36 / 260
第一章 迷宮へと挑む
第二十七話 嘲笑
しおりを挟む
大白蟻の討伐は順調すぎるほどに順調だったが、三日たっても、五日たってもなんら森に異変は起きなかった。
時間とともに、エタの精神は追い込まれつつあった。
山のように積まれた大白蟻の死骸を前にうずくまりそうになる体を何とか奮い立たせる。
蟻はいつものように闊歩し、それを狩るギルドも企業も手慣れてきたのかますます効率は上がっている。しかしまだ森に変化の兆しはない。
もしも、もしもエタの予想した食物連鎖が完全な的外れだった場合、目の前の死骸の意味は何もなくなる。
ただただ、無意味に踏みにじられた命となる。
罪悪感のせいか、胃の中からせりあがってきたものを強引に嚥下する。蟻の死骸はなんとか直視できるようになったが、気を抜くと気を失いそうになる。皮肉なことに気持ちの悪さが意識をつなぐこともあった。
灰の巨人にもニスキツルにも負傷者は多いが、いまだに死亡者は出ていない。
もしも大量の死傷者が出れば、平静でいられるのだろうか、あるいは、平静でいてよいのだろうかという答えの出ない疑問の沼にはまりそうでもあった。
そこに携帯粘土板の呼び出し音が鳴る。
弱気になった自分の心情を見透かされた気がしてエタは飛び上がりそうなほど驚いたが、作業中であることを思い出し、拒否しようとしたが携帯粘土板に表示された相手の名前を見てその選択肢はないことを理解した。
「はい……エタリッツです」
『はいはいどーも。みんな大好き商人さんです』
ふざけた挨拶に対してかみしめた奥歯がぎしりと音を鳴らす。通話の主は件の奴隷商人だった。
『あれあれ? どうしたのかな? ご機嫌斜め?』
「いえ、なんでもありません。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」
ここ数日で鍛えられた演技力を活かして平静を保つ。こういう手合いに隙を見せることは厳禁だと理性よりも本能の部分で理解していた。
『あ、そうなんだ。じゃあ私も暇じゃないから用件だけ伝えるね』
暇じゃないなら余計な挨拶を省け、そう心の中だけで悪態をつく。
『まず、君のお母さんの引き取り先が決定したよ。おめでとう! いやー、私はやり手の商売人だからね! 高値で買ってくれる人を見つけるのには苦労したよ!』
やたら上機嫌で語る商売人の顔を張り飛ばしたくなったが、物理的にも、立場的にもそんなことは絶対に不可能だった。
引き取り先というからにはおそらくは男の相手をさせられることになるだろうとは想像がついたが、それ以上先は想像しないようにした。
『次にお父さんだけどね。ちょっと年配だったからなかなか難しくてね。どこかの家に引き取るのも無理そうだから、まあ、戦争奴隷か何かになりそうなんだよね』
普段は農作業などを行いつつ、山岳民や遊牧民との戦争になればまっさきに駆り出され、ほとんど生還する見込みのないのが戦争奴隷だ。運が良ければ無事に天寿を全うすることもあるらしいが、運が悪ければ三日で死ぬ。
『ああ、そうそう。君も一応候補は用意してあるからね。何しろエドゥッパの学生だ。読み書き計算はお手の物だろう? 僕が売る一番の商品になってくれそうだね! 期限まであと二日。楽しみにしておくよ!』
言いたいことだけを言った商人は通話をあっさり打ち切った。
誰の声も聞こえなくなると、エタは糸が切れたかのように地面にへたり込んだ。
時間とともに、エタの精神は追い込まれつつあった。
山のように積まれた大白蟻の死骸を前にうずくまりそうになる体を何とか奮い立たせる。
蟻はいつものように闊歩し、それを狩るギルドも企業も手慣れてきたのかますます効率は上がっている。しかしまだ森に変化の兆しはない。
もしも、もしもエタの予想した食物連鎖が完全な的外れだった場合、目の前の死骸の意味は何もなくなる。
ただただ、無意味に踏みにじられた命となる。
罪悪感のせいか、胃の中からせりあがってきたものを強引に嚥下する。蟻の死骸はなんとか直視できるようになったが、気を抜くと気を失いそうになる。皮肉なことに気持ちの悪さが意識をつなぐこともあった。
灰の巨人にもニスキツルにも負傷者は多いが、いまだに死亡者は出ていない。
もしも大量の死傷者が出れば、平静でいられるのだろうか、あるいは、平静でいてよいのだろうかという答えの出ない疑問の沼にはまりそうでもあった。
そこに携帯粘土板の呼び出し音が鳴る。
弱気になった自分の心情を見透かされた気がしてエタは飛び上がりそうなほど驚いたが、作業中であることを思い出し、拒否しようとしたが携帯粘土板に表示された相手の名前を見てその選択肢はないことを理解した。
「はい……エタリッツです」
『はいはいどーも。みんな大好き商人さんです』
ふざけた挨拶に対してかみしめた奥歯がぎしりと音を鳴らす。通話の主は件の奴隷商人だった。
『あれあれ? どうしたのかな? ご機嫌斜め?』
「いえ、なんでもありません。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」
ここ数日で鍛えられた演技力を活かして平静を保つ。こういう手合いに隙を見せることは厳禁だと理性よりも本能の部分で理解していた。
『あ、そうなんだ。じゃあ私も暇じゃないから用件だけ伝えるね』
暇じゃないなら余計な挨拶を省け、そう心の中だけで悪態をつく。
『まず、君のお母さんの引き取り先が決定したよ。おめでとう! いやー、私はやり手の商売人だからね! 高値で買ってくれる人を見つけるのには苦労したよ!』
やたら上機嫌で語る商売人の顔を張り飛ばしたくなったが、物理的にも、立場的にもそんなことは絶対に不可能だった。
引き取り先というからにはおそらくは男の相手をさせられることになるだろうとは想像がついたが、それ以上先は想像しないようにした。
『次にお父さんだけどね。ちょっと年配だったからなかなか難しくてね。どこかの家に引き取るのも無理そうだから、まあ、戦争奴隷か何かになりそうなんだよね』
普段は農作業などを行いつつ、山岳民や遊牧民との戦争になればまっさきに駆り出され、ほとんど生還する見込みのないのが戦争奴隷だ。運が良ければ無事に天寿を全うすることもあるらしいが、運が悪ければ三日で死ぬ。
『ああ、そうそう。君も一応候補は用意してあるからね。何しろエドゥッパの学生だ。読み書き計算はお手の物だろう? 僕が売る一番の商品になってくれそうだね! 期限まであと二日。楽しみにしておくよ!』
言いたいことだけを言った商人は通話をあっさり打ち切った。
誰の声も聞こえなくなると、エタは糸が切れたかのように地面にへたり込んだ。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ボッチな俺は自宅に出来たダンジョン攻略に励む
佐原
ファンタジー
ボッチの高校生佐藤颯太は庭の草刈りをしようと思い、倉庫に鎌を取りに行くと倉庫は洞窟みたいなっていた。
その洞窟にはファンタジーのようなゴブリンやスライムが居て主人公は自身が強くなって行くことでボッチを卒業する日が来る?
それから世界中でダンジョンが出現し主人公を取り巻く環境も変わっていく。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
異世界ラーメン
さいとう みさき
ファンタジー
その噂は酒場でささやかれていた。
迷宮の奥深くに、森の奥深くに、そして遺跡の奥深くにその屋台店はあると言う。
異世界人がこの世界に召喚され、何故かそんな辺鄙な所で屋台店を開いていると言う。
しかし、その屋台店に数々の冒険者は救われ、そしてそこで食べた「らーめん」なる摩訶不思議なシチューに長細い何かが入った食べ物に魅了される。
「もう一度あの味を!」
そう言って冒険者たちはまたその屋台店を探して冒険に出るのだった。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる