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第二章 岩山の試練
第五話 脱退
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一度店側と交渉するとギルド長に提案し、そして翌日。
エタは再び『雨の大牛』のもとに訪れた。
営業用の笑顔を浮かべながら商談を進める。
「前回よりもいい話を持ってきました」
「おう。やるじゃねえか」
「お褒めの言葉、感謝いたします。念のためにお聞きいたしますが、ギルド構成員は昨日のザムグ君だけですか」
「あー……いや、他にも三人いる」
「つまりきちんと五人のギルドになるわけですね?」
「そうだがそれがどうかしたのか?」
「念のために構成員を確認しても構いませんか?」
ギルド長は面倒だなと思いつつもこれで破談になればそっちの方が困ると思い、自分の携帯粘土板をエタに見せた。
「ほらよ」
そこには構成員の名前が書いてある。
「おや? これは……いったいどういうことでしょうか」
エタは白々しく疑問符を浮かべた。
もちろんそんな態度を見て気分がよくなるはずはなく、ギルド長はやや声を荒げた。
「なんだよ。何かあったのか?」
「なにかも何も……『雨の大牛』の構成員があなたしかいませんよ?」
「はあ?」
何を馬鹿な。
そう言わんばかりにくるりと画面をひっくり返すと。
エタの言う通り、そこには自分の名前しかなかった。
「はああ!? はああああああ!?」
あまりの絶叫にエタは思わず耳を押さえた。
決して、思わず苦笑いしているのをごまかすために大げさな反応をしたわけではない。
「どうなってんだ!? あいつら、どうして、俺のギルドにいない!?」
「落ち着いてください。まず原因を探しましょう」
「原因っつっても……そんなもん……あいつらが俺のギルドを抜けたからに決まってるだろうが!」
しり上がりに語気を強めたギルド長はギルドの名の通り、怒り狂った牛のように一直線にザムグたちの家に向かって走り出した。
「おいこらザムグぅ!」
小太りの体を全力疾走した代償に大汗を流し、息をぜいぜいと荒げていたが、それが迫力をつけていた。
ザムグ、カルム、ディスカールの三人は小屋の前に立っており、決意を固めた表情でギルド長を待ち構えていた。小屋の奥の方にはニントルが怯えたように縮こまっていたが、それはギルド長の目には入らなかった。
「お前ら! どうして俺のギルドをやめた!」
「もっといい就職先が見つかりました」
抑揚なく準備してきた台詞を読み上げる。
「ふざけるな! お前らに俺のギルドをやめる権利があると思っているのか!?」
「ぼ、冒険者憲章によると冒険者は自由に、ぎ、ギルドを脱退できると明記されています」
「お前らにそんな自由があるかあ!」
びりびりと雷のような怒声が響き渡る。
覚悟を決めていたザムグだったが、これには後ずさった。
彼にとってギルド長は自分の命を握っている君主同然であり、逆らうことなど許されない嵐のごとき存在だった。
もちろんギルド長そのものは小人物なのだが、彼の立場が反抗を許さなかった。
恐怖から、彼の手は震え始めていた。
誰しも今まで一度も行ったことのないことには恐怖を感じるものだ。それが子供ならばなおさらである。
しかし彼は一人ではない。
「け。今更いきってんじゃねえ。自分じゃ何もできねえくせに」
カルムが悪態をつきながらザムグの肩を掴む。
「何言ってやがる! お前らがここにいるのは全部俺のおかげだろうが!」
ザムグの震えは止まっていた。
きりっとした目でギルド長を見据える。
「きつい仕事だったとはいえ、子供の俺たちに職を斡旋してくれたことは感謝してる。でも! 俺たちだって未来があるんだよ!」
ギルド長はぎりぎりと歯軋りし、ザムグを睨むが、一時の怒りは思いもよらぬザムグたちの団結力に鎮火されつつあった。
「くそったれ。じゃあ勝手にしやがれ」
「それは俺たちの脱退を正式に認めるってことですか」
「ああ。お前らの代わりなんていくらでもいる」
「ありがとうございます」
三人はほうとため息をついた。
これで彼らの仕事は終わった。
ここからは。
「お話は終わりましたか?」
エタの番だった。
エタは再び『雨の大牛』のもとに訪れた。
営業用の笑顔を浮かべながら商談を進める。
「前回よりもいい話を持ってきました」
「おう。やるじゃねえか」
「お褒めの言葉、感謝いたします。念のためにお聞きいたしますが、ギルド構成員は昨日のザムグ君だけですか」
「あー……いや、他にも三人いる」
「つまりきちんと五人のギルドになるわけですね?」
「そうだがそれがどうかしたのか?」
「念のために構成員を確認しても構いませんか?」
ギルド長は面倒だなと思いつつもこれで破談になればそっちの方が困ると思い、自分の携帯粘土板をエタに見せた。
「ほらよ」
そこには構成員の名前が書いてある。
「おや? これは……いったいどういうことでしょうか」
エタは白々しく疑問符を浮かべた。
もちろんそんな態度を見て気分がよくなるはずはなく、ギルド長はやや声を荒げた。
「なんだよ。何かあったのか?」
「なにかも何も……『雨の大牛』の構成員があなたしかいませんよ?」
「はあ?」
何を馬鹿な。
そう言わんばかりにくるりと画面をひっくり返すと。
エタの言う通り、そこには自分の名前しかなかった。
「はああ!? はああああああ!?」
あまりの絶叫にエタは思わず耳を押さえた。
決して、思わず苦笑いしているのをごまかすために大げさな反応をしたわけではない。
「どうなってんだ!? あいつら、どうして、俺のギルドにいない!?」
「落ち着いてください。まず原因を探しましょう」
「原因っつっても……そんなもん……あいつらが俺のギルドを抜けたからに決まってるだろうが!」
しり上がりに語気を強めたギルド長はギルドの名の通り、怒り狂った牛のように一直線にザムグたちの家に向かって走り出した。
「おいこらザムグぅ!」
小太りの体を全力疾走した代償に大汗を流し、息をぜいぜいと荒げていたが、それが迫力をつけていた。
ザムグ、カルム、ディスカールの三人は小屋の前に立っており、決意を固めた表情でギルド長を待ち構えていた。小屋の奥の方にはニントルが怯えたように縮こまっていたが、それはギルド長の目には入らなかった。
「お前ら! どうして俺のギルドをやめた!」
「もっといい就職先が見つかりました」
抑揚なく準備してきた台詞を読み上げる。
「ふざけるな! お前らに俺のギルドをやめる権利があると思っているのか!?」
「ぼ、冒険者憲章によると冒険者は自由に、ぎ、ギルドを脱退できると明記されています」
「お前らにそんな自由があるかあ!」
びりびりと雷のような怒声が響き渡る。
覚悟を決めていたザムグだったが、これには後ずさった。
彼にとってギルド長は自分の命を握っている君主同然であり、逆らうことなど許されない嵐のごとき存在だった。
もちろんギルド長そのものは小人物なのだが、彼の立場が反抗を許さなかった。
恐怖から、彼の手は震え始めていた。
誰しも今まで一度も行ったことのないことには恐怖を感じるものだ。それが子供ならばなおさらである。
しかし彼は一人ではない。
「け。今更いきってんじゃねえ。自分じゃ何もできねえくせに」
カルムが悪態をつきながらザムグの肩を掴む。
「何言ってやがる! お前らがここにいるのは全部俺のおかげだろうが!」
ザムグの震えは止まっていた。
きりっとした目でギルド長を見据える。
「きつい仕事だったとはいえ、子供の俺たちに職を斡旋してくれたことは感謝してる。でも! 俺たちだって未来があるんだよ!」
ギルド長はぎりぎりと歯軋りし、ザムグを睨むが、一時の怒りは思いもよらぬザムグたちの団結力に鎮火されつつあった。
「くそったれ。じゃあ勝手にしやがれ」
「それは俺たちの脱退を正式に認めるってことですか」
「ああ。お前らの代わりなんていくらでもいる」
「ありがとうございます」
三人はほうとため息をついた。
これで彼らの仕事は終わった。
ここからは。
「お話は終わりましたか?」
エタの番だった。
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