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秋葉夕雲

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第六章

487 偽物ばかり

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 ファティの目の前にあったのは黒い何かで、それがヒトの体だと気づくのに数秒かかった。そして、周囲からは鬨の声が聞こえている。
「聖女様をお助けしろ!」
「この魔物め! やはり貴様らは穢れている!」
「行け! 聖女様をこれ以上穢させてはならん!」
 一斉にアベルの民とファティのもとへ競うように駆けつけるセイノス教徒たち。アベルの民も黙ってはおらず、魔法によって反撃し、一瞬で物言わぬ屍となる。
 だが、それを見ても誰一人として足を止めない。むしろより強く足を動かす。

 どうしてだろう。ファティはむしろ疑問を感じた。
 何故戦うのだろう。何故私を助けようとするのだろう。
 こんな、顔さえ覚えていない誰かを。
「何としてでもお助けするのだ! 我々は穢れてもいい! だがしかし、何人たりとも聖女様の玉体を穢させてはならん!」
 そう吠えたてた司祭らしき誰かはすぐに頭と胴が泣き別れになった。今この瞬間にも亡骸はどんどん増えていく。
 ……ああそうか。
 この人たちも同じなんだ。認めないかもしれないけれど、アベルの民とクワイの民は本質が同じだ。つまり、その人の思考、人格はどうでもいい。大事なのは清いかどうか。穢れることに比べれば命が失われることなど、どうでもいいことだ。
 魔法を神聖視するアベルの民。穢れというよくわかんない物を忌避するクワイの民。大した違いはない。
 違うのは……せいぜい自分の命を結果的に守ろうとしているか殺そうとしているかどうかという違いだけ。
 クワイの民が求めているのは銀の聖女であってファティ・トゥーハではない。
 この人たちは私の家族にはなってくれない。それどころか友人にさえなろうとはしないだろう。
 崇拝と親愛は決して交わることがない。
 ちらりとミーユイやチャンドの顔が浮かぶ。信用できる人はいる。親しくしてくれる人はいる。その人たちを助けるために尽力するのはやぶさかではない。
 この人たちは助けるべきなのか? 今まで助けるべきだと信じて戦ってきた。それが揺らいでいる。
 辺りからは、聖女様を、国王様をお助けしろという声ばかりが響いている。
 この人たちを助ける理由は……ある。
 まず私が助けたい人たちにはこの人たちが必要だということ。私一人ですべてを守るのは無理だ。だって、この人たちは戦いたくてしょうがないんだから。じゃあ、戦ってもらおう。気のすむまで。その代わり私が本当に守りたい人を守ってもらう。そして私は望み通り聖女としてふるまおう。
 ギブアンドテイクと言うのだろうか。もうそれでいいや。この人たちに、親しみなんて求めない。そんな意味はないのだ。もちろん私が親しみを感じる人も中にはいるかもしれない。そういう人を探したい。
 だから、この人たちを、助けなければ。
 ついに芽生えた、酷薄な意思。
「っ!」
 今も締め付ける触手を懸命に振りほどこうとする。だが、びくともしない。周囲の人々も必死で斬りかかるがその力は緩まない。
(何とか……)
 戦う理由を見つけた。ようやく見つけられた。だから……。
「ここで戦えなければ、意味なんてない!」
 死力を振り絞る。
 そして、突然現れたのはどこかで見たことのある魔物だった。
 混乱しきった戦場を突っ切ってきたそれは濁った黄色の魔法を誰かれ構わず放っており、ファティやアベルの民をも飲み込んだ。



「アリジゴクは確かに銀髪を攻撃したぞ」
「オーケー千尋。誘導してくれて助かったよ」
「うむ。これで奴の調子は戻るのだな?」
「ん……たぶん」
「大丈夫かのう?」
「や、無理だったらもう空爆連発するしかねえな」
 以前鵺と戦った時にわかったことだ。アリジゴクの魔法を受けると魔物の体内の宝石はわずかに損傷する。ただし、転生者の場合、損傷のせいなのか、監理局からの影響を受けにくくなる。
 奴の不調が監理局によるものなら、アリジゴクの魔法で解除できるはず。アベルの民か銀髪。どちらに残って欲しいかというと銀髪だ。だってあいつアホだし。敵は馬鹿な方がいいに決まってる。
「今だけは協力してやるよ。その後は、悪いようには……するかな」
 銀髪の末路を想像して少しばかり嗜虐的な笑みを浮かべ、遠くに雷光よりも輝き、曇天の薄闇を切り裂くような銀色の光が現れた。
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