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第六章
482 混交
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雨と雷、そして敵の攻撃である光の矢が降りしきる平原を空が率いる混成師団は駆け抜け、そしてそれを率いる空は部下と援軍を穏やかに鼓舞する。
「この戦いは前年のように敗北すれば皆命が奪われるような戦いではありません」
エコーロケーションによる同族への意思伝達、女王蟻を通じたテレパシーによる多種族への意思伝達。それらをようやくよどみなくできるようになった。自分のように産まれた時からそういう訓練を積んできたのではなく、突然エミシの将軍となってもそれらを使いこなした先達翼は一体どれほどの才幹を持っていたのだろうか。
「よって我々の責務は明白。可能な限り生き延びる。その次に勝利する。王は我々の敗北を望んでいませんが、それ以上に我々の生存を望んでいます。皆、生きて帰る、あるいは新たな大地を踏みしめましょう」
自分にそれほどの才幹があるとは思えない。事実として同輩にもっと強く、速く、あるいは上手く指揮ができる人材はいた。しかし翼の後釜として指名されたのは自分だった。
その理由は何か。翼の生前に聞くことはできなかったが、王が後に教えてくれた。
『翼がお前を指名した理由は、お前が一番いろんな種族とコミュニケーションをとってたからだよ』
困惑した。そんなものは当たり前のことで才能とも呼べないではないかと。
『ああうん、そういうとこだよ。今エミシで求められているのは本当に何でもなく多種族と交流できる能力。エミシで生まれ育っていないとそれはやっぱり手に入らないんだ。多分翼はそれをわかってた』
そう語る王はどこか遠くを眺めているようだった。
『空。だからお前は翼の真似をするな。お前にしかできないことがあると思ったから後を託したはずだ』
自分にしかできないことが何かはまだわからない。しかし、なるべく多くの仲間を戦地から帰還させること。
そしてそれは種族を問わない。
エミシも、アンティ同盟も、そのほかの援軍も、一人でも多く守る。それが空の覚悟だった。
銀の聖女と同質の、しかして決して相容れない思いだった。
「将軍。まもなく目的地に到着します」
やや先行している部隊からの連絡だ。
「了解。では予定通りに」
わずかに意思疎通を行うだけで作戦は実行された。
茂る森の合間に注意深く隠された家屋。明らかに不自然なそれは間違いなく敵の拠点だろう。
だがそれほど大きくはない。いかに驚異的な兵器で武装したアベルの民といえど数の差はいかんともしがたい。
取り囲む間も惜しみ一気に突撃する。
だが、先頭の集団が家屋に到達すると同時に上空からレールガンが一閃し、膨大な衝撃をまき散らした。
ほとんどクレーターのような有様になった敵拠点を空は冷静に眺める。
「やはり罠でしたか」
「しかり。我々に虚偽は通じぬことを知らなかったとみえる」
先ほどまで戦闘にいた集団は偽物だ。隣にいるライガーの族長リャキをはじめとしたアンティ同盟の面々が作り出した偽りの分身。
空はあまりにも静かだった敵拠点をいぶかしみ、囮を潜入させたのだ。その予想は正しかった。敵はすでに脱出したか、そもそも拠点が偽物だったらしい。
「そうですね。後はうまく追跡してくれることを期待しましょう」
アベルの民の地上部隊は紫水の予想通り上空のアベルの民の観測手だった。その職務に忠実であるがゆえに彼らは攻撃の結果をすべて確認する義務があると判断していた。つまりこの偽拠点に対する砲撃の結果も見届けなければならなかった。
もちろん最大限の警戒を行い、少人数で観測を行い、砲撃の失敗を見届け、直ちに避難した本隊へと合流するために走っていた。もちろん尾行も警戒していた。だが……。
突如目もくらむような閃光がアベルの民の眼前に現れる。一瞬立ち止まった隙をつかれ、木々の合間を縫って跳躍する影が頭上から舞い降りる。
「地面痛撃とび膝蹴り!」
意味が分かっても何を言っているのかよくわからないカンガルーの蹴り?がアベルの民を襲う。反撃する間さえもなく、ぬかるみに青い血だまりを作る。
アベルの民の偵察はよく警戒していた。だが、知らなかったのだ。
「やはりですね。アベルの民はアンティ同盟の魔法を知りません」
「ええ。ええ。どうやら蟻の方々の探知を掻い潜る方法を知っていても我々の魔法を知りません」
そう言ったのはマーモットの神官長であり、先ほど敵の居場所を当ててみせたティウであった。
「そしてフェネックの探知能力をごまかす魔法も知らない。だから尾行されていることに気付かなかった。アベルの民は単一の魔物によって構成されている国家なのでしょう」
「なるほど。同じような魔法を使えるのならより優秀な魔法を持つ魔物を取り込む。だからこそ魔法によって微妙に探知しているものが違うという発想にいきつかない」
アベルの民はとにかく使いやすいもの、強いものを優先して集めたのだろう。解剖の結果から、敵が体内に取り込む魔物にはそういう傾向があるとわかっていた。だが、弱いもの、あるいは使いにくいものの中に思いもよらぬ力を持つものがある。
それこそが多様性。
優劣を一概には決められない生存するための力。
「王の予想も当たりましたね。奴らは地上の敵の探知には魔法を使っている」
「しかり。ひこうきとやらの発着場を狙わぬからという話でしたが……我々にはよくわかりません。よくわかりませんが、あの方が言うならそうなのでしょうな」
「でしょうな。この距離なら敵の地上部隊の位置もわかりますか?」
「ええ。もちろん。殲滅なさいますか?」
「いいえ。我々の役目はあくまでも敵の航空監視を止めること。無理に攻めるのではなく、まず上空に攪乱用の道具をばらまきましょう。それで上空からの砲撃は緩むはずです」
走りながら、次の攻撃の指示を下す。敵の部隊はもう目視できる距離に迫っていた。
「この戦いは前年のように敗北すれば皆命が奪われるような戦いではありません」
エコーロケーションによる同族への意思伝達、女王蟻を通じたテレパシーによる多種族への意思伝達。それらをようやくよどみなくできるようになった。自分のように産まれた時からそういう訓練を積んできたのではなく、突然エミシの将軍となってもそれらを使いこなした先達翼は一体どれほどの才幹を持っていたのだろうか。
「よって我々の責務は明白。可能な限り生き延びる。その次に勝利する。王は我々の敗北を望んでいませんが、それ以上に我々の生存を望んでいます。皆、生きて帰る、あるいは新たな大地を踏みしめましょう」
自分にそれほどの才幹があるとは思えない。事実として同輩にもっと強く、速く、あるいは上手く指揮ができる人材はいた。しかし翼の後釜として指名されたのは自分だった。
その理由は何か。翼の生前に聞くことはできなかったが、王が後に教えてくれた。
『翼がお前を指名した理由は、お前が一番いろんな種族とコミュニケーションをとってたからだよ』
困惑した。そんなものは当たり前のことで才能とも呼べないではないかと。
『ああうん、そういうとこだよ。今エミシで求められているのは本当に何でもなく多種族と交流できる能力。エミシで生まれ育っていないとそれはやっぱり手に入らないんだ。多分翼はそれをわかってた』
そう語る王はどこか遠くを眺めているようだった。
『空。だからお前は翼の真似をするな。お前にしかできないことがあると思ったから後を託したはずだ』
自分にしかできないことが何かはまだわからない。しかし、なるべく多くの仲間を戦地から帰還させること。
そしてそれは種族を問わない。
エミシも、アンティ同盟も、そのほかの援軍も、一人でも多く守る。それが空の覚悟だった。
銀の聖女と同質の、しかして決して相容れない思いだった。
「将軍。まもなく目的地に到着します」
やや先行している部隊からの連絡だ。
「了解。では予定通りに」
わずかに意思疎通を行うだけで作戦は実行された。
茂る森の合間に注意深く隠された家屋。明らかに不自然なそれは間違いなく敵の拠点だろう。
だがそれほど大きくはない。いかに驚異的な兵器で武装したアベルの民といえど数の差はいかんともしがたい。
取り囲む間も惜しみ一気に突撃する。
だが、先頭の集団が家屋に到達すると同時に上空からレールガンが一閃し、膨大な衝撃をまき散らした。
ほとんどクレーターのような有様になった敵拠点を空は冷静に眺める。
「やはり罠でしたか」
「しかり。我々に虚偽は通じぬことを知らなかったとみえる」
先ほどまで戦闘にいた集団は偽物だ。隣にいるライガーの族長リャキをはじめとしたアンティ同盟の面々が作り出した偽りの分身。
空はあまりにも静かだった敵拠点をいぶかしみ、囮を潜入させたのだ。その予想は正しかった。敵はすでに脱出したか、そもそも拠点が偽物だったらしい。
「そうですね。後はうまく追跡してくれることを期待しましょう」
アベルの民の地上部隊は紫水の予想通り上空のアベルの民の観測手だった。その職務に忠実であるがゆえに彼らは攻撃の結果をすべて確認する義務があると判断していた。つまりこの偽拠点に対する砲撃の結果も見届けなければならなかった。
もちろん最大限の警戒を行い、少人数で観測を行い、砲撃の失敗を見届け、直ちに避難した本隊へと合流するために走っていた。もちろん尾行も警戒していた。だが……。
突如目もくらむような閃光がアベルの民の眼前に現れる。一瞬立ち止まった隙をつかれ、木々の合間を縫って跳躍する影が頭上から舞い降りる。
「地面痛撃とび膝蹴り!」
意味が分かっても何を言っているのかよくわからないカンガルーの蹴り?がアベルの民を襲う。反撃する間さえもなく、ぬかるみに青い血だまりを作る。
アベルの民の偵察はよく警戒していた。だが、知らなかったのだ。
「やはりですね。アベルの民はアンティ同盟の魔法を知りません」
「ええ。ええ。どうやら蟻の方々の探知を掻い潜る方法を知っていても我々の魔法を知りません」
そう言ったのはマーモットの神官長であり、先ほど敵の居場所を当ててみせたティウであった。
「そしてフェネックの探知能力をごまかす魔法も知らない。だから尾行されていることに気付かなかった。アベルの民は単一の魔物によって構成されている国家なのでしょう」
「なるほど。同じような魔法を使えるのならより優秀な魔法を持つ魔物を取り込む。だからこそ魔法によって微妙に探知しているものが違うという発想にいきつかない」
アベルの民はとにかく使いやすいもの、強いものを優先して集めたのだろう。解剖の結果から、敵が体内に取り込む魔物にはそういう傾向があるとわかっていた。だが、弱いもの、あるいは使いにくいものの中に思いもよらぬ力を持つものがある。
それこそが多様性。
優劣を一概には決められない生存するための力。
「王の予想も当たりましたね。奴らは地上の敵の探知には魔法を使っている」
「しかり。ひこうきとやらの発着場を狙わぬからという話でしたが……我々にはよくわかりません。よくわかりませんが、あの方が言うならそうなのでしょうな」
「でしょうな。この距離なら敵の地上部隊の位置もわかりますか?」
「ええ。もちろん。殲滅なさいますか?」
「いいえ。我々の役目はあくまでも敵の航空監視を止めること。無理に攻めるのではなく、まず上空に攪乱用の道具をばらまきましょう。それで上空からの砲撃は緩むはずです」
走りながら、次の攻撃の指示を下す。敵の部隊はもう目視できる距離に迫っていた。
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