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第一章 迷宮へと挑む
第八話 光輝
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やがてまっすぐにエタの顔を見据えてこう切り出した。
「エタリッツ君。君にこれを渡そう」
アトラハシスが引き出しから取り出したのは見たことのない木材の箱だった。だがそれ以上に目を引いたのは箱から漏れ出る神聖な光だ。
青みを帯びた半透明で、川のせせらぎを思わせる穏やかな光だった。
「まさかこれは……光輝ですか? で、ではこの箱の中身は……?」
「うむ。わしが昔神々より授かったメラムを纏った掟だ」
エタは思わず絶句した。メラムとは神々から発せられる光であり、畏れである。ただ人ならばそれを目にするだけで光を失うとさえ言われる。最高神であるエンリルならば、メラムだけで神さえもひれ伏すという。
神々がまれに偉業を成し遂げた人間に対して掟にメラムを授けることがあり、その掟は通常の掟とは比べ物にならない神力を持ち、もちろんそれを保有する人間はあらんばかりの羨望と尊敬を勝ち取る。
エタの姉、イレースが一流の冒険者と言われるのも若くしてメラムを纏った掟を保有しているからである。
それを渡されることなど千年生きてもまずありえない幸運である。
「し、しかし掟の譲渡には神殿の許可が必要でしょう? メラムを纏った掟の譲渡など、許可が出るはずが……」
「無理を言って許可を出させた」
あまりの驚愕でエタの口は開きっぱなしになった。エタはそれなりに勉学が優秀だったと自分でも思っているが、それでもこれほどの施しを受けるべきだとは思えなかった。
それを見越してアトラハシスは厳かに、託すように言葉をつづけた。
「エタリッツ君。君は自分でも気づいていないじゃろうが君の選択は大きなうねりを生む」
「うねり……?」
「そうじゃ。これは君が選択をなすために必要になるのがこの掟じゃ。それに、わしはこれまでこの掟を使ったことがなく、これからも使うことはありえん。ならば真に必要な人間に託すべきなのじゃ」
「いったい、これの掟はなんなのですか?」
アトラハシスから聞いたメラムを纏った掟は確かに一体いつ使うのかまるでわからない内容だった。とはいえ未来を予見するアトラハシスの言うことに間違いがあるとも思えない。
戸惑いを覚えながらも、自分の体が自分のものではないかのように首肯した。
「わかりました。では、失礼します」
エタは木箱に左手で触れながら、右手で携帯粘土板を操作した。許可を求める文言に、ごくりと生唾を飲み込みながら指を押し当て、肯定した。
木箱からまばゆい光が飛び出てエタの携帯粘土板に収まった。ただそれだけの行為だが、冷汗が噴き出ていた。
「エタリッツ君。二つ忠告がある。その掟はみだりに使ってはならない。他人から譲渡された掟は使いこなすのが難しい。ましてやメラムが備わっているのなら、使用にはそれ相応の覚悟が必要になるじゃろう」
「はい。忠告をわすれません。二つ目はなんでしょうか?」
「迷宮に魅入られてはならない」
それは冒険者憲章の一説に組み込まれている言葉だった。
「まさか、僕が魔人になると言うのですか?」
迷宮の核は生き物のように意志を持つと言われている。それゆえ、時折迷宮が人に話しかけることもあるらしい。もっともエタは単なる伝承や警告のようなものだと思っていた。
「迷宮からの声に耳を傾け、その心を明け渡すと魔人になり果て、冥界にすらたどり着かずこの世をさまよう。これはれっきとした事実じゃ。よいか。我々は神々に迷宮の攻略を命じられたのであって迷宮に取り込まれてはならない」
「忠告、痛み入ります。決して忘れません」
エタは礼をして、そのまま部屋を去った。その姿をアトラハシスはじっと見つめていた。
「エタリッツ君。君にこれを渡そう」
アトラハシスが引き出しから取り出したのは見たことのない木材の箱だった。だがそれ以上に目を引いたのは箱から漏れ出る神聖な光だ。
青みを帯びた半透明で、川のせせらぎを思わせる穏やかな光だった。
「まさかこれは……光輝ですか? で、ではこの箱の中身は……?」
「うむ。わしが昔神々より授かったメラムを纏った掟だ」
エタは思わず絶句した。メラムとは神々から発せられる光であり、畏れである。ただ人ならばそれを目にするだけで光を失うとさえ言われる。最高神であるエンリルならば、メラムだけで神さえもひれ伏すという。
神々がまれに偉業を成し遂げた人間に対して掟にメラムを授けることがあり、その掟は通常の掟とは比べ物にならない神力を持ち、もちろんそれを保有する人間はあらんばかりの羨望と尊敬を勝ち取る。
エタの姉、イレースが一流の冒険者と言われるのも若くしてメラムを纏った掟を保有しているからである。
それを渡されることなど千年生きてもまずありえない幸運である。
「し、しかし掟の譲渡には神殿の許可が必要でしょう? メラムを纏った掟の譲渡など、許可が出るはずが……」
「無理を言って許可を出させた」
あまりの驚愕でエタの口は開きっぱなしになった。エタはそれなりに勉学が優秀だったと自分でも思っているが、それでもこれほどの施しを受けるべきだとは思えなかった。
それを見越してアトラハシスは厳かに、託すように言葉をつづけた。
「エタリッツ君。君は自分でも気づいていないじゃろうが君の選択は大きなうねりを生む」
「うねり……?」
「そうじゃ。これは君が選択をなすために必要になるのがこの掟じゃ。それに、わしはこれまでこの掟を使ったことがなく、これからも使うことはありえん。ならば真に必要な人間に託すべきなのじゃ」
「いったい、これの掟はなんなのですか?」
アトラハシスから聞いたメラムを纏った掟は確かに一体いつ使うのかまるでわからない内容だった。とはいえ未来を予見するアトラハシスの言うことに間違いがあるとも思えない。
戸惑いを覚えながらも、自分の体が自分のものではないかのように首肯した。
「わかりました。では、失礼します」
エタは木箱に左手で触れながら、右手で携帯粘土板を操作した。許可を求める文言に、ごくりと生唾を飲み込みながら指を押し当て、肯定した。
木箱からまばゆい光が飛び出てエタの携帯粘土板に収まった。ただそれだけの行為だが、冷汗が噴き出ていた。
「エタリッツ君。二つ忠告がある。その掟はみだりに使ってはならない。他人から譲渡された掟は使いこなすのが難しい。ましてやメラムが備わっているのなら、使用にはそれ相応の覚悟が必要になるじゃろう」
「はい。忠告をわすれません。二つ目はなんでしょうか?」
「迷宮に魅入られてはならない」
それは冒険者憲章の一説に組み込まれている言葉だった。
「まさか、僕が魔人になると言うのですか?」
迷宮の核は生き物のように意志を持つと言われている。それゆえ、時折迷宮が人に話しかけることもあるらしい。もっともエタは単なる伝承や警告のようなものだと思っていた。
「迷宮からの声に耳を傾け、その心を明け渡すと魔人になり果て、冥界にすらたどり着かずこの世をさまよう。これはれっきとした事実じゃ。よいか。我々は神々に迷宮の攻略を命じられたのであって迷宮に取り込まれてはならない」
「忠告、痛み入ります。決して忘れません」
エタは礼をして、そのまま部屋を去った。その姿をアトラハシスはじっと見つめていた。
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