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第一章 迷宮へと挑む
第四十七話 解明
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魔人となったハマームは一歩前に踏み出した。
「ん……ぐ? ご、ごほ!?」
魔人から発せられるニラムの影響なのか、エタは酩酊したように視界が回っていた。エタと同じように膝をついている人も少なくない。
そのうちの一人、灰の巨人の冒険者が、魔人に手首を掴まれた。
「ギ、ギルド長?」
その男が怪訝な声で尋ねる。
それには答えず、魔人は蟻の顔で手首に噛みついた。
「ぎゃああああああ!」
耳をつんざくような悲鳴が洞窟内に木霊する。魔人は味わうように咀嚼していた。もはや議論の余地はない。
あれはもう、人間でもハマームでもない。別の生き物だ。
悲鳴を上げながら灰の巨人の冒険者たちが出口に向かって逃げる。
エタもそうしたかったが、体が言うことを聞いてくれない上に、そもそも出口への道には魔人がいるためうかつには動けない。
ぎろりと逃げだそうとしている集団を一瞥した魔人は地の底から絞り出すような声で叫んだ。
「逃げるなああああああ!」
それと同時に出口が木の根で塞がれる。
冒険者たちは全力で木の根を取り除こうとしているが、うまくいっていない。
もっとも早く覚悟を決めたのはミミエルだった。
「あいつを倒すわよ!」
休んでいるうちに回収した岩を砕く掟を持つ銅の槌を構えて魔人に突撃する。ラバサルとターハもそれに続き、我に返ったシャルラも矢を放つ。
魔人の胸に矢が突き刺さるが、堪えた様子はない。
さらにミミエルが頭を叩き潰そうとするが、あっさりと蟻の腕に受け止められてしまう。近づこうとしているラバサルとターハには蔓を鞭のように振るい、牽制する。
「ハマーム! あんたは品性の無い男だと思ってたけど、人間性まで捨てるとは思わなかったわよ!」
槌を携帯粘土板に収納し、足払いを仕掛けるが、しっかりと根の張った大木のような魔人は揺るぎもしない。
「は、まーむ? 誰だ、それは?」
魔人はもはや、かつての名さえ失ったらしい。わずかにミミエルの表情が陰った。
「いいわ。こうなった責任はあたしにもあるもの。きっちり殺してあげ、」
言い終わる前に魔人の腕に吹き飛ばされる。いや、衝撃を殺すために自分から後ろに跳んだようだ。ごろごろと転がりながらもそれほど負傷していなかった。だが、エタには気にかかることがあった。
「ミミエル! 君、やっぱりどこか怪我してるんじゃ?」
さっきからミミエルの動きが明らかに鈍い。疲労はあるだろうが、あんなにあっさり攻撃をくらうようなミミエルではないはずだ。
「うるさいわね。何でもないわよ」
「い、いや、そうじゃなくて、さっきから体が重くなってない?」
「何よ。あたしが怯えてるって言いたいの?」
「そういうことじゃなくて……」
「エタは調子の悪い人とそうじゃない人がいるって言いたいのよね?」
目の前にはシャルラがいた。出口付近では灰の巨人の冒険者たちが混乱しながらわめいているため、こちらに移動したほうが生き残る目があると判断したらしい。
「はあ? ついさっきようやく出勤したお嬢様は黙ってくれる?」
「そうじゃなくて」
魔人に視線を向けつつ、援護の矢を放つ。しかしながらそれでも会話を途切れさせない。
「あそこにいる人たちやエタ、ミミエルさんは明らかに動きが悪いのよ。ラバサルさんやターハさん、そして私はそうじゃないでしょ?」
確かに今魔人と対峙している二人は女王蟻との闘いと遜色のない動きをしている。何かが、おかしい。
「ふん。じゃあ、あんたの出番よ。エタ」
「え?」
「うん。私からもお願い。多分だけどあの魔人は何かの力を使って私たちを弱らせているわ。それを暴いて」
それきり、二人は戦列に加わる。
余裕はない。猶予も多くはない。
あの魔人の力を突き止められるのは自分だけだ。そう言い聞かせ、重い体と脳を突き動かす。
仲間からの信頼に応えるために。
「ん……ぐ? ご、ごほ!?」
魔人から発せられるニラムの影響なのか、エタは酩酊したように視界が回っていた。エタと同じように膝をついている人も少なくない。
そのうちの一人、灰の巨人の冒険者が、魔人に手首を掴まれた。
「ギ、ギルド長?」
その男が怪訝な声で尋ねる。
それには答えず、魔人は蟻の顔で手首に噛みついた。
「ぎゃああああああ!」
耳をつんざくような悲鳴が洞窟内に木霊する。魔人は味わうように咀嚼していた。もはや議論の余地はない。
あれはもう、人間でもハマームでもない。別の生き物だ。
悲鳴を上げながら灰の巨人の冒険者たちが出口に向かって逃げる。
エタもそうしたかったが、体が言うことを聞いてくれない上に、そもそも出口への道には魔人がいるためうかつには動けない。
ぎろりと逃げだそうとしている集団を一瞥した魔人は地の底から絞り出すような声で叫んだ。
「逃げるなああああああ!」
それと同時に出口が木の根で塞がれる。
冒険者たちは全力で木の根を取り除こうとしているが、うまくいっていない。
もっとも早く覚悟を決めたのはミミエルだった。
「あいつを倒すわよ!」
休んでいるうちに回収した岩を砕く掟を持つ銅の槌を構えて魔人に突撃する。ラバサルとターハもそれに続き、我に返ったシャルラも矢を放つ。
魔人の胸に矢が突き刺さるが、堪えた様子はない。
さらにミミエルが頭を叩き潰そうとするが、あっさりと蟻の腕に受け止められてしまう。近づこうとしているラバサルとターハには蔓を鞭のように振るい、牽制する。
「ハマーム! あんたは品性の無い男だと思ってたけど、人間性まで捨てるとは思わなかったわよ!」
槌を携帯粘土板に収納し、足払いを仕掛けるが、しっかりと根の張った大木のような魔人は揺るぎもしない。
「は、まーむ? 誰だ、それは?」
魔人はもはや、かつての名さえ失ったらしい。わずかにミミエルの表情が陰った。
「いいわ。こうなった責任はあたしにもあるもの。きっちり殺してあげ、」
言い終わる前に魔人の腕に吹き飛ばされる。いや、衝撃を殺すために自分から後ろに跳んだようだ。ごろごろと転がりながらもそれほど負傷していなかった。だが、エタには気にかかることがあった。
「ミミエル! 君、やっぱりどこか怪我してるんじゃ?」
さっきからミミエルの動きが明らかに鈍い。疲労はあるだろうが、あんなにあっさり攻撃をくらうようなミミエルではないはずだ。
「うるさいわね。何でもないわよ」
「い、いや、そうじゃなくて、さっきから体が重くなってない?」
「何よ。あたしが怯えてるって言いたいの?」
「そういうことじゃなくて……」
「エタは調子の悪い人とそうじゃない人がいるって言いたいのよね?」
目の前にはシャルラがいた。出口付近では灰の巨人の冒険者たちが混乱しながらわめいているため、こちらに移動したほうが生き残る目があると判断したらしい。
「はあ? ついさっきようやく出勤したお嬢様は黙ってくれる?」
「そうじゃなくて」
魔人に視線を向けつつ、援護の矢を放つ。しかしながらそれでも会話を途切れさせない。
「あそこにいる人たちやエタ、ミミエルさんは明らかに動きが悪いのよ。ラバサルさんやターハさん、そして私はそうじゃないでしょ?」
確かに今魔人と対峙している二人は女王蟻との闘いと遜色のない動きをしている。何かが、おかしい。
「ふん。じゃあ、あんたの出番よ。エタ」
「え?」
「うん。私からもお願い。多分だけどあの魔人は何かの力を使って私たちを弱らせているわ。それを暴いて」
それきり、二人は戦列に加わる。
余裕はない。猶予も多くはない。
あの魔人の力を突き止められるのは自分だけだ。そう言い聞かせ、重い体と脳を突き動かす。
仲間からの信頼に応えるために。
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