465 / 509
第六章
456 来訪者
しおりを挟む
幽鬼のようにさまようタストを見つけたのはウェングの部隊だった。
タストの顔を覚えていた彼女たちはタストを介抱し、ウェングのもとへと連れていった。尋常ならざるタストの様子にウェングは驚いたが、何があったかを聞き出したウェングはそれよりもはるかに激しい驚愕を受けた。
「俺たちがただのコピーで……蟻の王は別に人間……いや、この世界の人間には別に敵意を持ってなくて……何の冗談だよそれ……」
「冗談じゃないよ」
体中から血液が流れ出たような乾いた笑みを浮かべるタスト。
その様子を見て、少なくとも嘘はついていないと判断するしかなかった。
「それに……あんたほんとに裏切るつもりなのか?」
「裏切るんじゃない。クワイを守るために最善の行動をするだけだ」
卑屈な顔で、目を逸らしながら語るその言葉を真に受ける誰かがいるだろうか。
「結果的に裏切ってるだろ!」
「じゃあどうしろって言うんだ!」
二人は立ち上がり、にらみ合う。椅子は立ち上がった衝撃ですでに床に転がっている。
予想よりも激しいタストの剣幕にウェングは思わずひるむ。
「この国はもう限界だ! それなのに都合のいい夢をみるやつばっかり! 誰も現実を見ようとはしない! だから僕がやるしかない! ……でも、僕は……失敗した」
徐々に語勢は削がれ、消え入るような声になる。どう見ても情緒不安定だが、それを指摘しても何かが変わりはしないだろう。
「だから、責任を取って……ちゃんと、この国を守って……」
「その先に、何かあるのか?」
「ないよ。どうせ何もない。僕がどれだけこの国に貢献したところで誰も僕を評価しない。でもそれはきっと失敗しても成功しても同じことなんだ」
「それは……」
ウェングもその気持ちはわかる。
この先どう転んだところで称賛されるのはファティであってタストではない。クワイは、セイノス教はただ上位にいる存在だけを盲信する。だから、陰で力を尽くしても意味はないのだ。
「もう疲れたんだよ。疲れたんだ……努力することも、評価されないことも……うまくやれるはずだったんだ……こんどこそ……もっとちゃんと……」
椅子に座らず、床にへたり込む姿はもはや老人にしか見えない。
「僕は、楽になりたい。君は、まだこんな国に忠を尽くす価値があると思うかい?」
ある、と断言はできなかった。もういっそこんな国はなくなってしまえと思ったことはある。
人間でも何でもない奴らの為に戦わなければならない理由はあるのだろうか。いや、そもそも自分自身さえも人間ではないのだが。
反論する代わりに別の方向から言葉を探る。
「ファティちゃんには、なんて説明するんだ?」
「もうちょっとしたら……蟻の王には会ったと伝える。ただ、君が攻め込まなければクワイにも攻め込まないつもりのようだった。転生者であることは……上手く説明する」
「それは、騙すってことか?」
「そうだよ。それくらいしないと、上手く立ち回れない」
もはやどう説得しても意思を変えるつもりはないと悟ったウェングは黙るしかなかった。
タストとの会見から数日後。
早くもクワイには動きがあった。銀の聖女を連れずに魔物の討伐へ向かう一団が編成されたのだ。
指揮官はタスト。
「はっはっは。あんにゃろう、オレを思いっきりこき使うつもりだな」
タストとの連絡手段は単純だ。タストが教都チャンガンの近くにある蟻の拠点を訪れるだけだ。見つかるリスクもあるのだけど、タスト曰く。
『どうせ誰も僕のことを見張ってなんかいない』
ということだったので、遠慮なく適当な連絡方法にさせてもらった。
今回の作戦はこうだ。
タストが率いる部隊が蟻に勝利する。
それに勢いづいた他の誰かがタストに続けと出陣する。そいつらをぼこぼこにする。タストの評価が上がり、他は下がる。
ま、あいつには多少美味い汁を吸わせて太ってもらわないと困るからな。しばらくは言う通りにするか。
ご丁寧に進軍の予定表までもらったから、必要以上に戦わなくてもいい。適当に戦って適当に逃げれば目的は達成できる。
ちなみに次回出陣するクワイのお偉いさんもすでに決まっているらしい。あいつらどんだけ戦いたがってるんだよ。
これも敵の行動予定を知らせてもらえるらしいので、苦戦はしないだろう。
クワイはもう反抗する気力がなくなったといっていい。つまり、後の敵はクワイではなく、別の敵になる。
オレたちが到達した西端に当たるスーサン。かつてヒトモドキどもが神を崇めていたそこはもうオレたちの立派な城塞になっていた。
建設の指揮を行ったのは我らが建築士七海。クワイの動向が落ち着いてきたので今はスーサンに行ってもらっている。あいつも忙しいからな。いい加減休暇の一つや二つ渡すべきかもしれない。
城壁を高くし、大砲を設置し、敵を出迎える準備は万端。
そして、やはり、奴らはやってきた。深い海のような藍色の姿。西藍がじわじわとオレたちの領土に迫っていた。
タストの顔を覚えていた彼女たちはタストを介抱し、ウェングのもとへと連れていった。尋常ならざるタストの様子にウェングは驚いたが、何があったかを聞き出したウェングはそれよりもはるかに激しい驚愕を受けた。
「俺たちがただのコピーで……蟻の王は別に人間……いや、この世界の人間には別に敵意を持ってなくて……何の冗談だよそれ……」
「冗談じゃないよ」
体中から血液が流れ出たような乾いた笑みを浮かべるタスト。
その様子を見て、少なくとも嘘はついていないと判断するしかなかった。
「それに……あんたほんとに裏切るつもりなのか?」
「裏切るんじゃない。クワイを守るために最善の行動をするだけだ」
卑屈な顔で、目を逸らしながら語るその言葉を真に受ける誰かがいるだろうか。
「結果的に裏切ってるだろ!」
「じゃあどうしろって言うんだ!」
二人は立ち上がり、にらみ合う。椅子は立ち上がった衝撃ですでに床に転がっている。
予想よりも激しいタストの剣幕にウェングは思わずひるむ。
「この国はもう限界だ! それなのに都合のいい夢をみるやつばっかり! 誰も現実を見ようとはしない! だから僕がやるしかない! ……でも、僕は……失敗した」
徐々に語勢は削がれ、消え入るような声になる。どう見ても情緒不安定だが、それを指摘しても何かが変わりはしないだろう。
「だから、責任を取って……ちゃんと、この国を守って……」
「その先に、何かあるのか?」
「ないよ。どうせ何もない。僕がどれだけこの国に貢献したところで誰も僕を評価しない。でもそれはきっと失敗しても成功しても同じことなんだ」
「それは……」
ウェングもその気持ちはわかる。
この先どう転んだところで称賛されるのはファティであってタストではない。クワイは、セイノス教はただ上位にいる存在だけを盲信する。だから、陰で力を尽くしても意味はないのだ。
「もう疲れたんだよ。疲れたんだ……努力することも、評価されないことも……うまくやれるはずだったんだ……こんどこそ……もっとちゃんと……」
椅子に座らず、床にへたり込む姿はもはや老人にしか見えない。
「僕は、楽になりたい。君は、まだこんな国に忠を尽くす価値があると思うかい?」
ある、と断言はできなかった。もういっそこんな国はなくなってしまえと思ったことはある。
人間でも何でもない奴らの為に戦わなければならない理由はあるのだろうか。いや、そもそも自分自身さえも人間ではないのだが。
反論する代わりに別の方向から言葉を探る。
「ファティちゃんには、なんて説明するんだ?」
「もうちょっとしたら……蟻の王には会ったと伝える。ただ、君が攻め込まなければクワイにも攻め込まないつもりのようだった。転生者であることは……上手く説明する」
「それは、騙すってことか?」
「そうだよ。それくらいしないと、上手く立ち回れない」
もはやどう説得しても意思を変えるつもりはないと悟ったウェングは黙るしかなかった。
タストとの会見から数日後。
早くもクワイには動きがあった。銀の聖女を連れずに魔物の討伐へ向かう一団が編成されたのだ。
指揮官はタスト。
「はっはっは。あんにゃろう、オレを思いっきりこき使うつもりだな」
タストとの連絡手段は単純だ。タストが教都チャンガンの近くにある蟻の拠点を訪れるだけだ。見つかるリスクもあるのだけど、タスト曰く。
『どうせ誰も僕のことを見張ってなんかいない』
ということだったので、遠慮なく適当な連絡方法にさせてもらった。
今回の作戦はこうだ。
タストが率いる部隊が蟻に勝利する。
それに勢いづいた他の誰かがタストに続けと出陣する。そいつらをぼこぼこにする。タストの評価が上がり、他は下がる。
ま、あいつには多少美味い汁を吸わせて太ってもらわないと困るからな。しばらくは言う通りにするか。
ご丁寧に進軍の予定表までもらったから、必要以上に戦わなくてもいい。適当に戦って適当に逃げれば目的は達成できる。
ちなみに次回出陣するクワイのお偉いさんもすでに決まっているらしい。あいつらどんだけ戦いたがってるんだよ。
これも敵の行動予定を知らせてもらえるらしいので、苦戦はしないだろう。
クワイはもう反抗する気力がなくなったといっていい。つまり、後の敵はクワイではなく、別の敵になる。
オレたちが到達した西端に当たるスーサン。かつてヒトモドキどもが神を崇めていたそこはもうオレたちの立派な城塞になっていた。
建設の指揮を行ったのは我らが建築士七海。クワイの動向が落ち着いてきたので今はスーサンに行ってもらっている。あいつも忙しいからな。いい加減休暇の一つや二つ渡すべきかもしれない。
城壁を高くし、大砲を設置し、敵を出迎える準備は万端。
そして、やはり、奴らはやってきた。深い海のような藍色の姿。西藍がじわじわとオレたちの領土に迫っていた。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる