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第一章 迷宮へと挑む
第五十九話 変動する沼
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村の中は思いのほか賑わっていた。
近くの村で育てられた野菜などが並び、冒険者らしき集団がそれらを買いあさっている。
この村だけで一つの経済圏が出来上がっているようだった。町並みもよく見る煉瓦造りであり、今まで慣れない木造小屋での暮らしをしていたエタはほっとした。
木の部屋が嫌というわけではないのだが、慣れ親しんだ家のほうが落ち着くというのも確かだった。
それなりに規模の大きい村であるのだから、人一人を歩いて探すのは非効率であり、ひとまずこの村の冒険者ギルドにイレースの所在を尋ねることに決めた。
だが。
「ゆ、行方不明ですか……?」
冒険者ギルドの管理する建物の中は賑わい……というより混雑しており、冒険者であふれかえっていた。
その喧騒すら聞こえないほど動揺し、ふらりと後ろに倒れそうになった。
シャルラとミミエルに支えられ、踏みとどまるが、動悸は収まってくれない。その間に職員がこれまでの事情を軽く説明する。
「今から三日前ほど、惑わしの湿原が変動し始めました」
「変動? 何よそれ」
「地形が変わることです。この湿原は十日に一回ほど地形が変わります。湿原の泥が樹木になったり、城壁に変わったりします。本物ではないので壊すと泥に戻りますが」
「だからなかなか攻略が進まないんですか?」
まともにしゃべれないエタにかわってミミエルとシャルラが会話を進める。エタは夢の中にいるようにその話を聞いていた。
「はい。地図を作ろうにも作れませんし、下手をすると樹木や壁に魔物が変装していることもあります。だからこの迷宮の掟は擬態だと思われています」
擬態。何かに似せて姿を変えること。
迷宮自体がそれを行うというのならこれ以上ないほど厄介かもしれない。
「それで? 行方不明になった原因は?」
「変動に巻き込まれたことです。今から五日ほど前に変動が起こったばかりだったので数日は変動が起こらないと思われていました。しかし今回の変動は例にないほど激しく、多くの冒険者が取り残されそうになりました。しかし、イレースさんは一人で奮戦し、数多くの冒険者を救出し……」
「行方不明になった……ですか?」
エタがようやく声を絞り出す。
「はい。彼女がいなければもっと多くの人が行方不明になっていたでしょう」
そんな世辞はいらないからさっさと姉ちゃんを出せ、そう言いたくなったがエタはぐっとこらえた。
「で? なんでこいつらはこんなところでのんびりしてるわけ?」
ミミエルの言葉はこの場にいる冒険者すべてを指している言葉だった。
「変動がまだ収まっていないので、危険なのです。救出のめどすら立っていません。……大変申し訳ございません」
職員に責任はない。
ないが……エタの心は千々に乱れたままだった。やっとの思いでここまで来て、それでも姉には会えない。もしかするともうすでに……そんな最悪の想像をかき消すように首を振り、何とか頭を働かせた。
近くの村で育てられた野菜などが並び、冒険者らしき集団がそれらを買いあさっている。
この村だけで一つの経済圏が出来上がっているようだった。町並みもよく見る煉瓦造りであり、今まで慣れない木造小屋での暮らしをしていたエタはほっとした。
木の部屋が嫌というわけではないのだが、慣れ親しんだ家のほうが落ち着くというのも確かだった。
それなりに規模の大きい村であるのだから、人一人を歩いて探すのは非効率であり、ひとまずこの村の冒険者ギルドにイレースの所在を尋ねることに決めた。
だが。
「ゆ、行方不明ですか……?」
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その喧騒すら聞こえないほど動揺し、ふらりと後ろに倒れそうになった。
シャルラとミミエルに支えられ、踏みとどまるが、動悸は収まってくれない。その間に職員がこれまでの事情を軽く説明する。
「今から三日前ほど、惑わしの湿原が変動し始めました」
「変動? 何よそれ」
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「だからなかなか攻略が進まないんですか?」
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「はい。地図を作ろうにも作れませんし、下手をすると樹木や壁に魔物が変装していることもあります。だからこの迷宮の掟は擬態だと思われています」
擬態。何かに似せて姿を変えること。
迷宮自体がそれを行うというのならこれ以上ないほど厄介かもしれない。
「それで? 行方不明になった原因は?」
「変動に巻き込まれたことです。今から五日ほど前に変動が起こったばかりだったので数日は変動が起こらないと思われていました。しかし今回の変動は例にないほど激しく、多くの冒険者が取り残されそうになりました。しかし、イレースさんは一人で奮戦し、数多くの冒険者を救出し……」
「行方不明になった……ですか?」
エタがようやく声を絞り出す。
「はい。彼女がいなければもっと多くの人が行方不明になっていたでしょう」
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「で? なんでこいつらはこんなところでのんびりしてるわけ?」
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「変動がまだ収まっていないので、危険なのです。救出のめどすら立っていません。……大変申し訳ございません」
職員に責任はない。
ないが……エタの心は千々に乱れたままだった。やっとの思いでここまで来て、それでも姉には会えない。もしかするともうすでに……そんな最悪の想像をかき消すように首を振り、何とか頭を働かせた。
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