迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

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第一章 迷宮へと挑む

第十五話 共犯者

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 少しの間月に目を向けていたミミエルはやがてエタの目をまっすぐにとらえた。
「で? あんたはあたしに何がしたいの? ただの嫌がらせ? それとも体が目当て?」
 ちらりと外套をめくるミミエルだったが、なんとなくぎこちなさを感じるエタだった。
「そんなことしないよ。それよりも僕の推測は当たってるの?」
「どれのことよ」
「ひとまず君が灰の巨人に不当に働かされている人たちを助けようとしていることかな」
「はん。笑えばいいわよ。自己満足に酔って偉人を気取っている偽善者だってね」
 皮肉に満ちた迂遠な自嘲だったが否定の言葉ではなかった。先ほどに比べると口調もいくぶん丁寧な気がしていた。もしかするとこちらが本来の彼女なのかもしれない。
 ここがエタにとっての分水嶺。踏み込めばもう戻れない。だからエタは覚悟を決めた。
「なら、本当に救わない? 偽善なんかじゃなく、全部、全員、まとめて助けない?」
「どういう意味よ」
「僕は借金をなくすために迷宮を踏破しなきゃいけない。その結果として、灰の巨人にはここから立ち去ってもらうことになるかもしれない」
 ミミエルは唖然としてエタを見つめていた。
「あんたそれ、本気?」
「うん。そのために君の協力が必要だ。君はどう思う? このギルドをこのまま放置していいと思う?」
 ミミエルはエタの奇妙な迫力に気圧され始めていた。武力はもちろん、口喧嘩でも本来ならミミエルが圧勝するだろう。
 しかし今のエタはライオンを一噛みで殺す毒蛇のように狡猾さによって場を支配しつつあった。ミミエルは質問に質問で返すのが精いっぱいだった。
「あんたはどうなのよ。あんた、借金があるのよね? 同じような立場の人を助けたいと思わないの?」
「可哀そうだとは思うよ。でも、僕は自分の家族を守らなきゃいけない。でも僕を利用するのは別に構わない」
「あんた、あたしと共犯関係になりたいってこと?」
「そうなるかな」
 感情論よりも打算的な利害の一致によってこそ協力し合える。短時間で信頼関係を築くにはそれしかないと判断した。それになによりこの状況は明らかにエタに不利だ。だからこそそれが有利に働いている。
 喧嘩で勝てるはずもないし、ギルドでの信頼もミミエルのほうが上だ。だからこそミミエルは乗ってくる。エタはミミエルが弱者を見捨てられない性格だと直感していた。つまりミミエルはエタも見捨てられない。
 なんて非道なやり口だ、とエタは自嘲する。だがそれでも手段など選ぶ暇はない。
 ふう、とミミエルはため息をついた。
「勝算はあるんでしょうね」
「君が僕の知りたいことを教えてくれるなら」
 ミミエルは信用した、というよりは呆れたような表情だった。
「ま、いいわ。協力してあげる。それで? 何を知りたいの?」
「ありがとう。その前に……」
 エタは物陰に隠していたお椀を持ってきた。中身は亀肉のスープだった。
「飲食供養を終わらせよう」
「何? 同情なんてしてる余裕ないんじゃなかったの?」
 ミミエルは少し嬉しそうだった。
「死者に敬意は払わないと」
 それから二人は死者と神々に祈りを捧げ、持参した食べ物を食べ始めた。しかしミミエルはいきなり図々しい提案をしてきた。
「罠には引っかからなかったから肉がないの。亀肉よこしなさいよ」
「いいよ。僕もちょっとおかゆが欲しいからくれない?」
「……いやよ。っていうか旨いわねこれ。あんたが作ったの?」
 エタが作ったスープはからし汁と呼ばれる料理だ。
 ネギと肉を煮込み、そこに潰したマスタードシード、スパイス、ニンニク、さらに脂肪を加え、さらに煮込む。
 古い肉でもおいしく食べられるように工夫された料理だった。材料はエタと同じような境遇の人から少しだけお金を払って譲ってもらった。
 これを作っている最中に家族の顔が浮かんで寂しくなったのは誰にも言えない。
「まあ姉ちゃんが料理苦手だったから僕がよく作ってたし……でもそんなにおいしくはないと思うけど。……もしかして君も料理が苦手なの?」
 何とはなしにした質問だったがミミエルは答えに詰まっていた。
「いちおう食べられるわよ。イシュタル神殿で見習いとして働いていた時もそう言われたし」
 いや、それは誉め言葉なのだろうかと疑問を持ったが、深くは追及しなかった。
 しばし、黙々と食事を進める。
「いい人たちだったのよ」
 ミミエルがぽつりと何度か土が掘り返された地面を見ながら言った。
 おそらくはここに彼女が言う、いい人たちの遺品が眠っているのだろう。
「いい人たちだった。文句ひとつ言わず働いて、いつか冒険者になりたいって子もいた。故郷に戻りたいって奴隷もいた。あんな、あんな虫けらに頭から食われていい人なんか一人もいなかった」
 強引におかゆを嚥下する姿を見て、ミミエルがエタの予想よりもかなり無理をしていることを悟った。多分、彼女にとって飲食供養は贖罪なのだ。楽しむべき食事を苦痛に感じるほどに思い悩んでいた。それを、一人で抱え込んでいた。
「はっきり言うわ。あたし、このギルドが嫌い。冒険者も嫌い。でもこの迷宮が一番嫌い。あんた、ここを潰せるのよね?」
「協力を依頼した企業との契約でまだらの森を攻略することはできないよ。でも、僕の計画がうまくいけば奴隷がまだらの森の探索に参加することはできないはずだよ」
「どうして?」
「優先探索権が企業に移るからね。企業はギルドよりもかなり制約が多いから、迷宮の探索をする人には必ず賃金を支払わなきゃいけない」
「奴隷に賃金を払うくらいなら普通に人を雇うわけね。少しだけましになる……といいわね」
 世の中はそんなに甘くない。だがせめて少しでも良くなるように、あがくしかないのだ。二人ともそれをもう理解できる年齢だった。
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