14 / 293
第一章 迷宮へと挑む
第十話 オオカミの瞳
しおりを挟む
エタは泣いていた。
具体的な理由は覚えていない。ただ悔しかったという感情だけが心の底に残っている。そういう時はたいていどこかに隠れて泣いていた。
そんな自分をいつも探しに来てくれたのは姉だった。
『エタ。見―つけた。今日はどうしたの?』
夜の闇を溶かし込んだような黒髪と瞳がエタを見つめていた。それになんと答えたのかも、エタは覚えていない。
『そっかー。でも私はエタがうらやましいよ。私ってほら、お父さんやお母さんと違って頭はよくないから。エタはね、二人から愛情を受け取って知恵を受け継いだのよ』
そう言ってエタの頭をイレースはわしわしとなでつけた。
いつも姉はエタを励ましてくれた。それが嬉しかったし、こんな人が姉で誇らしかった。
『さあ。お姉ちゃんと一緒に立って帰ろう』
差し出された姉の手を掴む。そして。
「ボケっとしてんじゃないわよ! さっさと起きなさい!」
甲高い声と容赦の無い蹴りに叩き起こされたエタはようやく正気に戻り、ぼんやりと上を見た。
「起きた!? 魔物を見ただけで気絶するとか貧弱過ぎない!? じゃあさっさと作業に戻りなさい!」
見上げていたのはミミエルと名乗った少女だった。まだらの森を攻略しているギルド、灰の巨人の一員だったはずだ。彼女の後方にはギルド所属の冒険者らしき男が鞭を構えていたが、エタが起き上がったのを見てつまらなそうに去っていった。
もしもこのまま眠っていたら鞭で打たれたかもしれない。
まだぼんやりとしているエタをミミエルはにらんでいた。
長い黒髪を結い上げ、上に膨らませているが、それ以上に象的なのはその瞳だ。琥珀色というのだろうか。獲物を狙うオオカミのように力強かった。
端が房状になった外套を羽織っており、腰から尻尾のような飾りが飛び出ている。一見すると獣が二足歩行しているような野性味のある格好だったが、そのマントの中身の服装はエタの目には少々刺激的だった。
上半身は一枚の布をピンでとめただけであり、スカートの丈もかなり短い。大事なところが見えてしまわないか不安になっていた。
ただ、金星をあしらったイシュタル神の神印が見えていることから美と愛を司るイシュタル神の信徒なのだろう。それならあの格好も理解できなくはない。偏見な気もしていたが。
さらに言えば不埒な行動に出る男もいないだろう。エタの数歩先にいた大白蟻の頭を叩き潰したのは彼女なのだから。
「さっさと歩きなさい。役に立たないやつを置いておくほど余裕はないのよ」
冷たい瞳をそらして彼女は先頭のギルド長直下の冒険者たちがいる集団に向かっていった。
具体的な理由は覚えていない。ただ悔しかったという感情だけが心の底に残っている。そういう時はたいていどこかに隠れて泣いていた。
そんな自分をいつも探しに来てくれたのは姉だった。
『エタ。見―つけた。今日はどうしたの?』
夜の闇を溶かし込んだような黒髪と瞳がエタを見つめていた。それになんと答えたのかも、エタは覚えていない。
『そっかー。でも私はエタがうらやましいよ。私ってほら、お父さんやお母さんと違って頭はよくないから。エタはね、二人から愛情を受け取って知恵を受け継いだのよ』
そう言ってエタの頭をイレースはわしわしとなでつけた。
いつも姉はエタを励ましてくれた。それが嬉しかったし、こんな人が姉で誇らしかった。
『さあ。お姉ちゃんと一緒に立って帰ろう』
差し出された姉の手を掴む。そして。
「ボケっとしてんじゃないわよ! さっさと起きなさい!」
甲高い声と容赦の無い蹴りに叩き起こされたエタはようやく正気に戻り、ぼんやりと上を見た。
「起きた!? 魔物を見ただけで気絶するとか貧弱過ぎない!? じゃあさっさと作業に戻りなさい!」
見上げていたのはミミエルと名乗った少女だった。まだらの森を攻略しているギルド、灰の巨人の一員だったはずだ。彼女の後方にはギルド所属の冒険者らしき男が鞭を構えていたが、エタが起き上がったのを見てつまらなそうに去っていった。
もしもこのまま眠っていたら鞭で打たれたかもしれない。
まだぼんやりとしているエタをミミエルはにらんでいた。
長い黒髪を結い上げ、上に膨らませているが、それ以上に象的なのはその瞳だ。琥珀色というのだろうか。獲物を狙うオオカミのように力強かった。
端が房状になった外套を羽織っており、腰から尻尾のような飾りが飛び出ている。一見すると獣が二足歩行しているような野性味のある格好だったが、そのマントの中身の服装はエタの目には少々刺激的だった。
上半身は一枚の布をピンでとめただけであり、スカートの丈もかなり短い。大事なところが見えてしまわないか不安になっていた。
ただ、金星をあしらったイシュタル神の神印が見えていることから美と愛を司るイシュタル神の信徒なのだろう。それならあの格好も理解できなくはない。偏見な気もしていたが。
さらに言えば不埒な行動に出る男もいないだろう。エタの数歩先にいた大白蟻の頭を叩き潰したのは彼女なのだから。
「さっさと歩きなさい。役に立たないやつを置いておくほど余裕はないのよ」
冷たい瞳をそらして彼女は先頭のギルド長直下の冒険者たちがいる集団に向かっていった。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
(完結)王家の血筋の令嬢は路上で孤児のように倒れる
青空一夏
恋愛
父親が亡くなってから実の母と妹に虐げられてきた主人公。冬の雪が舞い落ちる日に、仕事を探してこいと言われて当てもなく歩き回るうちに路上に倒れてしまう。そこから、はじめる意外な展開。
ハッピーエンド。ショートショートなので、あまり入り組んでいない設定です。ご都合主義。
Hotランキング21位(10/28 60,362pt 12:18時点)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる