107 / 302
第二章 岩山の試練
第十二話 リサイクル
しおりを挟む
エタはザムグたち四人を連れだって例の酒の湧く泉がある洞窟に到着した。そこには入り口にはきっちりとした扉がつけられていた。
「エタさん? これは……盗賊対策か何かですか?」
今までも何度かそういう手合いに出くわしたことはあるが、危険と利益が見合わないせいでたいてい入ることすらしないようだった。
しかしもしもこの迷宮に価値があるのなら、ちゃんと戸締りをしておくことに越したことはないだろう。
「それもあるけど、どちらかというと動物が入らないようにするためだね」
「ど、動物? ね、ネズミとかオオカミですか?」
「うん。迷宮が成長するのは知っているよね?」
「えっと、迷宮には核があってそれぞれに掟を持つ……ですよね」
ニントルがつい先日教えた知識をそらんじた。
生徒の成長が垣間見える教師として嬉しい瞬間だ。
「多分この迷宮の掟は腐敗だ。食べ物や死体を腐らせる。君たちも気づいていたとはおもうけど」
「ええ。腐った死体に襲われたりもしますから。でも、不思議だったのは……」
「どうしてそんな迷宮に酒の湧く泉があるか。そうだよね?」
迷宮に今まで入ったことがなかったニントル以外の三人は頷いた。
何度となく出入りしてきた迷宮だが、不思議には思っていても詳しく調べる余裕はなかった……いや、そもそもそんな発想がなかったのだ。
「これはアトラハシス様の講義で聞いた話なんだけど……どうも酒が造られる原理、つまり発酵と腐敗の本質は同じものらしいんだ」
「そうなんですか?」
エタ以外はいまいちピンと来ていない。
彼らにとって腐っているものは食べられないが、酒は飲み物だ。それ以上の区別をする意味がない。
だが数千年後の人類が聴けば、発酵も腐敗も同じ微生物の働きによるものだと理解しただろう。エタはそれを理解していないが、利用することはできる。
「僕も聞いただけだけどね。だから、湧いてくるお酒をもっとおいしくするには酒造りの知識を応用できないかって思ったんだ」
「だから動物が入れないようにしたんですか?」
食物の保存に気をつけなければならないことの一つは害虫、害獣の駆除である。酒の品質をあげたいならあまり動物がうろつくようにさせたくないのは道理だった。
「それも一つ。もう一つは迷宮に他の物を腐敗させたくなかったからかな」
「ああん? 他の物?」
「あ、もしかして……腐敗の掟を泉に集中させたかった?」
「ニントルが正解だね。迷宮の掟は使える力に限界がある。だから、動物を腐らせたりするとそれだけ酒を造る力が落ちるはずなんだ」
「……エタさんの言ってることの半分くらいしか理解できていませんけど……俺たちはそんなことを思いつきもしませんでした。エドゥッパの学生ってみんなこうなんですか?」
ザムグの質問に答えたのは後ろから来た少女の声だった。
「エタがちょっと変わり者なのよ。少なくともお嬢様はそうじゃなかったわよ」
人を小馬鹿にするようなしゃべり方はミミエルのものだ。
エタたちは振り返りミミエルの姿を見て……困惑した。
「ミミエルさん? その恰好はいったい……?」
ミミエルは普段の煽情的な服装ではなく、肌を徹底的に隠し、さらに白い頭巾に白い布をマスク代わりに使っていた。
おそらく数千年後の日本人の小学生が今のミミエルを見ればこう言うだろう。給食のおば……お姉さんと。
「エタがこうしろって言ったのよ。はい。あんたたちも」
ミミエルは同じような衣服と布をザムグたちにも渡した。よく見るとミミエルだけでなくラバサルやターハも似たような恰好をしていた。
困惑しきりのザムグたちだったが、反対する理由もないので黙って着用する。
「結局今から何をするんですか」
「そういえばまだ言ってなかったっけ。今から、迷宮内を徹底的に掃除するよ」
返答を聞いても、やはり困惑は晴れなかった。
「エタさん? これは……盗賊対策か何かですか?」
今までも何度かそういう手合いに出くわしたことはあるが、危険と利益が見合わないせいでたいてい入ることすらしないようだった。
しかしもしもこの迷宮に価値があるのなら、ちゃんと戸締りをしておくことに越したことはないだろう。
「それもあるけど、どちらかというと動物が入らないようにするためだね」
「ど、動物? ね、ネズミとかオオカミですか?」
「うん。迷宮が成長するのは知っているよね?」
「えっと、迷宮には核があってそれぞれに掟を持つ……ですよね」
ニントルがつい先日教えた知識をそらんじた。
生徒の成長が垣間見える教師として嬉しい瞬間だ。
「多分この迷宮の掟は腐敗だ。食べ物や死体を腐らせる。君たちも気づいていたとはおもうけど」
「ええ。腐った死体に襲われたりもしますから。でも、不思議だったのは……」
「どうしてそんな迷宮に酒の湧く泉があるか。そうだよね?」
迷宮に今まで入ったことがなかったニントル以外の三人は頷いた。
何度となく出入りしてきた迷宮だが、不思議には思っていても詳しく調べる余裕はなかった……いや、そもそもそんな発想がなかったのだ。
「これはアトラハシス様の講義で聞いた話なんだけど……どうも酒が造られる原理、つまり発酵と腐敗の本質は同じものらしいんだ」
「そうなんですか?」
エタ以外はいまいちピンと来ていない。
彼らにとって腐っているものは食べられないが、酒は飲み物だ。それ以上の区別をする意味がない。
だが数千年後の人類が聴けば、発酵も腐敗も同じ微生物の働きによるものだと理解しただろう。エタはそれを理解していないが、利用することはできる。
「僕も聞いただけだけどね。だから、湧いてくるお酒をもっとおいしくするには酒造りの知識を応用できないかって思ったんだ」
「だから動物が入れないようにしたんですか?」
食物の保存に気をつけなければならないことの一つは害虫、害獣の駆除である。酒の品質をあげたいならあまり動物がうろつくようにさせたくないのは道理だった。
「それも一つ。もう一つは迷宮に他の物を腐敗させたくなかったからかな」
「ああん? 他の物?」
「あ、もしかして……腐敗の掟を泉に集中させたかった?」
「ニントルが正解だね。迷宮の掟は使える力に限界がある。だから、動物を腐らせたりするとそれだけ酒を造る力が落ちるはずなんだ」
「……エタさんの言ってることの半分くらいしか理解できていませんけど……俺たちはそんなことを思いつきもしませんでした。エドゥッパの学生ってみんなこうなんですか?」
ザムグの質問に答えたのは後ろから来た少女の声だった。
「エタがちょっと変わり者なのよ。少なくともお嬢様はそうじゃなかったわよ」
人を小馬鹿にするようなしゃべり方はミミエルのものだ。
エタたちは振り返りミミエルの姿を見て……困惑した。
「ミミエルさん? その恰好はいったい……?」
ミミエルは普段の煽情的な服装ではなく、肌を徹底的に隠し、さらに白い頭巾に白い布をマスク代わりに使っていた。
おそらく数千年後の日本人の小学生が今のミミエルを見ればこう言うだろう。給食のおば……お姉さんと。
「エタがこうしろって言ったのよ。はい。あんたたちも」
ミミエルは同じような衣服と布をザムグたちにも渡した。よく見るとミミエルだけでなくラバサルやターハも似たような恰好をしていた。
困惑しきりのザムグたちだったが、反対する理由もないので黙って着用する。
「結局今から何をするんですか」
「そういえばまだ言ってなかったっけ。今から、迷宮内を徹底的に掃除するよ」
返答を聞いても、やはり困惑は晴れなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ダンジョン美食倶楽部
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。
身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。
配信で明るみになる、洋一の隠された技能。
素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。
一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。
※カクヨム様で先行公開中!
※2024年3月21で第一部完!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる