468 / 509
第六章
459 彼方のワダツミ
しおりを挟む
彼女……そう呼ぶべきかは誰にもわからなかったが、ともかくアベルの民と名乗った何者かと会談する場が急遽設けられることになった。
ひとまず飛行物体が町中に着陸することはできないので、仮の王宮である教都の宮殿、その庭に案内することになった。
その間もアベルの民は恭しく銀の聖女に話しかけ続けていた。
たわいもない話から国政にかかわる話まで、多種多様に及んでいたが、タストにはそれがこちらを探るための誘導尋問に聞こえて仕方がなかった。
やや荒れた、しかしこれでもこの王都ではまだ文明人の住む家としての体裁が整っている庭の上空に異物として浮遊する藍色の物体。
それに対してどう話しかけたものかと思案していたが、とにかく行動するしかないと気づくのにそう時間はかからなかった。
「ここで話しをしよう! 降りて来てはくれないか?」
大声でタストが叫ぶ。それを受けて藍色の物体はゆっくりと高度を下げ始め、やがて地面に近づくと、ロープのようなものが垂れ、やがて地面に張り付いた。そこから高度が一気に下がり、その物体はがっちりと地面に固定された。
タストもファティも、この中から誰かが出てくると思っていた。地球人の感覚としてはそれは正しい。彼女らはこれが乗り物だと認識していた。
だが、その物体が徐々に昆虫とのような足と、口や鼻がない獣のような顔が現れるにつれ、その巨大な物体が乗り物ではなく生物であるとようやく理解できた。
実はアグルたちもともとこの世界で産まれ育った面々はむしろ初めからこれが生き物だと考えていた。
この世界では乗り物といえばもっとも大きなものはせいぜい数人しか乗れない駕籠である。しかしこの星にはそれこそ怪獣のような生き物など珍しくもない。
しかしそれでも巨大な生き物が飛ぶという事実はやはり驚きだった。
やはりアベルの民は口のようなものを動かさず、頭の中に響く声で会話する。
『銀の聖女様。お初にお目にかかります。改めて名乗らせていただきますが、我々はアベルの民』
「初めまして……」
通常とはことなる会話方法に対する違和感、あまりにも巨大な生物による違和感。しかし同時に彼女は高揚していた。彼女の望みである魔物との対話。それが実現しているのだから。
「我々、ということはここに来ているのはあなただけじゃないんですか?」
『いいえ。私は我々なのです』
なぞかけのような返答に皆一様に首をひねる。言葉が足りないと感じたのかアベルの民は補足を付け加えた。
『我々は複数の肉体と意識が交わって我々となるのです』
この返答に心の中での解釈は多様だった。
教皇などのクワイの高位聖職者は神学的に一人の意識は神によって統一された意識の一部であるという地球人的には意味不明な論理で勝手に納得し、タストは単なるハッタリかブラフだと思い、ファティは訳が分からず、こっそり聞いている紫水はある可能性に行きついた。
「よくわかりませんけど……今ここにいて会話できるのはあなただけなんでしょうか?」
『そう思っていただいてかまいません』
「えっと……それで、アベルの民さんは、どうしてここにいらっしゃったんですか?」
核心をついた質問。これにどう答えるかでこれからの行動がかなり変わる。
タストはテレパシーでは嘘をつけないという知識を得ていたので、少なくとも相手は虚言を用いないと知っている。
しかし次のアベルの民の一言は予想外だった。
『あなた方を助けるために来ました』
シンプルで飾り気がなかったが、だからこそそこに解釈の余地は生まれなかった。
嘘でも間違いでもなく、アベルの民は助けの手を差し伸べに来たのだ。
ひとまず飛行物体が町中に着陸することはできないので、仮の王宮である教都の宮殿、その庭に案内することになった。
その間もアベルの民は恭しく銀の聖女に話しかけ続けていた。
たわいもない話から国政にかかわる話まで、多種多様に及んでいたが、タストにはそれがこちらを探るための誘導尋問に聞こえて仕方がなかった。
やや荒れた、しかしこれでもこの王都ではまだ文明人の住む家としての体裁が整っている庭の上空に異物として浮遊する藍色の物体。
それに対してどう話しかけたものかと思案していたが、とにかく行動するしかないと気づくのにそう時間はかからなかった。
「ここで話しをしよう! 降りて来てはくれないか?」
大声でタストが叫ぶ。それを受けて藍色の物体はゆっくりと高度を下げ始め、やがて地面に近づくと、ロープのようなものが垂れ、やがて地面に張り付いた。そこから高度が一気に下がり、その物体はがっちりと地面に固定された。
タストもファティも、この中から誰かが出てくると思っていた。地球人の感覚としてはそれは正しい。彼女らはこれが乗り物だと認識していた。
だが、その物体が徐々に昆虫とのような足と、口や鼻がない獣のような顔が現れるにつれ、その巨大な物体が乗り物ではなく生物であるとようやく理解できた。
実はアグルたちもともとこの世界で産まれ育った面々はむしろ初めからこれが生き物だと考えていた。
この世界では乗り物といえばもっとも大きなものはせいぜい数人しか乗れない駕籠である。しかしこの星にはそれこそ怪獣のような生き物など珍しくもない。
しかしそれでも巨大な生き物が飛ぶという事実はやはり驚きだった。
やはりアベルの民は口のようなものを動かさず、頭の中に響く声で会話する。
『銀の聖女様。お初にお目にかかります。改めて名乗らせていただきますが、我々はアベルの民』
「初めまして……」
通常とはことなる会話方法に対する違和感、あまりにも巨大な生物による違和感。しかし同時に彼女は高揚していた。彼女の望みである魔物との対話。それが実現しているのだから。
「我々、ということはここに来ているのはあなただけじゃないんですか?」
『いいえ。私は我々なのです』
なぞかけのような返答に皆一様に首をひねる。言葉が足りないと感じたのかアベルの民は補足を付け加えた。
『我々は複数の肉体と意識が交わって我々となるのです』
この返答に心の中での解釈は多様だった。
教皇などのクワイの高位聖職者は神学的に一人の意識は神によって統一された意識の一部であるという地球人的には意味不明な論理で勝手に納得し、タストは単なるハッタリかブラフだと思い、ファティは訳が分からず、こっそり聞いている紫水はある可能性に行きついた。
「よくわかりませんけど……今ここにいて会話できるのはあなただけなんでしょうか?」
『そう思っていただいてかまいません』
「えっと……それで、アベルの民さんは、どうしてここにいらっしゃったんですか?」
核心をついた質問。これにどう答えるかでこれからの行動がかなり変わる。
タストはテレパシーでは嘘をつけないという知識を得ていたので、少なくとも相手は虚言を用いないと知っている。
しかし次のアベルの民の一言は予想外だった。
『あなた方を助けるために来ました』
シンプルで飾り気がなかったが、だからこそそこに解釈の余地は生まれなかった。
嘘でも間違いでもなく、アベルの民は助けの手を差し伸べに来たのだ。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる