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秋葉夕雲

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第六章

477 雷音

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「ミーユイは……私が銀の聖女じゃなくても私と一緒にいてくれる……?」
 駕籠の中でミーユイと二人きりになった。ファティは唐突に切り出した。
 最近は本当に相手が自分を慕ってくれているかどうかだけを考えている。今まで出会った人々は確かに自分を敬ってくれたかもしれない。しかしそれはあくまでも銀の聖女だからだ。
 本当にファティ・トゥーハを信じてくれている人はどれだけいるのだろうか。心の底から不安だった。何故ならこの身は銀の聖女では恐らくないから。
 本質的にセイノス教徒は転生を認めない。地球からの転生者であるファティを認めるわけにはいかない。死者すべては楽園で安らかに暮らしていなければならない。
 ただ一つの例外は救世主だ。救世主は世界を、人を、魔物を救うためにいずれ復活するのだ。推測でも願望でもなく、必ずそうなると信じて疑わない。
 ファティを救世主の再来、あるいは復活した救世主そのものであると信じるからこそ彼女たちは熱狂して支持する。だがそうではない。ほかならぬファティは自分自身が救世主の再来などではないと知っている。
 救世主の再来であれば決して地球での記憶などあるはずはないのだから。偽物でしかないのだ。
 しかしファティからしてみれば自分に向けられる崇拝や尊敬こそが偽物のように感じられた。彼女が求めているのは自分自身を認めてくれる親愛や友情である。あくまでも銀の聖女としか見てくれないクワイの民に愛情を注ぐことはどうしてもできないと理解してしまった。
 だがそれでも自分に対する期待には応えたいという矛盾はある。
 それらの感情が顕在化し、出口となったのが先ほどの言葉である。
 極めて短絡的だが、とにかく彼女は自分自身を認めてくれる誰かを欲していた。かつては無意識的にそれをサリやティキーに求めていたが、彼女たちは行方がしれない。今回はかなり自覚的にかつ積極的にそれを手に入れようともがいていた。
 ……エミシの目論見通りに。

 ミーユイこと美月は不思議そうな表情を浮かべる演技をしつつ、内面ではファティの感情を読み取り、なおかつ自分たちの望む方向に誘導することに必死だった。
 彼女にとってファティから向けられる感情は塵芥ほどの価値も持たないが、彼女を意のままに操るために有用な道具としての利用価値をおおいに認めていた。
 そしてファティが望む答えと、自らが望むファティの行動を照らし合わせる。さらにこの発言に裏がないかをどうか思考を巡らせる。答えは見つかった。
「もちろんです。私はファティ様が銀の聖女様でなくともあなた様にお仕えします」
 極めてシンプルで短絡的な回答。それが正しかったことはファティのお気楽そうな笑顔をみて確信した。
「本当に? どうして?」
 これには少し返答につまる。まさかお前の機嫌を取りたいだけだと答えるわけにもいかない。
「私がお仕えしているのはあなたです。あの戦場であなたにお助けしていただいて……とても嬉しかったのです。今までの人生で、何よりも」
「そっか……うん、ありがとう」
 虚言と虚飾に満ちたたわごとを、美月自身は少し苦しいと感じていたが、ファティの心の琴線のどこかには触れたらしい。半ば本気で目の前の女の知性を心配しつつ、時間が迫っていることを告げた。
「聖女様。そろそろ出立のお時間では?」
「あ! そうね。じゃあ今日もお願い。でも……明日からは戦いになります。多分これはもう終わりです」
「承知いたしました。少しでも聖女様のお役に立てて何よりです」
 決して礼を失しない美月は、やっとこいつから解放されるのか、心の底でそう安堵していた。



 ミーユイに変装したファティが向かうのはもちろんチャンドのもとだ。
 彼と会うのはファティにとって日課となっており、何度も会話するうちにすっかり心を開いていた。そして当然のようにミーユイへと行った質問をする。
「ええ。僕はあなたが銀の聖女でなくともこうして会話することを心から望みます」
 チャンドこと久斗がたどった思考は流石双子だと嘆息するほど美月の思考経路と同じだったが、無論ファティは気付かない。
「ありがとうチャンドさん。それと明日は戦いになるはずです。あまり危ないことはしないでくださいね」
(お前の目の前に立つより危ないことなんてないよ)
「僕の身を案じてくださって誠に感謝します」
 心の中と口に出す言葉を全く別にする技術は以前習得したものだが、ここ最近で急激に上達していた。原因は考えるまでもない。
「はい。必ずまた会いましょう」
 流石に時間がないのか今日は比較的短時間で苦痛な時間は終わった。冷静に上司に伝えるべき情報を選別する。その傍らでも口が動くのは習慣だろうか。
「それもきっと今日で終わり。待っててね。美月。あと少しだから」
 彼が無事を案じているのは美月で、ファティの顔など仕事に必要な記号としてしか認識していなかった。それでも顔を記憶しているのは一応事実だったのだが……ひとかけらも敬愛を抱いていないが顔だけは認識できる久斗と限りない敬愛を抱いているが顔の見分けがつかないセイノス教徒。どちらが彼女をより思っていたのだろうか。



 ファティはいつも戦いが迫ると憂鬱な気分になる。しかし今日、今だけは心が弾んでいた。
 信じてくれる人はいた。たった二人でも、自分が何者でもないちっぽけな人間だったとしても慕ってくれる人がいるなら……その人の為にどんな辛いことでも我慢できる。
 そう信じていた。
 遠く、どんよりとした雲の向こうでかすかに鈍い雷音が聞こえた気がした。
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