105 / 293
第二章 岩山の試練
第十話 上に立つ覚悟
しおりを挟む
「ターハさんやミミエルはどうですか?」
エタはかつてラバサルが姉の師匠だったことを知っているのでその教育能力を疑っていないが、他の二人がどのくらい教えられるのかは知らない。
「ターハの奴は問題ねえ。あれで面倒見がいいし、ほめるのがうめえ。ミミエルの奴は……ありゃあ駄目だ」
「ミミエル、感覚で動きそうですからね」
彼女はイシュタル神殿に奉公していた時、ある程度の手ほどきを受けたそうだが、あの動きや戦い方は彼女独自の天性の才能が必要だと思っていた。
「いや、それもあんだが、どうも他人に任せるのが苦手みてえだ。何でも自分でやっちまう奴は教師に向いてねえ」
「ああ……なんとなく想像できます」
ミミエルはああ見えて困っている人を見捨てられない人間だ。それは素晴らしいことだと思うのだが、思いやりがいい方向に働かないこともある。
「エタ。ちと腹を探るようだが、聞いておくぞ」
「何でしょうか」
声を低めたラバサルに思わず背筋を伸ばす。
「あいつらをどのくらい育てるつもりだ? それで何をするつもりだ?」
「少なくとも冒険者としてやっていけるくらいには育てます。それから、ここの企業に残るかどうかは三人に任せます」
「ちと甘すぎる気もするが……まあいいだろう。どのみちわしも長く戦えねえ。代わりは必要だな」
「ラバサルさんに代わりなんていませんよ」
エタの紛れもない本心だった。
計算や文書の作成はエタが行えばいいが、他の企業やギルドとの交渉はラバサルが行っている。ザムグたちのもとにエタが向かったのは単純にラバサルの手が空いていなかっただけだ。
ターハやミミエルには性格的にも能力的にもできないことだ。
「エタ。そいつは違う」
「ラバサルさん?」
エタとしては全力の信頼を込めた言葉だったが、ラバサルはそれを否定した。
「お前は事実上この企業の頭だ。そいつが社員に代わりはいねえなんて言っちゃいけねえ。いや、違うな。そんなことを思っちゃいけねえ」
「どういうことですか」
「企業だろうがギルドだろうが、組織ってのは常に代わりがいる状態じゃなきゃいけねえ。そいつしかできねえ仕事なんかあっちゃいけねえんだ。もしもそいつが死んじまったらどうする」
「言っていることはわかります。でも、お前にはいくらでも代わりがいるなんて失礼なこと言えませんよ」
「そうだ。言わなくていい。だが常に社員の代わりを考えておけ。そうやって組織は回ってる」
「嘘をつけということですか?」
ラバサルは厳しい瞳でうなずいた。
「口ではおめえしかいねえなんて言いながら、頭ん中では代用品を用意しておけ。それが上に立つ奴の仕事だ」
「……厳しいですね」
誠実であれと人は言う。善良であれと教師は伝える。
しかし世の中は善性だけでは回っていない。
「そうだ。だが、おめえがそうするって決めたんだろ?」
「はい。その通りです。これは、僕がやらなきゃいけないことなんです」
静かに細く、それでも消えない暗い炎。
そんなものを心に持ち続けなければいけないと密かに覚悟した。
エタはかつてラバサルが姉の師匠だったことを知っているのでその教育能力を疑っていないが、他の二人がどのくらい教えられるのかは知らない。
「ターハの奴は問題ねえ。あれで面倒見がいいし、ほめるのがうめえ。ミミエルの奴は……ありゃあ駄目だ」
「ミミエル、感覚で動きそうですからね」
彼女はイシュタル神殿に奉公していた時、ある程度の手ほどきを受けたそうだが、あの動きや戦い方は彼女独自の天性の才能が必要だと思っていた。
「いや、それもあんだが、どうも他人に任せるのが苦手みてえだ。何でも自分でやっちまう奴は教師に向いてねえ」
「ああ……なんとなく想像できます」
ミミエルはああ見えて困っている人を見捨てられない人間だ。それは素晴らしいことだと思うのだが、思いやりがいい方向に働かないこともある。
「エタ。ちと腹を探るようだが、聞いておくぞ」
「何でしょうか」
声を低めたラバサルに思わず背筋を伸ばす。
「あいつらをどのくらい育てるつもりだ? それで何をするつもりだ?」
「少なくとも冒険者としてやっていけるくらいには育てます。それから、ここの企業に残るかどうかは三人に任せます」
「ちと甘すぎる気もするが……まあいいだろう。どのみちわしも長く戦えねえ。代わりは必要だな」
「ラバサルさんに代わりなんていませんよ」
エタの紛れもない本心だった。
計算や文書の作成はエタが行えばいいが、他の企業やギルドとの交渉はラバサルが行っている。ザムグたちのもとにエタが向かったのは単純にラバサルの手が空いていなかっただけだ。
ターハやミミエルには性格的にも能力的にもできないことだ。
「エタ。そいつは違う」
「ラバサルさん?」
エタとしては全力の信頼を込めた言葉だったが、ラバサルはそれを否定した。
「お前は事実上この企業の頭だ。そいつが社員に代わりはいねえなんて言っちゃいけねえ。いや、違うな。そんなことを思っちゃいけねえ」
「どういうことですか」
「企業だろうがギルドだろうが、組織ってのは常に代わりがいる状態じゃなきゃいけねえ。そいつしかできねえ仕事なんかあっちゃいけねえんだ。もしもそいつが死んじまったらどうする」
「言っていることはわかります。でも、お前にはいくらでも代わりがいるなんて失礼なこと言えませんよ」
「そうだ。言わなくていい。だが常に社員の代わりを考えておけ。そうやって組織は回ってる」
「嘘をつけということですか?」
ラバサルは厳しい瞳でうなずいた。
「口ではおめえしかいねえなんて言いながら、頭ん中では代用品を用意しておけ。それが上に立つ奴の仕事だ」
「……厳しいですね」
誠実であれと人は言う。善良であれと教師は伝える。
しかし世の中は善性だけでは回っていない。
「そうだ。だが、おめえがそうするって決めたんだろ?」
「はい。その通りです。これは、僕がやらなきゃいけないことなんです」
静かに細く、それでも消えない暗い炎。
そんなものを心に持ち続けなければいけないと密かに覚悟した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説


家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。


だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。

てめぇの所為だよ
章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる