投げたのは君たち? どうしてそんなことを?」
「ウルクの人たちは私たちのお姉ちゃんにひどいことするもん!」
「えっと……お姉ちゃんって誰……?」
少年と少女が興奮しているせいもあってまともに会話が成立していない。どうにか宥めたいところだがエタが何を言っても怒るだけだろう。
助けを求めるようにミミエルを見ると、彼女は真っ青になっていた。
ミミエルの様子も気になるが、二人もまだエタたちを睨みつけている。どうしようもなく時間だけが過ぎていく。
「二人とも! 何をしているの!」
嫌な沈黙を破ったのは横合いから発せられた女性の声だった。稜線の向こうからやってきた彼女は胸元に白が覗く黒い服と黒いベールを被り、胸に十字のペンダントをぶら下げている。
(十字の神印? あんな神印はあったっけ? いや、あれがトラゾスの神印なのか?)
エタの目から見ても美人なのは間違いなく、都市国家群の人間としては珍しく、金色の髪をしていた。
(はるか北方に金色の髪を持つ民族がいると聞いたことがあるけれど……)
ふと、トラゾスはもともと奴隷や囚人だった人で構成されていると聞いたのを思い出した。彼女もそういう人なのだろうか。
思考を巡らせるエタに対して二人の子供は感情的な叫びをあげた。
「お姉ちゃん!」
「来ちゃダメ!」
金髪の女性をかばうように立ち、エタとミミエルを睨みつける。これまでの言動からエタはおおよそ事態を把握しつつあった。
そして金髪の女性はすべてを察していたようだった。
「二人とも。この方々は我々に危害を加えに来たわけではありません。そうですよね?」
「もちろんです。我々はあなた方に対してやましいところはありません」
エタは状況を頭の中で整理した。
まずこの子供たちはエタとミミエルを自分たち、とくに目の前の女性……おそらくトラゾスの教祖を抗議や逮捕しに来たウルク市民だと思ったのだろう。
だからエタたちを追い出そうとした。どうやら彼女は相当慕われているらしい。
「ほら、二人とも。もう村に戻りなさい」
「でも!」
「でもじゃありません。みんな心配していますよ」
不承不承頷いた二人の少年少女はときおりこちらを振り返りながらどこかに向かっていった。
「失礼いたしました。わたくしはトラゾスの教祖、リリーと申します」
(……やっぱり)
「僕はエタリッツと申します。こちらはミミエル」
いまだに沈黙したままのミミエルは軽くうなずいただけだった。
「先ほどの二人が申し訳ありません。村の皆は少し気が立っておりまして……」
「何かありましたか?」
「ええ。ウルクから来た冒険者の方々に……その、少々乱暴な方々がいらっしゃいまして……」
リリーは目を伏し、申し訳なさそうな、こちらの罪悪感を掻き立てる表情だった。
「それは……我々の同胞が申し訳ないことをしました」
「いえ、お気になさらずにウルクの皆様がそのような人ばかりでないことはわかっております」
そこで今までしゃべらなかったミミエルがようやく口を開いた。
「さっきの子供たちは……?」
「あの子たちですか? わたくしどもが育てている孤児です」
「孤児を引き取ってるの……?」
「ええ。すべては神の教えのままに」
腕を組み、祈りを捧げるリリーは一枚の壁画のように見えるほど美しかった。
結局何も収穫なくそのまま冒険者ギルドが設営した野営地まで戻ることになったエタとミミエルは無言で山道を歩いていたが、エタがミミエルに質問した。
「ミミエル。もしかしてあの子供たちに攻撃しちゃったことを気にしてる?」
「は、はあ!? あんなの石を投げてくる方が悪いでしょ!」
これはかなり気にしているな、と察するがそれを指摘しても意固地になるだけだろう。
「それじゃあ、トラゾスについてはどう思った?」
「どうって……孤児を養うのは立派じゃない?」
その意見は賛成する。
弱者を救うことは決して悪ではない。
だが。
「そうだね。でも、あのリリーって人は嘘をついてた」
「嘘?」
「うん。数日前ここをギルドの関係者が訪れたのは事実だよ。交渉するつもりだったらしい。でもその人は何もせずに追い返された。それも軽く怪我をして」
ミミエルの瞳が大きく開かれる。普段なら獰猛な印象を受けるオオカミの瞳は揺れ動いていた。
「どういうこと?」
「わからない。でも、この仕事、簡単には終わりそうにないと思う」
天気は快晴。
しかしなぜか空に雲を探してしまっていた。
目に見えない不安より目に見える凶兆のほうが対策しやすい、そう思っていたのかもしれない。
「君たち……どうしてこんなところに?」
せめて会話のきっかけになればと発した言葉だったが、むしろ火に油を注ぐことになった。
ミミエルのナイフに怯えていた二人の少年少女は怒りを漲らせ、エタとミミエルに射殺すような視線を向けた。
「お前ら! お前らもウルクの奴らだろ!」
「そうだけど……石を投げたのは君たち? どうしてそんなことを?」
「ウルクの人たちは私たちのお姉ちゃんにひどいことするもん!」
「えっと……お姉ちゃんって誰……?」
少年と少女が興奮しているせいもあってまともに会話が成立していない。どうにか宥めたいところだがエタが何を言っても怒るだけだろう。
助けを求めるようにミミエルを見ると、彼女は真っ青になっていた。
ミミエルの様子も気になるが、二人もまだエタたちを睨みつけている。どうしようもなく時間だけが過ぎていく。
「二人とも! 何をしているの!」
嫌な沈黙を破ったのは横合いから発せられた女性の声だった。稜線の向こうからやってきた彼女は胸元に白が覗く黒い服と黒いベールを被り、胸に十字のペンダントをぶら下げている。
(十字の神印? あんな神印はあったっけ? いや、あれがトラゾスの神印なのか?)
エタの目から見ても美人なのは間違いなく、都市国家群の人間としては珍しく、金色の髪をしていた。
(はるか北方に金色の髪を持つ民族がいると聞いたことがあるけれど……)
ふと、トラゾスはもともと奴隷や囚人だった人で構成されていると聞いたのを思い出した。彼女もそういう人なのだろうか。
思考を巡らせるエタに対して二人の子供は感情的な叫びをあげた。
「お姉ちゃん!」
「来ちゃダメ!」
金髪の女性をかばうように立ち、エタとミミエルを睨みつける。これまでの言動からエタはおおよそ事態を把握しつつあった。
そして金髪の女性はすべてを察していたようだった。
「二人とも。この方々は我々に危害を加えに来たわけではありません。そうですよね?」
「もちろんです。我々はあなた方に対してやましいところはありません」
エタは状況を頭の中で整理した。
まずこの子供たちはエタとミミエルを自分たち、とくに目の前の女性……おそらくトラゾスの教祖を抗議や逮捕しに来たウルク市民だと思ったのだろう。
だからエタたちを追い出そうとした。どうやら彼女は相当慕われているらしい。
「ほら、二人とも。もう村に戻りなさい」
「でも!」
「でもじゃありません。みんな心配していますよ」
不承不承頷いた二人の少年少女はときおりこちらを振り返りながらどこかに向かっていった。
「失礼いたしました。わたくしはトラゾスの教祖、リリーと申します」
(……やっぱり)
「僕はエタリッツと申します。こちらはミミエル」
いまだに沈黙したままのミミエルは軽くうなずいただけだった。
「先ほどの二人が申し訳ありません。村の皆は少し気が立っておりまして……」
「何かありましたか?」
「ええ。ウルクから来た冒険者の方々に……その、少々乱暴な方々がいらっしゃいまして……」
リリーは目を伏し、申し訳なさそうな、こちらの罪悪感を掻き立てる表情だった。
「それは……我々の同胞が申し訳ないことをしました」
「いえ、お気になさらずにウルクの皆様がそのような人ばかりでないことはわかっております」
そこで今までしゃべらなかったミミエルがようやく口を開いた。
「さっきの子供たちは……?」
「あの子たちですか? わたくしどもが育てている孤児です」
「孤児を引き取ってるの……?」
「ええ。すべては神の教えのままに」
腕を組み、祈りを捧げるリリーは一枚の壁画のように見えるほど美しかった。
結局何も収穫なくそのまま冒険者ギルドが設営した野営地まで戻ることになったエタとミミエルは無言で山道を歩いていたが、エタがミミエルに質問した。
「ミミエル。もしかしてあの子供たちに攻撃しちゃったことを気にしてる?」
「は、はあ!? あんなの石を投げてくる方が悪いでしょ!」
これはかなり気にしているな、と察するがそれを指摘しても意固地になるだけだろう。
「それじゃあ、トラゾスについてはどう思った?」
「どうって……孤児を養うのは立派じゃない?」
その意見は賛成する。
弱者を救うことは決して悪ではない。
だが。
「そうだね。でも、あのリリーって人は嘘をついてた」
「嘘?」
「うん。数日前ここをギルドの関係者が訪れたのは事実だよ。交渉するつもりだったらしい。でもその人は何もせずに追い返された。それも軽く怪我をして」
ミミエルの瞳が大きく開かれる。普段なら獰猛な印象を受けるオオカミの瞳は揺れ動いていた。
「どういうこと?」
「わからない。でも、この仕事、簡単には終わりそうにないと思う」
天気は快晴。
しかしなぜか空に雲を探してしまっていた。
目に見えない不安より目に見える凶兆のほうが対策しやすい、そう思っていたのかもしれない。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる