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第一章 迷宮へと挑む
第六十七話 彼女の手記
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初めまして。
私の名前はイレースです。
こういう手記を書くのは初めてなのでどう書けばいいのかわかりませんが、とりあえず思いついたことを書こうと思います。
私の両親は雑貨屋を営んでいます。
遠方の工芸品をどこかから買い取ったり、古物を修理したりして店で売ったりしています。
それと弟がいます。
とてもかわいいです。
ええと、なんだっけ。
そうだ、私ははじめ雑貨屋の手伝いをしていましたが、細かいことが苦手で、頭もあまりよくなかったので、ラバサルさんという人に武術の稽古をつけてもらいました。
そしてどうやら私には才能があったらしく、ラバサルさんから許可をもらってすぐに冒険者になりました。
冒険者としての暮らしは性に合っていたらしく、とても順調でした。
今思えばすこし順調すぎたかもしれません。
みんなが私をほめてくれました。
父も、母も、弟も、みんな喜んでくれました。
だから私は頑張りました。
十七歳になるとメラムを纏った掟を授かり、三級冒険者になりました。
女としては最も早く三級冒険者になったらしいです。
ただ、そんなつもりはありませんでしたが、少し調子に乗っていたと今ではそう思います。
そしてこれは数か月前のことですが、私はひどい怪我を負ってしまいました。
それでも一生歩けないとか、もう二度と冒険できないとかそんな怪我ではありません。
ですが、私は冒険者として活動していて、大きな怪我をしたのはこれが初めてでした。
とても、とても怖くなりました。
今まで私は冒険していて命を落とすとか、重大な事故にあうとか、そのようなこととは縁遠かったのです。
はっきり言えば他人事だと思っていました。
普通なら冒険者になり立てで何度か味わうような恐怖を経験することがありませんでした。
そういうことが当たり前のように起こる世界なのだとようやく気付いてしまいました。
だからと言って今更冒険者をやめるわけにはいきません。
みんな期待してくれています。
特に、弟の私を見つめるあの瞳を裏切るわけにはいきません。
でも、怖くて仕方ありません。
そんな時にあの人に、ペイリシュさんに出会いました。
彼は私を慰め、優しい言葉をかけてくれました。
それと息抜きの方法、例えば、博打、おいしいお酒などいろいろ教えてくれました。
そして彼からとある事業の融資のための保証人になってほしいと頼まれ、恩のあった私は引き受けました。
しかしその事業はうまくいかなかったらしく、彼と私は多大な借金を背負う身となってしまいました。
その借金を返すために惑わしの湿原に向かうことになりました。
惑わしの湿原の魔物、粘土からできた不定形の怪物はとても厄介でしたが、彼と一緒なら怖くありませんでした。
でも、一人で探索していたある時、迷宮の大規模な変動に巻き込まれました。
幸い私は脱出できましたが、多くの人が取り残されてしまいました。
その中にはペイリシュさんも含まれていました。
私は必死になって仲間を助け続け、ペイリシュさんも救助しました。
ところが帰り道の途中で魔物に襲われ、運悪く擬態していた壁の崩落に巻き込まれ、身動きが取れなくなってしまいました。
ペイリシュさんは必ず戻ると、助けを呼ぶと言ってくれました。
あれから二日になります。
きっと彼は戻ってこないでしょう。
わかっていました。
でも認めたくありませんでした。
私が騙しやすそうだから近づいてきたことを。
なんて愚かだったんでしょう。
どれほど後悔しても、もう遅いことはわかっています。
きっと私はここで死にます。
これを読んでいる人にお願いがあります。
どうかこの粘土板を誰にも渡さず壊してください。
特に、エタに、弟だけには絶対に見られたくありません。
あの子には私が立派な冒険者だったと思っていてほしいのです。
こんな、あまりにも不出来な姉だと知られたくありません。
ただの私の見栄です。
こんなことを書いているのは私の弱さです。
どうしても誰かに知ってほしいと思ってしまったのです。
迷惑をかけてごめんなさい。
あれ?
声が聞こえる?
助けが来てくれたのでしょうか。
こんなことを書いておいて助けられるなんてちょっと恥ずかしいです。
でも、今度こそ、今度こそ、立派な冒険者にな
ここで文字は途切れていた。
私の名前はイレースです。
こういう手記を書くのは初めてなのでどう書けばいいのかわかりませんが、とりあえず思いついたことを書こうと思います。
私の両親は雑貨屋を営んでいます。
遠方の工芸品をどこかから買い取ったり、古物を修理したりして店で売ったりしています。
それと弟がいます。
とてもかわいいです。
ええと、なんだっけ。
そうだ、私ははじめ雑貨屋の手伝いをしていましたが、細かいことが苦手で、頭もあまりよくなかったので、ラバサルさんという人に武術の稽古をつけてもらいました。
そしてどうやら私には才能があったらしく、ラバサルさんから許可をもらってすぐに冒険者になりました。
冒険者としての暮らしは性に合っていたらしく、とても順調でした。
今思えばすこし順調すぎたかもしれません。
みんなが私をほめてくれました。
父も、母も、弟も、みんな喜んでくれました。
だから私は頑張りました。
十七歳になるとメラムを纏った掟を授かり、三級冒険者になりました。
女としては最も早く三級冒険者になったらしいです。
ただ、そんなつもりはありませんでしたが、少し調子に乗っていたと今ではそう思います。
そしてこれは数か月前のことですが、私はひどい怪我を負ってしまいました。
それでも一生歩けないとか、もう二度と冒険できないとかそんな怪我ではありません。
ですが、私は冒険者として活動していて、大きな怪我をしたのはこれが初めてでした。
とても、とても怖くなりました。
今まで私は冒険していて命を落とすとか、重大な事故にあうとか、そのようなこととは縁遠かったのです。
はっきり言えば他人事だと思っていました。
普通なら冒険者になり立てで何度か味わうような恐怖を経験することがありませんでした。
そういうことが当たり前のように起こる世界なのだとようやく気付いてしまいました。
だからと言って今更冒険者をやめるわけにはいきません。
みんな期待してくれています。
特に、弟の私を見つめるあの瞳を裏切るわけにはいきません。
でも、怖くて仕方ありません。
そんな時にあの人に、ペイリシュさんに出会いました。
彼は私を慰め、優しい言葉をかけてくれました。
それと息抜きの方法、例えば、博打、おいしいお酒などいろいろ教えてくれました。
そして彼からとある事業の融資のための保証人になってほしいと頼まれ、恩のあった私は引き受けました。
しかしその事業はうまくいかなかったらしく、彼と私は多大な借金を背負う身となってしまいました。
その借金を返すために惑わしの湿原に向かうことになりました。
惑わしの湿原の魔物、粘土からできた不定形の怪物はとても厄介でしたが、彼と一緒なら怖くありませんでした。
でも、一人で探索していたある時、迷宮の大規模な変動に巻き込まれました。
幸い私は脱出できましたが、多くの人が取り残されてしまいました。
その中にはペイリシュさんも含まれていました。
私は必死になって仲間を助け続け、ペイリシュさんも救助しました。
ところが帰り道の途中で魔物に襲われ、運悪く擬態していた壁の崩落に巻き込まれ、身動きが取れなくなってしまいました。
ペイリシュさんは必ず戻ると、助けを呼ぶと言ってくれました。
あれから二日になります。
きっと彼は戻ってこないでしょう。
わかっていました。
でも認めたくありませんでした。
私が騙しやすそうだから近づいてきたことを。
なんて愚かだったんでしょう。
どれほど後悔しても、もう遅いことはわかっています。
きっと私はここで死にます。
これを読んでいる人にお願いがあります。
どうかこの粘土板を誰にも渡さず壊してください。
特に、エタに、弟だけには絶対に見られたくありません。
あの子には私が立派な冒険者だったと思っていてほしいのです。
こんな、あまりにも不出来な姉だと知られたくありません。
ただの私の見栄です。
こんなことを書いているのは私の弱さです。
どうしても誰かに知ってほしいと思ってしまったのです。
迷惑をかけてごめんなさい。
あれ?
声が聞こえる?
助けが来てくれたのでしょうか。
こんなことを書いておいて助けられるなんてちょっと恥ずかしいです。
でも、今度こそ、今度こそ、立派な冒険者にな
ここで文字は途切れていた。
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