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第二章 岩山の試練
第八話 賑やかな食事
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料理の始まりは食べにくい食物を食べやすくするためだった。
しかしそれらは文明の発展と共に複雑化し、単純な調理という技術ではなく、料理という文化に昇華された。
そしてメソポタミアにおいて当然ながら料理という文化は存在しており、独自の文化を育んでいたのである。
ここはそんなメソポタミア料理の最前線。
居酒屋である。
がやがやと賑わいに満ちる昼食の時間帯。
この居酒屋は屋外の食堂と屋内の食堂に分かれており、エタたちは屋内の食堂で食事することにした。
屋外は食卓がなく、どちらかというとビールなどを飲み、つまみを食べる場所なので今回は向いていない。
屋内の食堂の奥には様々な石材を組み合わせて作られた竈から料理を作るための熱気が伝わってくる。
食卓にはみずみずしいデーツ。香ばしい平焼きパン。食欲をそそる羊肉とにんにくのスープ。
ウルクの人々にとっては日常的な食事だが、ザムグたち四人は純金を積まなければ食べられないほどのごちそうのように無言で貪っていた。
(弟や妹がいればこんな気持ちなのかなあ)
巣立ちを見守る親鳥の気持ちとでもいうべきか。
とにかく一心不乱に食事する四人を見てなんともエタはほほえましい気持ちになっていた。
だが、そこにわずかに影が差す。
(姉ちゃんも僕をこんな風に見ていたのかな)
エタの姉、イレース。
もう彼女は人間ではない。
神の加護なき魔人で、今もこの大地を彷徨っているだろう。エタは彼女を殺さなければならない。
誰に命令されたわけではなく。それに大義があるとも思わず。
ただ、姉が不憫だと信じているから。
だがそれは。
果たして他人を巻き込んでもいいものだろうか。多分、エタの仲間たちなら良いと言うだろう。
それに罪悪感を抱くのはエタの覚悟が決まっていないからだろうか。
「あら? もう始めてるの?」
エタに背後から声をかけたのは琥珀色の瞳をした煽情的な服装の少女、ミミエルだった。
「うん。本当はみんなを待っていようと思ったんだけど、三人とも待ちきれそうになかったからね」
次に目に入ったのは背が高く、健康そうな女性、ターハだ。
「いいねえ。子供ってのは食いっぷりが良くないとな」
「あんたの場合、自分ががつがつ食べても目立たないから嬉しいだけでしょ?」
「いつも机の隅っこで豆かじってる奴はケチで困るねえ。人目なんか気にせずに飯食って酒飲むのが一人前の冒険者だろ?」
「あんた今冒険者じゃないじゃない」
「社員と兼業だから今でも冒険者だよ。なあ社長?」
「女の口げんかにわしを巻き込むんじゃねえ」
一番後ろにいたのは背が低いががっしりとたくましい老境に差し掛かっている男性、ラバサルだった。
「ひとまず皆さんに新しい社員を紹介しますね。ちょっと黒髪がぼさぼさしている子がザムグ。女の子がザムグの妹のニントル。丸顔の子がカルム。背が高い子がディスカールです」
各々が自己紹介し、次にエタたちが自己紹介する。いろいろと急いでいたせいでエタ自身もきちんと自己紹介していないことにようやく気付いたのだ。
「僕はエタリッツ。たいていエタって呼ばれてるよ。あと、ここにはいないけどシャルラっていう子がたまに手伝ってくれるかな」
「ミミエルよ」
「ターハだ」
「ラバサル。杉取引企業シュメールの社長ってことになってる」
全員が自己紹介を終えると食卓に座った。まず最初にザムグが疑問を口にした。
「ことになってるって言うのはどういうことなんですか?」
「わしはお飾りってことだ。社長としての業務はほとんどエタがやってる」
「エタさんはやっぱり頭がいいんですね。私塾に通っていたんですか?」
このウルクには学校のように公的な教育機関ではなく、勉強を教えることを私的な集まりがあり、それらは私塾と呼ばれていた。
「いんや。エドゥッパの学生だった」
ターハのそっけない返答に思わずザムグたちは食べ物を吹き出しそうになった。
「え、え、え、エドゥッパ!? ほ、本当に?」
「うん。もうやめたけどね」
「はあ!? エドゥッパだろ!? 上手くいけば書記官じゃねえか!」
「一応書記官の推薦も出てたけどね」
「エ、エタさん……えっと冗談じゃないんですよね……?」
ザムグたちは一番幼いニントルでさえも驚きどころか恐怖に近い表情をしていた。
「まあ、普通はそういう反応になるわよねえ」
ウルクにおいて書記官とは勉学に励む平民にとって最大に近い栄誉なのである。それをこともなげに捨てたように見えるエタは理解の範疇を超えているのだろう。
だからこそこの質問だった。
「聞いていいのかわかりませんけど……エタさんが書記官を諦めてまで企業に勤めている理由って何ですか?」
もともとシュメールにいた四人の空気がぴりりと引き締まる。
エタは目配せをし、三人はそれに頷いた。
「そうだね。一員になるなら聞いてもらった方がいいかな。僕の本当の目的を」
そうしてエタは、数十日前の出来事を話し始めた。
しかしそれらは文明の発展と共に複雑化し、単純な調理という技術ではなく、料理という文化に昇華された。
そしてメソポタミアにおいて当然ながら料理という文化は存在しており、独自の文化を育んでいたのである。
ここはそんなメソポタミア料理の最前線。
居酒屋である。
がやがやと賑わいに満ちる昼食の時間帯。
この居酒屋は屋外の食堂と屋内の食堂に分かれており、エタたちは屋内の食堂で食事することにした。
屋外は食卓がなく、どちらかというとビールなどを飲み、つまみを食べる場所なので今回は向いていない。
屋内の食堂の奥には様々な石材を組み合わせて作られた竈から料理を作るための熱気が伝わってくる。
食卓にはみずみずしいデーツ。香ばしい平焼きパン。食欲をそそる羊肉とにんにくのスープ。
ウルクの人々にとっては日常的な食事だが、ザムグたち四人は純金を積まなければ食べられないほどのごちそうのように無言で貪っていた。
(弟や妹がいればこんな気持ちなのかなあ)
巣立ちを見守る親鳥の気持ちとでもいうべきか。
とにかく一心不乱に食事する四人を見てなんともエタはほほえましい気持ちになっていた。
だが、そこにわずかに影が差す。
(姉ちゃんも僕をこんな風に見ていたのかな)
エタの姉、イレース。
もう彼女は人間ではない。
神の加護なき魔人で、今もこの大地を彷徨っているだろう。エタは彼女を殺さなければならない。
誰に命令されたわけではなく。それに大義があるとも思わず。
ただ、姉が不憫だと信じているから。
だがそれは。
果たして他人を巻き込んでもいいものだろうか。多分、エタの仲間たちなら良いと言うだろう。
それに罪悪感を抱くのはエタの覚悟が決まっていないからだろうか。
「あら? もう始めてるの?」
エタに背後から声をかけたのは琥珀色の瞳をした煽情的な服装の少女、ミミエルだった。
「うん。本当はみんなを待っていようと思ったんだけど、三人とも待ちきれそうになかったからね」
次に目に入ったのは背が高く、健康そうな女性、ターハだ。
「いいねえ。子供ってのは食いっぷりが良くないとな」
「あんたの場合、自分ががつがつ食べても目立たないから嬉しいだけでしょ?」
「いつも机の隅っこで豆かじってる奴はケチで困るねえ。人目なんか気にせずに飯食って酒飲むのが一人前の冒険者だろ?」
「あんた今冒険者じゃないじゃない」
「社員と兼業だから今でも冒険者だよ。なあ社長?」
「女の口げんかにわしを巻き込むんじゃねえ」
一番後ろにいたのは背が低いががっしりとたくましい老境に差し掛かっている男性、ラバサルだった。
「ひとまず皆さんに新しい社員を紹介しますね。ちょっと黒髪がぼさぼさしている子がザムグ。女の子がザムグの妹のニントル。丸顔の子がカルム。背が高い子がディスカールです」
各々が自己紹介し、次にエタたちが自己紹介する。いろいろと急いでいたせいでエタ自身もきちんと自己紹介していないことにようやく気付いたのだ。
「僕はエタリッツ。たいていエタって呼ばれてるよ。あと、ここにはいないけどシャルラっていう子がたまに手伝ってくれるかな」
「ミミエルよ」
「ターハだ」
「ラバサル。杉取引企業シュメールの社長ってことになってる」
全員が自己紹介を終えると食卓に座った。まず最初にザムグが疑問を口にした。
「ことになってるって言うのはどういうことなんですか?」
「わしはお飾りってことだ。社長としての業務はほとんどエタがやってる」
「エタさんはやっぱり頭がいいんですね。私塾に通っていたんですか?」
このウルクには学校のように公的な教育機関ではなく、勉強を教えることを私的な集まりがあり、それらは私塾と呼ばれていた。
「いんや。エドゥッパの学生だった」
ターハのそっけない返答に思わずザムグたちは食べ物を吹き出しそうになった。
「え、え、え、エドゥッパ!? ほ、本当に?」
「うん。もうやめたけどね」
「はあ!? エドゥッパだろ!? 上手くいけば書記官じゃねえか!」
「一応書記官の推薦も出てたけどね」
「エ、エタさん……えっと冗談じゃないんですよね……?」
ザムグたちは一番幼いニントルでさえも驚きどころか恐怖に近い表情をしていた。
「まあ、普通はそういう反応になるわよねえ」
ウルクにおいて書記官とは勉学に励む平民にとって最大に近い栄誉なのである。それをこともなげに捨てたように見えるエタは理解の範疇を超えているのだろう。
だからこそこの質問だった。
「聞いていいのかわかりませんけど……エタさんが書記官を諦めてまで企業に勤めている理由って何ですか?」
もともとシュメールにいた四人の空気がぴりりと引き締まる。
エタは目配せをし、三人はそれに頷いた。
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