39 / 293
第一章 迷宮へと挑む
第二十九話 神の祝福
しおりを挟む
「で、最後に奴隷だけど神殿から許可を得て聖娼になって子供を授からなかった夫婦の子供を産んだりする人」
「……大体知っているよ。でも、最後の一つの役職以外、原則として子供を産めないはずだよね?」
聖娼は儀式として同衾するが、その最中に子供を授かってはならないとされる。自称しているだけの聖娼も、身籠ってしまった場合仕事にならないため隠したりおろしたりする人が多いらしい。
だからこそ、エタはミミエルが奴隷の子供だと推測したのだ。
「いいえ。あたしの母親は正式なイシュタル神の巫女だったわ」
「え? それ、まずいんじゃないの?」
正式な聖娼にとっての性行為は儀式であり、神の力を分け与える行為でもある。その最中に子供を授かるのは禁忌であったはず。
どうやって子供を授からないようにしているかは知らないが、そこは男には思いもよらない知恵と工夫で何とかしているのだろうと思っていた。
「ええ。かなりまずいわね。ちなみに相手の男はわからない。あたしも母も一緒に奴隷になる可能性もあったわね」
過去形であるのだから、その問題は解決したということはわかっているが、今まさに奴隷になるかどうかの瀬戸際にいるエタにとっては他人事ではなかった。
「でも神殿の巫女や神殿長は母に処分を下せなかった。あたしを妊娠したらしい時期に母が掟を授かっていたからよ」
「え? いや、確かにその……儀式ってのは神々から力を受け取るために行うわけであって……」
言い淀んだエタの思考をかすめ取ったミミエルはにやりと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「ああそうよね。あんたみたいに無駄に頭のいい奴はそう誤解しちゃうわよね。儀式云々はただの言い訳で男と女がやることやる大義名分に過ぎないってね。……このむっつり」
「うぐう」
エタは全く言い返せなかった。生兵法をあっさり見破られるのは誰だって恥ずかしい。
「あたしだって聞いた話だけどね。本当に聖娼との行為で掟を授かることはあるそうよ。聖娼の側が掟を授かることはそうそうあるものじゃないらしいけどね」
「そ、それはわかったけど、どうして君のお母さんが掟を授かったの?」
「さあ? そこだけは母も神殿長も誰もわからなかったそうよ。でもこう解釈したそうよ。神々が母の妊娠を祝福してくださったって」
人の身で神々の真意を推し量ることはできないが、それでもそれを知ろうとする努力は続けなければならない。それがこの地に生まれた人の定めだ。
「結局母は神殿を追放されることにはなったけどそれ以上は何もなかったわ。ううん、それどころか神殿に勤めていた人たちからいろいろと支援を受けたわ。本当はダメなんだろうけど黙認されていたらしいわね。中には奴隷だった人もいた。私を産んでからの暮らしは貧しかったけど、イシュタル様から祝福を受けた子供っていうことでいろいろ優しくしてくれたことを覚えてる」
そう語るミミエルは晴れやかな瞳をしていた。
なんとなく、ミミエルの優しさの源を知った気がした。
貧しくとも誰かに優しくされた経験が誰かを助けようという意思を呼び起こすのではないか。ただ、そんなことを指摘すれば怒りそうな気がするので何も言わなかった。
「……大体知っているよ。でも、最後の一つの役職以外、原則として子供を産めないはずだよね?」
聖娼は儀式として同衾するが、その最中に子供を授かってはならないとされる。自称しているだけの聖娼も、身籠ってしまった場合仕事にならないため隠したりおろしたりする人が多いらしい。
だからこそ、エタはミミエルが奴隷の子供だと推測したのだ。
「いいえ。あたしの母親は正式なイシュタル神の巫女だったわ」
「え? それ、まずいんじゃないの?」
正式な聖娼にとっての性行為は儀式であり、神の力を分け与える行為でもある。その最中に子供を授かるのは禁忌であったはず。
どうやって子供を授からないようにしているかは知らないが、そこは男には思いもよらない知恵と工夫で何とかしているのだろうと思っていた。
「ええ。かなりまずいわね。ちなみに相手の男はわからない。あたしも母も一緒に奴隷になる可能性もあったわね」
過去形であるのだから、その問題は解決したということはわかっているが、今まさに奴隷になるかどうかの瀬戸際にいるエタにとっては他人事ではなかった。
「でも神殿の巫女や神殿長は母に処分を下せなかった。あたしを妊娠したらしい時期に母が掟を授かっていたからよ」
「え? いや、確かにその……儀式ってのは神々から力を受け取るために行うわけであって……」
言い淀んだエタの思考をかすめ取ったミミエルはにやりと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「ああそうよね。あんたみたいに無駄に頭のいい奴はそう誤解しちゃうわよね。儀式云々はただの言い訳で男と女がやることやる大義名分に過ぎないってね。……このむっつり」
「うぐう」
エタは全く言い返せなかった。生兵法をあっさり見破られるのは誰だって恥ずかしい。
「あたしだって聞いた話だけどね。本当に聖娼との行為で掟を授かることはあるそうよ。聖娼の側が掟を授かることはそうそうあるものじゃないらしいけどね」
「そ、それはわかったけど、どうして君のお母さんが掟を授かったの?」
「さあ? そこだけは母も神殿長も誰もわからなかったそうよ。でもこう解釈したそうよ。神々が母の妊娠を祝福してくださったって」
人の身で神々の真意を推し量ることはできないが、それでもそれを知ろうとする努力は続けなければならない。それがこの地に生まれた人の定めだ。
「結局母は神殿を追放されることにはなったけどそれ以上は何もなかったわ。ううん、それどころか神殿に勤めていた人たちからいろいろと支援を受けたわ。本当はダメなんだろうけど黙認されていたらしいわね。中には奴隷だった人もいた。私を産んでからの暮らしは貧しかったけど、イシュタル様から祝福を受けた子供っていうことでいろいろ優しくしてくれたことを覚えてる」
そう語るミミエルは晴れやかな瞳をしていた。
なんとなく、ミミエルの優しさの源を知った気がした。
貧しくとも誰かに優しくされた経験が誰かを助けようという意思を呼び起こすのではないか。ただ、そんなことを指摘すれば怒りそうな気がするので何も言わなかった。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

冤罪で追放した男の末路
菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

原産地が同じでも結果が違ったお話
よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。
視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。


ある平民生徒のお話
よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。
伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。
それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!
七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ?
俺はいったい、どうなっているんだ。
真実の愛を取り戻したいだけなのに。

学園長からのお話です
ラララキヲ
ファンタジー
学園長の声が学園に響く。
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』
昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。
学園長の話はまだまだ続く……
◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない)
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。

もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる