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秋葉夕雲

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第六章

459 彼方のワダツミ

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 彼女……そう呼ぶべきかは誰にもわからなかったが、ともかくアベルの民と名乗った何者かと会談する場が急遽設けられることになった。
 ひとまず飛行物体が町中に着陸することはできないので、仮の王宮である教都の宮殿、その庭に案内することになった。
 その間もアベルの民は恭しく銀の聖女に話しかけ続けていた。
 たわいもない話から国政にかかわる話まで、多種多様に及んでいたが、タストにはそれがこちらを探るための誘導尋問に聞こえて仕方がなかった。

 やや荒れた、しかしこれでもこの王都ではまだ文明人の住む家としての体裁が整っている庭の上空に異物として浮遊する藍色の物体。
 それに対してどう話しかけたものかと思案していたが、とにかく行動するしかないと気づくのにそう時間はかからなかった。

「ここで話しをしよう! 降りて来てはくれないか?」
 大声でタストが叫ぶ。それを受けて藍色の物体はゆっくりと高度を下げ始め、やがて地面に近づくと、ロープのようなものが垂れ、やがて地面に張り付いた。そこから高度が一気に下がり、その物体はがっちりと地面に固定された。
 タストもファティも、この中から誰かが出てくると思っていた。地球人の感覚としてはそれは正しい。彼女らはこれが乗り物だと認識していた。
 だが、その物体が徐々に昆虫とのような足と、口や鼻がない獣のような顔が現れるにつれ、その巨大な物体が乗り物ではなく生物であるとようやく理解できた。
 実はアグルたちもともとこの世界で産まれ育った面々はむしろ初めからこれが生き物だと考えていた。
 この世界では乗り物といえばもっとも大きなものはせいぜい数人しか乗れない駕籠である。しかしこの星にはそれこそ怪獣のような生き物など珍しくもない。
 しかしそれでも巨大な生き物が飛ぶという事実はやはり驚きだった。

 やはりアベルの民は口のようなものを動かさず、頭の中に響く声で会話する。
『銀の聖女様。お初にお目にかかります。改めて名乗らせていただきますが、我々はアベルの民』
「初めまして……」
 通常とはことなる会話方法に対する違和感、あまりにも巨大な生物による違和感。しかし同時に彼女は高揚していた。彼女の望みである魔物との対話。それが実現しているのだから。
「我々、ということはここに来ているのはあなただけじゃないんですか?」
『いいえ。私は我々なのです』
 なぞかけのような返答に皆一様に首をひねる。言葉が足りないと感じたのかアベルの民は補足を付け加えた。
『我々は複数の肉体と意識が交わって我々となるのです』
 この返答に心の中での解釈は多様だった。
 教皇などのクワイの高位聖職者は神学的に一人の意識は神によって統一された意識の一部であるという地球人的には意味不明な論理で勝手に納得し、タストは単なるハッタリかブラフだと思い、ファティは訳が分からず、こっそり聞いている紫水はある可能性に行きついた。

「よくわかりませんけど……今ここにいて会話できるのはあなただけなんでしょうか?」
『そう思っていただいてかまいません』
「えっと……それで、アベルの民さんは、どうしてここにいらっしゃったんですか?」
 核心をついた質問。これにどう答えるかでこれからの行動がかなり変わる。
 タストはテレパシーでは嘘をつけないという知識を得ていたので、少なくとも相手は虚言を用いないと知っている。
 しかし次のアベルの民の一言は予想外だった。
『あなた方を助けるために来ました』
 シンプルで飾り気がなかったが、だからこそそこに解釈の余地は生まれなかった。
 嘘でも間違いでもなく、アベルの民は助けの手を差し伸べに来たのだ。
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