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第一章 迷宮へと挑む
第五十六話 再会
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結局、ぼろぼろの一行を救助したのはニスキツルだった。
何しろ灰の巨人のギルド長は死亡。幹部もほぼ脱退し、再加入には時間がかかる規則であるためかなり混乱していた。事実上壊滅ということになるだろう。
どのみちまだらの森の木材に収入を頼りきっていた灰の巨人は滅びるしかない。一度身に染みた贅沢を手放すことができる人間が少ないのは数千年たっても変わるまい。
そして今回は戦っていないが搾取の魔人の掟の効力を受けた灰の巨人の冒険者や奴隷は多少休養が必要だった。しかしエタリッツたち五人は全員負傷しており、しばらく安静にするべきだった。特にエタは外傷こそ少ないものの、メラムを纏った掟の反動はすさまじく、七日ほど休息する必要があるとまで言われた。
だが、エタにはどうしても会いたい人がいた。
無理を押し通し、その日のうちにウルクに向かった。
そして、その姿を見た。まだ視力は万全ではなかったが、十数年見続けた顔を見間違うはずがない。
「父さん! 母さん!」
両親とひしっと抱き合う。傷が痛むがそんなことは全く気にならない。
「あんたはもう……本当に無茶をして……」
「まったくだ。しかしあのエタが迷宮を踏破してしまうなんて……エタ? お前、目はどうした?」
少し前にミミエルに指摘されて気づいたことなのだが、黒い瞳だった左目は色素を失っており、いまだにほとんど視力が回復していなかった。もしかすると一生このままなのかもしれない。
だが、それで二人が戻ってきたのなら安い代償だったと心の底から思っている。
「気にしないで。それより二人とも変なことはされなかった?」
「ええ。大丈夫よ。商品に傷はつけない、ということでしょうね」
エタの母がちらりと男を見る。
この騒動の始まりとなった奴隷商人にして取立人の男だった。
「まずはおめでとうございます、そう伝えておこうかな。いや、まさか私も本当に達成できるとは思わなかったよ」
奴隷商人は優雅に敬礼した。そしてエタは商人の予想外の慇懃な態度に面食らっていた。
「契約は有効ですよね」
「もちろん。君と君の両親は契約通り自由の身だ。なかなか面白いものを見せてもらったよ。事務的な作業がまだあるから今すぐ解放するわけにはいかないけれど、数日以内には家に帰れるだろう。では、また会おう、エタリッツ君」
男はすがすがしい笑顔で去っていった。はっきり言って不気味だった。
奴隷商人の賞賛が本音なのか、それとも負け惜しみなのか、判断できなかったが、もう二度と会いたくないという思いだけは確かだった。
「それじゃあ父さん。母さん。……またね」
また、という言葉に強く思いを込め、二人は涙ぐんでいた。
もう二人がどこかに売られる恐怖に怯えなくていい。それは本当に安堵できることなのだと数日前の自分に教えたかった。
何しろ灰の巨人のギルド長は死亡。幹部もほぼ脱退し、再加入には時間がかかる規則であるためかなり混乱していた。事実上壊滅ということになるだろう。
どのみちまだらの森の木材に収入を頼りきっていた灰の巨人は滅びるしかない。一度身に染みた贅沢を手放すことができる人間が少ないのは数千年たっても変わるまい。
そして今回は戦っていないが搾取の魔人の掟の効力を受けた灰の巨人の冒険者や奴隷は多少休養が必要だった。しかしエタリッツたち五人は全員負傷しており、しばらく安静にするべきだった。特にエタは外傷こそ少ないものの、メラムを纏った掟の反動はすさまじく、七日ほど休息する必要があるとまで言われた。
だが、エタにはどうしても会いたい人がいた。
無理を押し通し、その日のうちにウルクに向かった。
そして、その姿を見た。まだ視力は万全ではなかったが、十数年見続けた顔を見間違うはずがない。
「父さん! 母さん!」
両親とひしっと抱き合う。傷が痛むがそんなことは全く気にならない。
「あんたはもう……本当に無茶をして……」
「まったくだ。しかしあのエタが迷宮を踏破してしまうなんて……エタ? お前、目はどうした?」
少し前にミミエルに指摘されて気づいたことなのだが、黒い瞳だった左目は色素を失っており、いまだにほとんど視力が回復していなかった。もしかすると一生このままなのかもしれない。
だが、それで二人が戻ってきたのなら安い代償だったと心の底から思っている。
「気にしないで。それより二人とも変なことはされなかった?」
「ええ。大丈夫よ。商品に傷はつけない、ということでしょうね」
エタの母がちらりと男を見る。
この騒動の始まりとなった奴隷商人にして取立人の男だった。
「まずはおめでとうございます、そう伝えておこうかな。いや、まさか私も本当に達成できるとは思わなかったよ」
奴隷商人は優雅に敬礼した。そしてエタは商人の予想外の慇懃な態度に面食らっていた。
「契約は有効ですよね」
「もちろん。君と君の両親は契約通り自由の身だ。なかなか面白いものを見せてもらったよ。事務的な作業がまだあるから今すぐ解放するわけにはいかないけれど、数日以内には家に帰れるだろう。では、また会おう、エタリッツ君」
男はすがすがしい笑顔で去っていった。はっきり言って不気味だった。
奴隷商人の賞賛が本音なのか、それとも負け惜しみなのか、判断できなかったが、もう二度と会いたくないという思いだけは確かだった。
「それじゃあ父さん。母さん。……またね」
また、という言葉に強く思いを込め、二人は涙ぐんでいた。
もう二人がどこかに売られる恐怖に怯えなくていい。それは本当に安堵できることなのだと数日前の自分に教えたかった。
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