86 / 266
第一章 迷宮へと挑む
第六十六話 目の前の日輪
しおりを挟む
再び魔人は携帯粘土板から武器を取り出した。それは燦然と輝く金色の斧だった。しかしただの斧でないことは一目でわかる。
光輝だ。
以前見た突きノミとは違う神々しいメラムを放っていた。
罪人を裁くような厳しさを持ち、しかし暖かに人々を包み込むような優しさも含む光。まるで、日の光のような、光。
本能的に危機を悟った五人が攻撃、または防御の姿勢をとる。しかしそれよりも早く魔人は神々に祈りを捧げた。
「偉大なる太陽と法の神、シャマシュ神に希う。ここに聖なる威厳を示したまえ」
さして大きくない部屋に太陽のような光と落雷のような轟音が響く。これが斧に込められた、敵をひれ伏せさせる掟。
その光と音を直に見て、聞けば立っていられるはずはない。
だが、エタとラバサルは事前にその内容を知っていたこともあり、防御することができた。
しかし、その防御態勢とは目を閉じて耳を塞いだ状態である。敵からしてみればいい的だ。
「がっ!?」
隙だらけのラバサルに魔人が無造作に蹴りを放つ。それだけでラバサルは気を失った。ラバサルが全盛期であればこのようなことにならなかっただろうが、時の流れは人にとっては無情なのだ。
魔人がエタに視線を向ける。
確かにエタが意識して見ると、姉の面影があった。しかし。
『魔人は完成すると元の人間としての記憶を失う』
あれはもう姉の抜け殻だ。そうは理解していても声をかけたいと思ってしまう。
ゆっくりと魔人がエタに向かっている。
殺される前に、せめて。エタはそう覚悟を決める。
その瞬間、飛び起きたミミエルが思いっきり槌を魔人に振り下ろした。それをあっさり躱した魔人は疑問を口にした。
「目も、耳も利かないはず。何故、わかる?」
ミミエルは答えない。老人が杖を持つように槌の柄を地面に当てていた。
「そうか、地面の振動か」
魔人の髪に絡みついた蛇が飛び跳ね、ぽとりと床に落ちる。
わずかな地面の振動を感知したミミエルはそこに飛びついた。槌を振り下ろしたが、当然そこに魔人はいない。反撃として殴られたミミエルは今度こそ気を失った。
魔人は再び、エタに向かって歩き始め、そして。
路傍の石のように見向きもしないままエタの横を通り過ぎた。
茫然とするエタは状況も考えず、無意味な疑問をこぼした。
「お前、なんで僕を、僕たちを殺さない?」
そんなことを言って気が変わったらどうするとは考えなかった。
「私は冒険者だ。冒険者は民草を殺さない。冒険者は裏切った相手を許さない。冒険者は冒険をしなくてはならない」
それは冒険者憲章に記された言葉だった。それだけを残して魔人は去っていった。
なんということはない。この魔人は擬態の掟に従い、冒険者に擬態すると決めたのだ。
だからみんなを殺さない。エタを殺さない。
だから裏切ったペイリシュを殺した。その復讐こそが最後に遺ったイレースの意志のように感じた。
あるいは、その復讐を成し遂げてしまったことで魔人として完成してしまったのかもしれない。
「どうして、僕は……大事な、大事な時に、間に合わないんだ……う、うううう!」
エタは悔しかった。
実力不足も、間に合わなかったことも、間違いなく悔しい。
だがそれ以上に、お前は冒険者ですらない。そんな実力はない。魔人に、いや、イレースにそう言われた気がして、なにより情けなかった。
それに反論できないことも含めて。
結局、異変を察知した職員に救助されるまでいくばくかの時間が必要だった。
光輝だ。
以前見た突きノミとは違う神々しいメラムを放っていた。
罪人を裁くような厳しさを持ち、しかし暖かに人々を包み込むような優しさも含む光。まるで、日の光のような、光。
本能的に危機を悟った五人が攻撃、または防御の姿勢をとる。しかしそれよりも早く魔人は神々に祈りを捧げた。
「偉大なる太陽と法の神、シャマシュ神に希う。ここに聖なる威厳を示したまえ」
さして大きくない部屋に太陽のような光と落雷のような轟音が響く。これが斧に込められた、敵をひれ伏せさせる掟。
その光と音を直に見て、聞けば立っていられるはずはない。
だが、エタとラバサルは事前にその内容を知っていたこともあり、防御することができた。
しかし、その防御態勢とは目を閉じて耳を塞いだ状態である。敵からしてみればいい的だ。
「がっ!?」
隙だらけのラバサルに魔人が無造作に蹴りを放つ。それだけでラバサルは気を失った。ラバサルが全盛期であればこのようなことにならなかっただろうが、時の流れは人にとっては無情なのだ。
魔人がエタに視線を向ける。
確かにエタが意識して見ると、姉の面影があった。しかし。
『魔人は完成すると元の人間としての記憶を失う』
あれはもう姉の抜け殻だ。そうは理解していても声をかけたいと思ってしまう。
ゆっくりと魔人がエタに向かっている。
殺される前に、せめて。エタはそう覚悟を決める。
その瞬間、飛び起きたミミエルが思いっきり槌を魔人に振り下ろした。それをあっさり躱した魔人は疑問を口にした。
「目も、耳も利かないはず。何故、わかる?」
ミミエルは答えない。老人が杖を持つように槌の柄を地面に当てていた。
「そうか、地面の振動か」
魔人の髪に絡みついた蛇が飛び跳ね、ぽとりと床に落ちる。
わずかな地面の振動を感知したミミエルはそこに飛びついた。槌を振り下ろしたが、当然そこに魔人はいない。反撃として殴られたミミエルは今度こそ気を失った。
魔人は再び、エタに向かって歩き始め、そして。
路傍の石のように見向きもしないままエタの横を通り過ぎた。
茫然とするエタは状況も考えず、無意味な疑問をこぼした。
「お前、なんで僕を、僕たちを殺さない?」
そんなことを言って気が変わったらどうするとは考えなかった。
「私は冒険者だ。冒険者は民草を殺さない。冒険者は裏切った相手を許さない。冒険者は冒険をしなくてはならない」
それは冒険者憲章に記された言葉だった。それだけを残して魔人は去っていった。
なんということはない。この魔人は擬態の掟に従い、冒険者に擬態すると決めたのだ。
だからみんなを殺さない。エタを殺さない。
だから裏切ったペイリシュを殺した。その復讐こそが最後に遺ったイレースの意志のように感じた。
あるいは、その復讐を成し遂げてしまったことで魔人として完成してしまったのかもしれない。
「どうして、僕は……大事な、大事な時に、間に合わないんだ……う、うううう!」
エタは悔しかった。
実力不足も、間に合わなかったことも、間違いなく悔しい。
だがそれ以上に、お前は冒険者ですらない。そんな実力はない。魔人に、いや、イレースにそう言われた気がして、なにより情けなかった。
それに反論できないことも含めて。
結局、異変を察知した職員に救助されるまでいくばくかの時間が必要だった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる