61 / 293
第一章 迷宮へと挑む
第四十六話 異形
しおりを挟む
打ちひしがれたのか、ハマームはがくりと膝をついた。
その体躯が小さく見えるほど、うなだれる。いっせいに部下たちからの視線が集中する。だが、彼は突然意味不明な独り言をつぶやき始めた。
「そうだ。あんたの言う通りだ。ここは俺の迷宮だ。俺のものだ。俺が頂点に立つんだ。他の誰にも渡さない」
「ちょっと、ハマーム? どうしたの?」
異様なハマームに不気味さを感じたミミエルが声をかけるが、まるで聞こえていない。
「俺は奪う側だ。奪われるわけにはいかねえ。あんなみじめな生活はごめんだ。絶対に……そのためなら、何でもしていい」
エタはふと、アトラハシスから言われた言葉を思い出した。
『迷宮に魅入られてはならない』
あれはエタに対する警告だと思っていた。
しかし。
エタの周囲にいる人々への警告だったのではないか? エタの脳内にけたたましく警告音が鳴る。
「だめだ! ハマームさん! その声に耳を傾けちゃーーーーー」
エタの警告は、少し遅かった。
ぞわりと肌が泡立つ。
それは地下、迷宮の核がある場所から感じられた。そして洞窟内に黒い光があふれ出す。
「な、なにこれ? もしかして、ニラム?」
ニラムとは神々から発せられる畏怖の光。真の神から発せられたそれらは只人ならば気絶してしまうほどらしい。
迷宮の核から発せられたためか、それほどの畏怖は感じないものの、それでも震えて倒れそうになる。そしてニラムはハマームに殺到した。
「そうだ。そうだ! 俺が、おるえぐああああああ!」
言葉が崩れる。次にハマームの体が崩れる。
迷宮からの声に耳を傾け、その心を明け渡すと魔人になり果てる。
目の前にいるものはもう、ハマームではなかった。
ニラムが晴れたその先に、明らかに人間ではない生き物がいた。
頭と腕は蟻のように変貌し、頭部には蟻の触角の代わりに神に連なるものの証である角、目の前の魔人の場合山羊のようにねじれた角が生えていた。そして胴体には衣服のように樹木が巻き付いており、蔓が蜘蛛の手足のように蠢いていた。
それ以上にエタが気になったのは果実のように蔓から成っている何かだ。
(神印? いや、顔……魔人になったハマームの顔? 顔が彫られた……丸い板? なんだあれ?)
もしもここに数千年ほど後の時代の人間なら丸い板は通貨ではないかと推察できただろう。
だがこの場の人間には不可能だ。
なぜならこの時代には、この世界にはまだ通貨という概念がなかったのである。この世界の都市国家群では粘土板に記された数字で決済し、地球に記されたメソポタミア地域では金属の重量で価値を決めており、通貨そのものに価値があったわけではない。
この世ならざる異変を顕現させる存在。
故に、魔人。
その体躯が小さく見えるほど、うなだれる。いっせいに部下たちからの視線が集中する。だが、彼は突然意味不明な独り言をつぶやき始めた。
「そうだ。あんたの言う通りだ。ここは俺の迷宮だ。俺のものだ。俺が頂点に立つんだ。他の誰にも渡さない」
「ちょっと、ハマーム? どうしたの?」
異様なハマームに不気味さを感じたミミエルが声をかけるが、まるで聞こえていない。
「俺は奪う側だ。奪われるわけにはいかねえ。あんなみじめな生活はごめんだ。絶対に……そのためなら、何でもしていい」
エタはふと、アトラハシスから言われた言葉を思い出した。
『迷宮に魅入られてはならない』
あれはエタに対する警告だと思っていた。
しかし。
エタの周囲にいる人々への警告だったのではないか? エタの脳内にけたたましく警告音が鳴る。
「だめだ! ハマームさん! その声に耳を傾けちゃーーーーー」
エタの警告は、少し遅かった。
ぞわりと肌が泡立つ。
それは地下、迷宮の核がある場所から感じられた。そして洞窟内に黒い光があふれ出す。
「な、なにこれ? もしかして、ニラム?」
ニラムとは神々から発せられる畏怖の光。真の神から発せられたそれらは只人ならば気絶してしまうほどらしい。
迷宮の核から発せられたためか、それほどの畏怖は感じないものの、それでも震えて倒れそうになる。そしてニラムはハマームに殺到した。
「そうだ。そうだ! 俺が、おるえぐああああああ!」
言葉が崩れる。次にハマームの体が崩れる。
迷宮からの声に耳を傾け、その心を明け渡すと魔人になり果てる。
目の前にいるものはもう、ハマームではなかった。
ニラムが晴れたその先に、明らかに人間ではない生き物がいた。
頭と腕は蟻のように変貌し、頭部には蟻の触角の代わりに神に連なるものの証である角、目の前の魔人の場合山羊のようにねじれた角が生えていた。そして胴体には衣服のように樹木が巻き付いており、蔓が蜘蛛の手足のように蠢いていた。
それ以上にエタが気になったのは果実のように蔓から成っている何かだ。
(神印? いや、顔……魔人になったハマームの顔? 顔が彫られた……丸い板? なんだあれ?)
もしもここに数千年ほど後の時代の人間なら丸い板は通貨ではないかと推察できただろう。
だがこの場の人間には不可能だ。
なぜならこの時代には、この世界にはまだ通貨という概念がなかったのである。この世界の都市国家群では粘土板に記された数字で決済し、地球に記されたメソポタミア地域では金属の重量で価値を決めており、通貨そのものに価値があったわけではない。
この世ならざる異変を顕現させる存在。
故に、魔人。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

冤罪で追放した男の末路
菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

原産地が同じでも結果が違ったお話
よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。
視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。


ある平民生徒のお話
よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。
伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。
それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!
七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ?
俺はいったい、どうなっているんだ。
真実の愛を取り戻したいだけなのに。

学園長からのお話です
ラララキヲ
ファンタジー
学園長の声が学園に響く。
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』
昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。
学園長の話はまだまだ続く……
◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない)
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる