迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
71 / 266
第一章 迷宮へと挑む

第五十四話 報い

しおりを挟む
 再びエタの脳内を吹き荒れる暴風。
 しかし今度は離さない。見ず知らずのはずの誰かの小さな手が、添えられているから。
 まるで時を何十倍にも引き延ばされた不思議な感覚を味わいながら、エタは祝詞を読み上げる。
「淡水と知恵を司る偉大なるエンキ神に希う」
 自身が信仰するタンムズではなく、アトラハシスが信仰するエンキに向けた祈り。それは自然と口からこぼれていた。
 今まさに迫っている搾取の魔人も目に入らない。
「諸人に救いを与えるために、搾取の檻から解き放つために。英知を砕かせたまえ!」
 口の端から、目の端から、決して少なくない血を流しながら、突きノミを渾身の力を込めて粘土板に突き刺した。
 ただの砂を突き刺すようにあまりにも軽く、ノミは粘土板を貫通し、そのまま粘土板は粉々に砕け散った。
「ぎ、ああああああ!」
 搾取の魔人が頭を抑えながら、叫ぶ。
 振り回していた蔓は枯れ、腕は皮と骨だけになったように干からびていた。
 誰が見てもわかる。もはや完全に力を失っていた。
 戦う意欲すら失い、這いながらそれでも往生際悪く出口に向かおうとする。だが満身創痍ながらも勝者としての気力に満ちたターハとラバサルが立ち塞がった。
「おいおい。ここまで来て逃げるなんてそりゃねえだろ」
「報いを受けるときだ」
 蟻の顔が恐怖に染まる。少なくとも二人にはそう見えた。
「た、頼む。見逃してくれ! 俺が悪いんじゃない! 俺だってこんなことはしたくなかったんだ! お前たちを傷つけるつもりなんかなかった!」
 弱っているにもかかわらず今まででもっとも流暢に会話していた。あるいは魔人としての力が弱ったからこそハマームの部分が強く出ているのかもしれない。
 地面に額をこすりつけ、醜い命乞いをする搾取の魔人に対して、二人は構えを解く。
 その気配を察した搾取の魔人は薄ら笑う。
「勘違いすんなよ。お前を裁くべきなのはあたしらじゃねえ」
 顔を上げた魔人が後ろを振り向くと、幽鬼のように槌を構えるミミエルがいた。彼女はぽつぽつと語りだす。
「ねえ。あんた、エタを襲おうとしたとき止まったわよね。何が見えたの?」
 その質問は搾取の魔人にとって恐怖を呼び起こすものだったらしい。びくりと震え、声を絞り出す。
「み、見えてねえ! 何も見てねえ!」
「あっそ。じゃあ……死になさい」
 槌を振りあげる。それを見た魔人はすぐに釈明する。
「み、見えた! 確かに、ガキが、ガキがたくさんいた! 確か、俺のギルドにいたガキだ!」
 ミミエルはぎゅっと大槌に力を込める。その光景を彼女も見えていたのか。
「そう。なら、名前、憶えてる? 誰でもいいの。覚えてる?」
「えっと、それは……覚えてない……でも仕方ねえんだ! 悪気があったわけじゃない! 最初は傷つけるつもりじゃなかった! それにガキなんかいくらでもいる! いちいちそんなこと気にしていられねえだろ!? 俺だって一歩間違えればあいつらと同じように迷宮でくたばるだけだった! だから努力したんだ! それで、ようやくギルドの長に、俺は、俺はア!」
 ミミエルの顔が怒りと悲しみが混じる顔になった。
 そのまま、叫ぶ。
「悪気があろうとなかろうと、どれだけあんたがひどい過去を持っていようと、あんたがどれだけ努力していようと……それが他人を傷つけていい理由にはならないのよ!」
 槌が振り下ろされ、今度こそ搾取の魔人は絶命した。魔人の肉体はどろどろとした粘土に変わり、地面に広がっていく。
 かつて神々は粘土から人作ったという。今では人が粘土に戻るようなことはないが、人の身から外れてしまった魔人は人として死ぬことはないのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...