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秋葉夕雲

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第六章

485 捕食と被食

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 上空の戦いはかろうじて均衡を維持できていた。ケーロイの死の影響は大きく、鷲の動揺はなかなか静まらなかった。
 それでも均衡まで持っていけたのはフォークトの増援がどんどん到着していたからだ。フォークトの利点は動力であるスカラベが安全な場所で魔法を使えることだ。撃墜されようがパイロットが脱出しようがスカラベと低コストの機体が残っている限り何度でも出撃できる。逆に言えばスカラベの数によって一度に出撃できる数には限りがあるということだけど……波状攻撃になっていると考えればこれもメリットだ。
 アベルの民も疲れている。だからこそまだこちらを詰め切れない。結局いつもの泥仕合だ。でも、こっちにもまだ策がある。
「時間だ! とにかく時間を稼げ!」
 オレの予想が正しければそう時間はかからないはず。ただし敵がどのくらいダメージを受けるのかどうかまでは予想がつかない。その時にきっちりとどめをさせる味方がいなければ同じ手は二度と通じないだろう。
 アベルの民もここで勝負を決めるつもりなのか、光の洪水のように魔法を撃ちまくる。
 崩れない。崩せない。
 空中での戦いは遮るものがない分勝負が決まるときは一瞬だ。しかしこの戦いはドッグファイトとしてはありえないほどの長時間に及んでいる。しかし、いくら何でも長引きすぎた。
「コッコー。最後のフォークトが発着しました」
「了解! なら、ここで使うぞ! 七海!」
「承知!」
 要塞の内部に備え付けられていた斜塔のような装置が複数、ゆっくりと動く。もちろん観光地でも実験塔でもない。これは高射砲……もどき。
 威力は高いのだが、材料の関係で一発撃てば補修が必要になるこれまた使い捨てだ。だから一度の斉射で敵を倒さなければならない。
 七海が鷲、カッコウからもたらされた情報から敵の位置を割り出し、照準を合わせる。
「撃て」
 限界まで計算されつくされたそれは落雷のような速度で、しかし逆に天へと上る弾丸は嵐を切り裂き、アベルの民へと迫る。
 そして――――。
 ギリギリのところで急速に身をひねったアベルの民はかろうじて直撃を避けた。腕のような部位が吹き飛ぶが、まだ致命傷には至っていない。
「避けやがった!? 見えたのか!? それともただの勘!?」
どうやって避けたのかはまるで見当がつかない。しかし奴は事実として高射砲を躱した。
 切り札はもうないと判断したのか、アベルの民は一気に距離を詰める。
 確かにもう切り札は残ってない。
 だが。
 すでに真の切り札はもう切ってある。
 今まで空中を優雅に泳いでいたアベルの民の体はぼこぼこと震え、青白い脈が浮き上がっている。間違いなく苦しんでいる。



 千年前の話だが。
 そもそもなぜアベルの民はエルフを排斥したのだろうか。
 明確な答えはない。そもそもアベルの民の国がどんな様子かは知らない。だがまあ、どうにも他の魔物に対して排他的であるのは間違いないだろう。というより、魔物の宝石をとにかく食いまくって、能力を吸収しているはずだ。
 だが、エルフやヒトモドキの体内にある宝石は全く見つかっていない。捕獲したアベルの民の分裂体は吸収できたのだから、あえてしていないはずだった。
 同じように吸収した魔法や、捕食できる魔物を調べるうちに面白いことがわかった。唯一例外的に捕食すると体調不良を起こす魔物がいたのだ。
 しかも、通常なら毒を捕食すれば自切するはずのアベルの民がなぜかそうならなかった。
 その生物は――――だ。
 海老を捕食すると奴らは地球人類が罹る病に近い症状に陥る。
 脈拍の上昇、新陳代謝の異常な活発化。そして、眼球の突出。通称――――
 原因ははっきりわからない。海老の体内に何らかのホルモンでもあるのか、それとも魔物の持つ成長加速能力が原因なのか、あるいは海老の体内に存在する寄生虫が作用しているのか。
 確かなのはアベルの民が海老を捕食してしまうと、とてつもない速度でバセドウ病のような症状が発現する。そしてバセドウ病は言ってみれば新陳代謝を加速させる病気だ。その性質から、毒として認識できないのだろう。恐らくアベルの民はエルフを排斥したのではなく、エルフと協力、ないしは家畜関係にあった海老を排除したかったのだ。
 そして、一部の鷲、カッコウには海老の肉片などを持たせておいた。奴らも生物だ。長時間、しかもこっちの戦力備蓄がどのくらいあるかわからないのならいずれこちらを捕食すると踏んでいた。ケーロイの特攻は爆弾が攻撃手段であると誤認させるためだったんだろう。
「想像できねえだろうなアベルの民。さんざん敵を食らうことでその力を奪ってきたお前たちには食われたとしても勝とうとする奴らがいるなんて思いもしないだろうな!」
 海老の生物として弱者であるがゆえに、敵に食べたくないと思わせるという性質。ケーロイの食われたとしても何が何でも勝つという執念。それらは、アベルの民の体に癒えない傷跡を残したのだ。
「よく味わって思い知れ。この世には食ってはいけないもんがあるって」
 アベルの民はゆっくりと落下していった。
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