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秋葉夕雲

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第六章

458 西との遭遇

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 飛行船が着水してから数時間。全くと言っていいほど動きはなかった。一定以上近づくとレールガンが飛んでくるけど、それ以外は何もしない。
 こちらも長距離から攻撃できる武装が乏しかったのでひとまず様子見になった。
 ……。
 …………。
 いや、ほんとに何もしねえなこいつら。
 うーん、土地を占領するでもなく、何か補給をするでもなく、ただぷかぷか浮いているだけ。何がしたいのかまるでわからない。
 もう少しで大砲が準備できるからそれまでに……と思っていると、見計らったかのように敵に動きがあった。いや、敵の探知能力か何かでこっちの動きを察知されたのかもしれない。
 ……この様子じゃ攻撃されるよりも先に逃げられそうだ。せめて、何をしていたのかを明らかにしたい。

「瑞江。何か、思いついたことはないか? 何でもいいんだけど」
「そう言われましても……ただ、そうですね。何故今日なのかは少し気になります」
「今日? 何かあったっけ?」
「今日は大潮です。海岸に停泊するならむしろ不便だと思うのですが」
 大潮。つまり干満差が激しい日。この惑星では衛星が地球より小さいせいなのか、やや干満差が少ないとはいえ無視はできない。
 確かに海辺でたむろするには良い日ではない。だがもしも、あえてこの日を選んだのだとしたら?
 潮の満ち引きを利用した何か。
「まさか……潮力発電?」
「何ですのそれ?」
「まんまだよ。潮力を利用した発電。いや、発電かどうかまではわからないけど……魔法によってエネルギーを電気や水素に変換できるなら、それは発電になるな?」
 潮力発電とは地球でも研究が進んでいる発電の一つだけど、海辺でしか使えないのと、環境に対する負荷が大きいことからあまり普及していない発電方法の一つだ。
 だが、水を操る魔法と、エネルギーを吸収するタイプの魔法を組み合わせれば極めて高効率の発電方法になる可能性はある。
 いや、潮力だけじゃなくて波力、波の力も利用しているかもしれない。徹底的にエコだな。
 しかも海水を水素に変換すればエネルギーの補給と浮力の調整も兼ねることができる。
 あるいは、海水からマグネシウムを採取すれば弾丸の補給にさえなる。
「よくわかりませんが、海辺は奴らにとっていくらでも補給できる基地のようなものなのかしら」
「素晴らしく端的で的確な表現をありがとう」
 魔法を使った兵器の最大のメリットは現地調達が容易であることかもしれない。何しろ文字通りの生物兵器だ。工場で組み立てる兵器と違い、生物が生育できる環境なら作成できる。ましてや、敵は魔物と魔法がある世界ではぐくまれた文明。世界中が奴らの火薬庫だ。
 ただ、それにしても奴らの戦闘スタイルは海に適応しているようにも思える。……ふむ。
「それよりも敵が大潮を狙ってここに来たことの方が問題ではなくて?」
「かもな。だとするとこれは敵にとって計画的な行動だってことになる。もしかすると偏西風でも捕まえたのかな?」
 この惑星でも風の向きには一定の規則があり、この時期には偏西風らしき風が吹く。飛行船があるなら知らないわけはない。そうなると……。
「向こうからこちらには簡単に行けても戻るのは難しい、ということかしら?」
「だな。敵は相当な覚悟でここに来ているはずだ」
 綿密な計画。そして強い意思。
 ならば、確固とした目的があるはず。その目的は恐らく次の目的地によって明らかになるだろう。
 そして、飛行船の飛行経路から、目的地を割り出すのは容易かった。
 奴の目的地は教都チャンガン。現在クワイの政治、経済がかろうじて保たれている場所で、銀髪が居を構えている町でもある。
 断言してもいい。絶対に面倒なことになるぞ。





 教都チャンガンは途轍もない喧騒に包まれていた。
 上空に突如として藍色の物体が現れ、稲妻のような光が何度も瞬いたのだ。誰かは神の怒りだといい、またある者は悪魔の遣いに違いないと恐れおののいた。
実は教都チャンガンの上空には以前からエミシの諜報部隊であるカッコウが飛び回っており、それを撃ち落とすための攻撃を物体が行い、カッコウたちが蜘蛛の子を散らすように逃げたと気づいたものは誰もいなかった。
 そしてその騒ぎに国王である銀の聖女も黙ってはいられなかった。
 渋る侍女たちに王命だと言い放ち、走り出そうとしたが、駕籠にだけは乗ってくれと縋られたために、駕籠に乗って飛行物体へ向けて急いだ。

「アグルさん! タストさん! これは一体!?」
 居ても立っても居られなくなったファティは駕籠から飛び出し、飛行物体の真下に集まっていた騎士団を纏めている二人に問いかける。
「国王陛下。お下がりください。ここは我々が対処します」
「はい。お手を煩わせるようなことではございません」
 二人は慇懃にファティを遠ざけようとする。
 焦りや不安もあったが、それ以上にファティを危険にさらすわけにはいかないという判断だった。
 特にタストは心の中に疑問符を大量に浮かべていた。
(こんな話は聞いていない。けれど、彼以外でこんな飛行船を浮かべる技術を持った誰かがいるのか?)
 蟻の王から一通りの予定は連絡されているものの、ここまで大胆に姿を見せる報告はないし、その理由もないはずだった。
 すでに裏切っている後ろめたさもあり、まともにファティの顔が見れなくなっていた。それも遠ざけようとする一因ではあったのだがそれ以上にやはり、不気味な物体が気になっていた。
 だが、ファティが来てすぐに、まるでファティに反応するかのように飛行物体が鳴動し始めた。
 そして――――。

『我々の声が聞こえますか』
 透き通る海のような、たおやかな声が頭の中に響いた。

「え? これ、いったい……?」
 頭の中に響く声に誰もが困惑する。タストだけはすでにテレパシーの存在を知っていたので、それほど驚きはしなかったが、やはり何者で、なんの理由があってここに来たのかまるでわからない。
『我々はアベルの民。銀の聖女様にお目通りしたく存じます』

 なお、転生管理局において、自らが管理する世界をどのように呼称するかは支部長に一任される。
 しかし、通例であればその世界における最も発達した文明の言葉で世界、あるいはその惑星を指し示す単語が用いられる。



 転生管理局地球支部支部長に返り咲いた百舌鳥はゆっくりと紅茶を楽しんでいた。
 そこに秘書として扱っている燕が書類を運んできた。
「百舌鳥支部長。アベル支部の鵲様からこれ以上アベルへの干渉を控えるようにと要請が来ております」
「あんだとあの野郎。ったく、誰のおかげで支部長になれたと思ってんだ。そもそもこれ以上ってなんだあ? 以前の干渉はすべて翡翠のせいだって通達しただろ?」
「はい。ですが……」
「ああはいはい。じゃああの銀髪の能力封印スイッチをやるからさ。適当にそっちで処分してくれって伝えて」
 面倒くさそうに言い放ち、しっしっと燕を追い払う。
「承知いたしました」
 百舌鳥はすべての責任を翡翠に押し付け、無罪の身となって元の座に収まったことで以前にもまして放埓の日々を過ごしていた。
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