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第一章 迷宮へと挑む
第七話 ジッグラト
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ウルクは城壁に囲まれた都市であり、その中心となる場所は二つある。
一つはエアンナ聖域。
平地に複数の神殿がいくつも建てられており、日常的に多くの参拝者が訪れる。
もう一つは小高い丘に建てられた神殿であるジッグラト、またの名を白色神殿である。
政治、経済、信仰の中心地であると同時に山を模して造られたそれはこのウルクの本来の主であり、守護神でもあるイシュタル神を迎えるための場所なのだ。
はるか昔に日干し煉瓦と焼成煉瓦を組み合わせ、数百、数千人もの人々が協力して造られ、さらに古い建物の上に新しい建物を作られ続けたそれは見上げる人々に畏怖を与える。
ここを訪れた理由はエドゥッパの学長であるアトラハシス様に会うためだった。もちろんかつて大洪水を生き延びた賢者アトラハシスとは別人で、その功績が認められたためにアトラハシスを襲名することが許されたお方で、本名はもう誰も知らないらしい。しかしながらその英知はまさしく知恵と水の神エンキ神と見まがうほどであり、エタも何度かその講義を聞いて驚かされたことがあった。
エドゥッパに来ることはあまりなく、普段はジッグラトで事務を行っている。
本来なら謁見には数日から数十日かかることも珍しくないはずだが何故かすぐに謁見の許可は下りた。
「では、こちらにどうぞ」
ジッグラト勤めの男性に案内される。
彼は杖を突いており、目が不自由な様子だったが、それを意に介さず慣れた様子で通路を歩む。
かつてエンキ神は体が不自由な人々に仕事を割り振ったことに倣い、富裕層には弱者に職を与えるのが信仰の篤い人々とされる風潮がある。
さらにアトラハシス様は他にも様々な福祉事業を広げているため、十分すぎるほどの信望を集めていた。
男性は御簾の前で立ち止まったが、エタには先を促した。
御簾をくぐった向こうにはドレープのある丈の長い礼服を着た老人がいた。シンプルな衣服だが見ているだけで上質さが伝わってくる。
丁寧に編み込まれた髪と髭。時間が普段より遅く感じられるほどの雄大さをアトラハシスに感じていた。
「エタリッツ君。大変なことになったようじゃな」
「アトラハシス様。未来が見えたのですか?」
「まあのう。学長も暇なんじゃ。忙しいときは忙しいがのう。それよりもわしに何か聞きたいことがあるのじゃろう? ふむ……迷宮を踏破したいのか。ずいぶんと無理難題を吹っかけられたようじゃな」
アトラハシスは未来を見る掟を授かっていると言われている。ゆえに説明する必要はなく、結論だけを述べる。
「はい。アトラハシス様が以前教鞭をとっていた時に聞いたことなのですが……」
なるべく簡潔に自分が思いついた迷宮の攻略法を説明した。
「……なるほど。おそらくは正しいじゃろう。だが、まだ戦力が足りんな。あてはあるのか?」
「はい。ギルドには頼れませんから、企業に依頼しようと思っています」
「企業か……わしがもう少ししっかりしておればギルドの腐敗を止められたのじゃがな」
軽い口調だったが、表情からは並みならぬ苦労と悔恨が伝わってきた。おそらくエタがギルドにどのような扱いを受け、どのような経緯でこの結論に至ったのか想像できたのだろう。
「アトラハシス様の責任ではありません。アトラハシス様のご指導の賜物で優秀な冒険者や書記官になった人は大勢います」
「いいや。わしは老いたのじゃよ。それとも、老いたのはこの国か……」
ひげをなぞりながら、エタには理解できない重みがあるため息を漏らす。
一つはエアンナ聖域。
平地に複数の神殿がいくつも建てられており、日常的に多くの参拝者が訪れる。
もう一つは小高い丘に建てられた神殿であるジッグラト、またの名を白色神殿である。
政治、経済、信仰の中心地であると同時に山を模して造られたそれはこのウルクの本来の主であり、守護神でもあるイシュタル神を迎えるための場所なのだ。
はるか昔に日干し煉瓦と焼成煉瓦を組み合わせ、数百、数千人もの人々が協力して造られ、さらに古い建物の上に新しい建物を作られ続けたそれは見上げる人々に畏怖を与える。
ここを訪れた理由はエドゥッパの学長であるアトラハシス様に会うためだった。もちろんかつて大洪水を生き延びた賢者アトラハシスとは別人で、その功績が認められたためにアトラハシスを襲名することが許されたお方で、本名はもう誰も知らないらしい。しかしながらその英知はまさしく知恵と水の神エンキ神と見まがうほどであり、エタも何度かその講義を聞いて驚かされたことがあった。
エドゥッパに来ることはあまりなく、普段はジッグラトで事務を行っている。
本来なら謁見には数日から数十日かかることも珍しくないはずだが何故かすぐに謁見の許可は下りた。
「では、こちらにどうぞ」
ジッグラト勤めの男性に案内される。
彼は杖を突いており、目が不自由な様子だったが、それを意に介さず慣れた様子で通路を歩む。
かつてエンキ神は体が不自由な人々に仕事を割り振ったことに倣い、富裕層には弱者に職を与えるのが信仰の篤い人々とされる風潮がある。
さらにアトラハシス様は他にも様々な福祉事業を広げているため、十分すぎるほどの信望を集めていた。
男性は御簾の前で立ち止まったが、エタには先を促した。
御簾をくぐった向こうにはドレープのある丈の長い礼服を着た老人がいた。シンプルな衣服だが見ているだけで上質さが伝わってくる。
丁寧に編み込まれた髪と髭。時間が普段より遅く感じられるほどの雄大さをアトラハシスに感じていた。
「エタリッツ君。大変なことになったようじゃな」
「アトラハシス様。未来が見えたのですか?」
「まあのう。学長も暇なんじゃ。忙しいときは忙しいがのう。それよりもわしに何か聞きたいことがあるのじゃろう? ふむ……迷宮を踏破したいのか。ずいぶんと無理難題を吹っかけられたようじゃな」
アトラハシスは未来を見る掟を授かっていると言われている。ゆえに説明する必要はなく、結論だけを述べる。
「はい。アトラハシス様が以前教鞭をとっていた時に聞いたことなのですが……」
なるべく簡潔に自分が思いついた迷宮の攻略法を説明した。
「……なるほど。おそらくは正しいじゃろう。だが、まだ戦力が足りんな。あてはあるのか?」
「はい。ギルドには頼れませんから、企業に依頼しようと思っています」
「企業か……わしがもう少ししっかりしておればギルドの腐敗を止められたのじゃがな」
軽い口調だったが、表情からは並みならぬ苦労と悔恨が伝わってきた。おそらくエタがギルドにどのような扱いを受け、どのような経緯でこの結論に至ったのか想像できたのだろう。
「アトラハシス様の責任ではありません。アトラハシス様のご指導の賜物で優秀な冒険者や書記官になった人は大勢います」
「いいや。わしは老いたのじゃよ。それとも、老いたのはこの国か……」
ひげをなぞりながら、エタには理解できない重みがあるため息を漏らす。
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