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第一章 迷宮へと挑む
第六話 森へ
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女性の勢いに押され、目をぱちくりさせながらエタは答える。
「え!? エタは僕ですけど……」
女性の姿を眺める。
がっちりとした体格で、丈夫そうな革でできたスカートに上半身を覆う布がついた衣装を着こんでいる。本来男性の服装だったが、活発な印象を受ける彼女には似合っていた。
髪はぼさぼさだが短く、赤銅色だった。肌の色も髪の色とマッチした褐色。あまりこの辺りでは見かけない髪と肌の色だ。遠方の出身なのだろうか。おそらく冒険者だろうが、アナグマのような獰猛さがあった。
「あんただなあ!? あ、いや、正確にはあんたじゃないのか」
「ごめんなさい。意味が分からないので落ち着いて話してください。それとも何か食べますか?」
「人を腹ペコの狐みたいに扱うんじゃないよ! ……けど落ち着けってのは確かにその通りだ。あたしはターハ。ペイリシュの恋人だ」
「……すみません。ペイリシュとはどなたですか?」
その言葉はどうやら火に油を注ぐ行為だったらしい。怒りで肩が震えていた。
「あ、た、し、の、恋人だよ! ついでに言うとあんたの姉に盗まれた恋人だよ!」
「え……いえ、その姉は……行方が……」
「あん? どういうことだ?」
言い淀むエタに違和感を覚えたのか、質問されたエタはターハに借金について話した。するとターハは冷や水をかけられたように態度を変え、謝罪してきた。
「すまなかった。多分、ペイリシュがあんたの姉を騙したんだと思う」
「ターハさん。お気持ちはうれしいですけど恋人をそんな悪く言うのは……」
「いや、ほんとにさあ。あいつろくでもないやつなんだよ。博打で儲けをすっからかんにするのは日常茶飯事。あいつの失敗で危ない目にあったことなんて一度や二度じゃないよ」
「失礼ですけど本当にペイリシュさんの恋人なんですか? というかどこを好きになったんですか?」
「そりゃ、そのう……あいつはよう。あたしがついていないとだめっていうか……たまには頼れるところもあるんだよう」
ターハはすねるように弁解していた。
まるでダメだからこそ惹かれているようだ。
エタにはさっぱり理解できない恋愛観だったが、多分自分が子供なだけだろう、と勝手に納得した。
「でも今回はダメだ。あたしに迷惑をかけるのはまだいいけどよう。他の奴らに迷惑をかけるのはダメだ。エタ。あんたは迷宮を攻略しようとしてるんだよな。責任を感じるからな。あたしも手伝ってやるよ」
「ありがとうございます!」
ラバサル、ターハ。そして自分。これで三人。何とか光明が差したかもしれない。
「なんだあ? わしの家に女を連れ込んだのか?」
そこでラバサルも帰宅したようだった。
「ラバサルさんですか? ええと、この人はターハさんと言って……迷宮の攻略を手伝ってくれるようです」
「ほお。そいつあ、物好きもいたもんだ」
「ま、よろしく頼むよ、おっさん」
「ああ、よろしくな。おばさん」
「だあれがおばさんだ。あたしゃまだ二十五だよ」
「エタから見りゃおばさんだろ。つうか二十五の女がふらふらしていいのか? 旦那はどうした」
ターハはうっと言葉に詰まっていた。
「いるってか……いたよお。でも、うまくいかなかったんだよお。もっと華奢な女の子がいいって……そんなことばっか言うんだよおお」
半泣きになっているターハに流石にラバサルも言い過ぎたと思ったらしい。
「あー……悪かった。見かけは悪くねえぞ」
「はー! 男はみんな同じこと言う! 見かけは美人! 黙ってりゃいい女! はー! これだから男は信用できないね! あたしをほめてくれんのはペイリシュだけなんだよ……」
「おいエタ。こいつぁあれか。めんどくさい女ってやつか」
「まあ、その、はい」
この短時間でターハの性格はおおよそ理解しつつあった。
図太そうに見えてよく言えば繊細、悪く言えば神経質。
「ふーんだ。あたしには男がなびかなくてもいいさ。このまま独身でも生きていけるもんね。あたしに子供がいなくたってウルクから人が消えるわけでもないしよ」
「まあそりゃそうだがなあ。あん? エタ? どうかしたのか?」
エタはラバサルの言葉を聞いていなかった。
子供がいなければ。その言葉だけが脳に木霊していた。
「子供、子供……生物の総量。そうだ、あれなら……」
書物粘土板をなぞる。目的の迷宮の項はあった。
「ラバサルさん。ターハさん。見つけたかもしれません」
「何を?」
「僕たちが踏破できる迷宮を」
エタの指が止まった粘土板にはこう記されていた。
まだらの森。
「え!? エタは僕ですけど……」
女性の姿を眺める。
がっちりとした体格で、丈夫そうな革でできたスカートに上半身を覆う布がついた衣装を着こんでいる。本来男性の服装だったが、活発な印象を受ける彼女には似合っていた。
髪はぼさぼさだが短く、赤銅色だった。肌の色も髪の色とマッチした褐色。あまりこの辺りでは見かけない髪と肌の色だ。遠方の出身なのだろうか。おそらく冒険者だろうが、アナグマのような獰猛さがあった。
「あんただなあ!? あ、いや、正確にはあんたじゃないのか」
「ごめんなさい。意味が分からないので落ち着いて話してください。それとも何か食べますか?」
「人を腹ペコの狐みたいに扱うんじゃないよ! ……けど落ち着けってのは確かにその通りだ。あたしはターハ。ペイリシュの恋人だ」
「……すみません。ペイリシュとはどなたですか?」
その言葉はどうやら火に油を注ぐ行為だったらしい。怒りで肩が震えていた。
「あ、た、し、の、恋人だよ! ついでに言うとあんたの姉に盗まれた恋人だよ!」
「え……いえ、その姉は……行方が……」
「あん? どういうことだ?」
言い淀むエタに違和感を覚えたのか、質問されたエタはターハに借金について話した。するとターハは冷や水をかけられたように態度を変え、謝罪してきた。
「すまなかった。多分、ペイリシュがあんたの姉を騙したんだと思う」
「ターハさん。お気持ちはうれしいですけど恋人をそんな悪く言うのは……」
「いや、ほんとにさあ。あいつろくでもないやつなんだよ。博打で儲けをすっからかんにするのは日常茶飯事。あいつの失敗で危ない目にあったことなんて一度や二度じゃないよ」
「失礼ですけど本当にペイリシュさんの恋人なんですか? というかどこを好きになったんですか?」
「そりゃ、そのう……あいつはよう。あたしがついていないとだめっていうか……たまには頼れるところもあるんだよう」
ターハはすねるように弁解していた。
まるでダメだからこそ惹かれているようだ。
エタにはさっぱり理解できない恋愛観だったが、多分自分が子供なだけだろう、と勝手に納得した。
「でも今回はダメだ。あたしに迷惑をかけるのはまだいいけどよう。他の奴らに迷惑をかけるのはダメだ。エタ。あんたは迷宮を攻略しようとしてるんだよな。責任を感じるからな。あたしも手伝ってやるよ」
「ありがとうございます!」
ラバサル、ターハ。そして自分。これで三人。何とか光明が差したかもしれない。
「なんだあ? わしの家に女を連れ込んだのか?」
そこでラバサルも帰宅したようだった。
「ラバサルさんですか? ええと、この人はターハさんと言って……迷宮の攻略を手伝ってくれるようです」
「ほお。そいつあ、物好きもいたもんだ」
「ま、よろしく頼むよ、おっさん」
「ああ、よろしくな。おばさん」
「だあれがおばさんだ。あたしゃまだ二十五だよ」
「エタから見りゃおばさんだろ。つうか二十五の女がふらふらしていいのか? 旦那はどうした」
ターハはうっと言葉に詰まっていた。
「いるってか……いたよお。でも、うまくいかなかったんだよお。もっと華奢な女の子がいいって……そんなことばっか言うんだよおお」
半泣きになっているターハに流石にラバサルも言い過ぎたと思ったらしい。
「あー……悪かった。見かけは悪くねえぞ」
「はー! 男はみんな同じこと言う! 見かけは美人! 黙ってりゃいい女! はー! これだから男は信用できないね! あたしをほめてくれんのはペイリシュだけなんだよ……」
「おいエタ。こいつぁあれか。めんどくさい女ってやつか」
「まあ、その、はい」
この短時間でターハの性格はおおよそ理解しつつあった。
図太そうに見えてよく言えば繊細、悪く言えば神経質。
「ふーんだ。あたしには男がなびかなくてもいいさ。このまま独身でも生きていけるもんね。あたしに子供がいなくたってウルクから人が消えるわけでもないしよ」
「まあそりゃそうだがなあ。あん? エタ? どうかしたのか?」
エタはラバサルの言葉を聞いていなかった。
子供がいなければ。その言葉だけが脳に木霊していた。
「子供、子供……生物の総量。そうだ、あれなら……」
書物粘土板をなぞる。目的の迷宮の項はあった。
「ラバサルさん。ターハさん。見つけたかもしれません」
「何を?」
「僕たちが踏破できる迷宮を」
エタの指が止まった粘土板にはこう記されていた。
まだらの森。
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