114 / 293
第二章 岩山の試練
第十七話 トンボ
しおりを挟む
戦士の岩山はウルクの西北西にある。
道としてはウルクとウルを結ぶ道を途中から西に曲がるように進めばいい。この辺りは都市国家群の主要な道から外れており、荒涼としており、道しるべが全くないため意外に迷いやすい。
だが今回はそんな心配は無用だ。
移動の費用から案内人まですべて冒険者ギルドが負担してくれているからだ。
「楽ちんだねえ。無料でここまでやってくれるなんてさ。これじゃ太っちまうよ」
「あら。じゃあ今すぐ交代する? 少しくらいやせるかもしれないわよ?」
ロバに引かれた荷台に寝転がるターハにミミエルがいつものように突っかかる。ターハはひらひらと手を振って断りの意を示していた。
シュメールの面々は用意された荷台に乗る組と徒歩で歩く組に分かれており、時間を見計らって交代している。
それはシュメールだけでなく、他に戦士の岩山攻略に参加するギルドや企業なども同様だった。
「ざっと見えるだけで四百人弱か。こいつぁかなりの大所帯だな」
「ギルドも本気ということですね。ザムグ。緊張してない?」
「かなり、してます」
エタが荷台の上から声をかけたザムグは暑さだけが原因ではない汗を流していた。
事実上の初陣がこれだけの大舞台なのだから当然だろう。
「今からそんなんじゃもたないわよ? さっさと帰ったら?」
つっけんどんなミミエルの口調はその実、ザムグの身を案じてのことだろう。
「いえ。行かせてください。俺たちだって役に立ちたいんです」
「そうは言っても君たちは後方支援だからね」
エタとミミエルはまだろくな迷宮探索の経験がないザムグたちの参加は反対だったが、ラバサルとターハは賛成し、リムズが後方勤務の席を用意したため、そちらを手伝うということで同行を許可することになった。
当然だがニントルはウルクの知人に任せており、同行したのはザムグ、ディスカール、カルムの三人だ。
「それもわかってますけど……こんなに大規模な迷宮攻略ってよくあるものなんですか?」
「ううん。いろいろ事情があるみたいだね」
「最近このあたりの冒険者ギルドはでかい未踏破の迷宮を攻略できてねえんだとさ」
当然ながら冒険者ギルドは迷宮攻略を第一義とする組織だ。
実績が挙げられなければ多方向から非難を浴びせられる可能性はある。体面が大事なのはどこも変わらない。
「冒険者ギルドもそんな理由で動くんですね……」
「ま、そんなもんよ。どこも利益とか見栄とか、そんなくだらない理由でしか冒険できないのよ」
吐き捨てるようなミミエルに思わず周囲の視線を気にするが、誰も聞いていないようだった。
「それでよう。結局戦士の岩山ってのはどんな場所なんだ?」
このあたりの事前調査はエタの役目だとほぼ全員が了解している。
「簡単に言うと石の戦士と呼ばれる巨大な石像が徘徊する岩山です。実際に見てみたほうがいいでしょうね」
遠くに見える山は決して高くはなかったが、頑健で来るものを拒む印象が強かった。
戦士の岩山は文字通り山岳地帯の迷宮であり、それゆえに非常に広大である。
ごつごつした山肌に張り付くように背の低い植物が生えているが、それ以外にほとんど生き物の気配はない。
なぜならここには決して侵入者を逃さない番人がいるからだ。
どこかから入り込んだ山羊が遠目から見てもわかるほど悲壮感を漂わせて激走している。
山羊が逃げているのは猛獣でも毒蛇でもない。
もっと恐ろしい、石の怪物。
そう形容するほかない異形だった。
見た目だけなら地面を走るトンボ。
ただし。
どう見ても人二人分ほどの高さがある岩の巨体だった。
飛べるわけもないのに翅を動かしているのは威嚇なのか、それとも人には測れない理があるのか。
いずれにせよ岩がごりごりとこすれるような音を立てながら、網目状の目をぎらつかせて山羊を追うその姿は悪夢でも見ているのではないかと錯覚してしまう。
これこそが石の戦士の一体、『トンボ』。
山羊は良く逃げたほうだろう。
健闘に値する。
しかし終わりは必ず訪れる。
露出した岩に足を取られた山羊は態勢を立て直すことができずに地面をごろごろと転がり、立ち上がるよりも先に石の『トンボ』が山羊の体に迫り……あたりには赤い液体がまき散らされた。
道としてはウルクとウルを結ぶ道を途中から西に曲がるように進めばいい。この辺りは都市国家群の主要な道から外れており、荒涼としており、道しるべが全くないため意外に迷いやすい。
だが今回はそんな心配は無用だ。
移動の費用から案内人まですべて冒険者ギルドが負担してくれているからだ。
「楽ちんだねえ。無料でここまでやってくれるなんてさ。これじゃ太っちまうよ」
「あら。じゃあ今すぐ交代する? 少しくらいやせるかもしれないわよ?」
ロバに引かれた荷台に寝転がるターハにミミエルがいつものように突っかかる。ターハはひらひらと手を振って断りの意を示していた。
シュメールの面々は用意された荷台に乗る組と徒歩で歩く組に分かれており、時間を見計らって交代している。
それはシュメールだけでなく、他に戦士の岩山攻略に参加するギルドや企業なども同様だった。
「ざっと見えるだけで四百人弱か。こいつぁかなりの大所帯だな」
「ギルドも本気ということですね。ザムグ。緊張してない?」
「かなり、してます」
エタが荷台の上から声をかけたザムグは暑さだけが原因ではない汗を流していた。
事実上の初陣がこれだけの大舞台なのだから当然だろう。
「今からそんなんじゃもたないわよ? さっさと帰ったら?」
つっけんどんなミミエルの口調はその実、ザムグの身を案じてのことだろう。
「いえ。行かせてください。俺たちだって役に立ちたいんです」
「そうは言っても君たちは後方支援だからね」
エタとミミエルはまだろくな迷宮探索の経験がないザムグたちの参加は反対だったが、ラバサルとターハは賛成し、リムズが後方勤務の席を用意したため、そちらを手伝うということで同行を許可することになった。
当然だがニントルはウルクの知人に任せており、同行したのはザムグ、ディスカール、カルムの三人だ。
「それもわかってますけど……こんなに大規模な迷宮攻略ってよくあるものなんですか?」
「ううん。いろいろ事情があるみたいだね」
「最近このあたりの冒険者ギルドはでかい未踏破の迷宮を攻略できてねえんだとさ」
当然ながら冒険者ギルドは迷宮攻略を第一義とする組織だ。
実績が挙げられなければ多方向から非難を浴びせられる可能性はある。体面が大事なのはどこも変わらない。
「冒険者ギルドもそんな理由で動くんですね……」
「ま、そんなもんよ。どこも利益とか見栄とか、そんなくだらない理由でしか冒険できないのよ」
吐き捨てるようなミミエルに思わず周囲の視線を気にするが、誰も聞いていないようだった。
「それでよう。結局戦士の岩山ってのはどんな場所なんだ?」
このあたりの事前調査はエタの役目だとほぼ全員が了解している。
「簡単に言うと石の戦士と呼ばれる巨大な石像が徘徊する岩山です。実際に見てみたほうがいいでしょうね」
遠くに見える山は決して高くはなかったが、頑健で来るものを拒む印象が強かった。
戦士の岩山は文字通り山岳地帯の迷宮であり、それゆえに非常に広大である。
ごつごつした山肌に張り付くように背の低い植物が生えているが、それ以外にほとんど生き物の気配はない。
なぜならここには決して侵入者を逃さない番人がいるからだ。
どこかから入り込んだ山羊が遠目から見てもわかるほど悲壮感を漂わせて激走している。
山羊が逃げているのは猛獣でも毒蛇でもない。
もっと恐ろしい、石の怪物。
そう形容するほかない異形だった。
見た目だけなら地面を走るトンボ。
ただし。
どう見ても人二人分ほどの高さがある岩の巨体だった。
飛べるわけもないのに翅を動かしているのは威嚇なのか、それとも人には測れない理があるのか。
いずれにせよ岩がごりごりとこすれるような音を立てながら、網目状の目をぎらつかせて山羊を追うその姿は悪夢でも見ているのではないかと錯覚してしまう。
これこそが石の戦士の一体、『トンボ』。
山羊は良く逃げたほうだろう。
健闘に値する。
しかし終わりは必ず訪れる。
露出した岩に足を取られた山羊は態勢を立て直すことができずに地面をごろごろと転がり、立ち上がるよりも先に石の『トンボ』が山羊の体に迫り……あたりには赤い液体がまき散らされた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
冤罪で追放した男の末路
菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
原産地が同じでも結果が違ったお話
よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。
視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ある平民生徒のお話
よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。
伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。
それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!
七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ?
俺はいったい、どうなっているんだ。
真実の愛を取り戻したいだけなのに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
学園長からのお話です
ラララキヲ
ファンタジー
学園長の声が学園に響く。
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』
昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。
学園長の話はまだまだ続く……
◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない)
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる