38 / 302
第一章 迷宮へと挑む
第二十八話 聖なる密事
しおりを挟む
何を間違えたのだろうかと自問する。
まだらの森はびくともしない。
両親は奴隷になる。借金は減らない。姉は帰ってこない。
エタの脳裏には最悪の結末がまざまざとめぐっている。
(もういっそ、リムズさんに計画を打ち明けてお金を工面してもらう? いやだめだ。この計画はこの状況なら高値じゃ売れない。じゃあ、どうする? いっそのこと……)
このまま一人で逃げてしまおうか。そんな何よりも最悪な想像が頭をよぎったその時、ふっと地面に黒い影が映った。
「……ミミエル?」
見上げると冷たいオオカミの瞳がエタを見下ろしていた。感情は読み取れない。
「両親が奴隷になりそうだって本当だったのね」
「聞いてたんだ……いや、それよりも僕の身の上をもう知ってたの?」
「志望理由を小耳にはさんだだけよ。それよりも聞かれたくない話はもうちょっと誰も来ない場所でしなさい」
言葉と同時にぐいっとエタを持ち上げ、強引に立たせた。
「あ、ごめん……いや、別に聞かれて困る話でも……て、どこに行くの?」
ミミエルは立ち上げたエタを引っ張り、ずんずんと森の奥へ進んでいく。
「あんたの話を一方的に聞いたんじゃ不公平でしょ。あたしの身の上話もしてあげるるわ」
静かな迫力に気圧され、そもそも打ちひしがれていたエタは抵抗すらできずにミミエルについていくしかなかった。
エタを人気のない場所まで引っ張ったミミエルはきょろきょろと周囲を警戒していた。
本当に人に聞かれたくない話なのだろう。今更ながら気づいたが、エタはミミエルのことをろくに知らなかった。何故灰の巨人に加わったのか。何故こんなにも弱者を手助けするのか。
何も知らない。
「座りなさいよ」
ミミエルは切り株に腰掛け、エタにも着席を促し、エタもそれに従った。
もう日が沈み始め、木陰と木漏れ日の境界がなくなり始めていた。
「そうね。まずあたしの生まれから話すべきかしら」
冷え切った態度だったが、ミミエルの口調が普段と違っていることにエタは気づいた。飲食供養をしていた夜のように丁寧で、物腰穏やかだった。まるでもう一人のミミエルと会話しているようだ、とも思った。
「あたしの母はイシュタル神の聖娼だったのよ」
聖娼とは神殿から特定の務めを定められた女性のことを指す。主に四つの職分に分かれるが、子供がいるとなるとおおよそ特定できる。
「え? そうなの? えっと、それじゃあ君は奴隷の子供……?」
エタは自分の顔がちょっと赤くなることを自覚していた。色を知らない青少年には少し刺激の強い話題だった。何しろ聖娼の基本的な仕事は男性と同衾することだからだ。もちろんちゃんとした儀式であり、職務なのでやましいことはないのだが、だからと言って少年が何も感じないはずはない。
「は。さすが男はそういうことに興味があるわよね。いいわ。ちゃんと説明してあげる。あんたも知っているかもしれないけど聖娼は四つの集団に分かれるわ。きちんと神殿に認可を受けて働く巫女。見習いとして働いていて儀式そのものは行っていない人。許可も何もないけど自称しているだけの人。まあ、これは神殿からもお目こぼしされてるのよね」
「そうしないと暮らせない人もいるからね」
エタだって春を売らなければ暮らせない人がいることを知らないほど子供ではない。
なにより、これもまた神々が定めた職業の一つ。であれば、只人びエタが口をはさむ余地はない。ただ、四つ目の務めは少々他とは事情が異なる。
まだらの森はびくともしない。
両親は奴隷になる。借金は減らない。姉は帰ってこない。
エタの脳裏には最悪の結末がまざまざとめぐっている。
(もういっそ、リムズさんに計画を打ち明けてお金を工面してもらう? いやだめだ。この計画はこの状況なら高値じゃ売れない。じゃあ、どうする? いっそのこと……)
このまま一人で逃げてしまおうか。そんな何よりも最悪な想像が頭をよぎったその時、ふっと地面に黒い影が映った。
「……ミミエル?」
見上げると冷たいオオカミの瞳がエタを見下ろしていた。感情は読み取れない。
「両親が奴隷になりそうだって本当だったのね」
「聞いてたんだ……いや、それよりも僕の身の上をもう知ってたの?」
「志望理由を小耳にはさんだだけよ。それよりも聞かれたくない話はもうちょっと誰も来ない場所でしなさい」
言葉と同時にぐいっとエタを持ち上げ、強引に立たせた。
「あ、ごめん……いや、別に聞かれて困る話でも……て、どこに行くの?」
ミミエルは立ち上げたエタを引っ張り、ずんずんと森の奥へ進んでいく。
「あんたの話を一方的に聞いたんじゃ不公平でしょ。あたしの身の上話もしてあげるるわ」
静かな迫力に気圧され、そもそも打ちひしがれていたエタは抵抗すらできずにミミエルについていくしかなかった。
エタを人気のない場所まで引っ張ったミミエルはきょろきょろと周囲を警戒していた。
本当に人に聞かれたくない話なのだろう。今更ながら気づいたが、エタはミミエルのことをろくに知らなかった。何故灰の巨人に加わったのか。何故こんなにも弱者を手助けするのか。
何も知らない。
「座りなさいよ」
ミミエルは切り株に腰掛け、エタにも着席を促し、エタもそれに従った。
もう日が沈み始め、木陰と木漏れ日の境界がなくなり始めていた。
「そうね。まずあたしの生まれから話すべきかしら」
冷え切った態度だったが、ミミエルの口調が普段と違っていることにエタは気づいた。飲食供養をしていた夜のように丁寧で、物腰穏やかだった。まるでもう一人のミミエルと会話しているようだ、とも思った。
「あたしの母はイシュタル神の聖娼だったのよ」
聖娼とは神殿から特定の務めを定められた女性のことを指す。主に四つの職分に分かれるが、子供がいるとなるとおおよそ特定できる。
「え? そうなの? えっと、それじゃあ君は奴隷の子供……?」
エタは自分の顔がちょっと赤くなることを自覚していた。色を知らない青少年には少し刺激の強い話題だった。何しろ聖娼の基本的な仕事は男性と同衾することだからだ。もちろんちゃんとした儀式であり、職務なのでやましいことはないのだが、だからと言って少年が何も感じないはずはない。
「は。さすが男はそういうことに興味があるわよね。いいわ。ちゃんと説明してあげる。あんたも知っているかもしれないけど聖娼は四つの集団に分かれるわ。きちんと神殿に認可を受けて働く巫女。見習いとして働いていて儀式そのものは行っていない人。許可も何もないけど自称しているだけの人。まあ、これは神殿からもお目こぼしされてるのよね」
「そうしないと暮らせない人もいるからね」
エタだって春を売らなければ暮らせない人がいることを知らないほど子供ではない。
なにより、これもまた神々が定めた職業の一つ。であれば、只人びエタが口をはさむ余地はない。ただ、四つ目の務めは少々他とは事情が異なる。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる