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第六章
452 人の嘆きの絶望
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オレの言葉にタストはまたしても焦り、怒り、反論する。
「ちょっと待ってくれ! 魂がないって……それじゃあ僕たちは一体何なんだ!?」
心を平坦にして、残酷な事実を口にする。
「オレたちはただのコピーだよ。かつて地球で死んだ人類、その記憶を引き継いだこの世界の生命体。オレたちの、転生者の正体は精神的な意味でのフランケンシュタインってところかな」
これが転生の真実。寧々が必死になってオレに届けてくれた情報の一つ。知らない方がよかったかもしれないけど、これからオレが勝利するためには、きっと必要になる情報。オレも受け入れるのに少し時間がかかったけど、タストは果たして受け入れられるのだろうか。
「コ、コピー? 僕らが?」
受け入れられそうもないか。じゃあ、一つ一つ予想される反論を潰していこう。まずはいつ転生が行われたか。
「あんたさあ、地球の記憶を思い出したのはいつだ?」
「それは、転生した年に、祈りを捧げている最中に……突然地球の記憶を思い出したんだ」
はっきりとした口調で断言する。それだけ印象深い出来事だったんだろうか。
「ふうん。あんたらの場合はそのタイミングなのか。オレは卵の中にいる時点で地球の記憶を意識してたけど……生物の違いかな」
「それがどうしたんだ! 前世の記憶を思い出しただけだろう!?」
むきになって反論しちゃって。そんなに怯えなくてもよかろうに。
「世界五分前仮説って知ってる?」
「は? 聞いたことくらいはあるけど」
ざっくり言えば世界が五分前に誕生したのだと仮定すればそれを否定することは不可能だという仮説。
突拍子もない話題の転換のように聞こえるかもしれないけど、ちゃんと繋がっている。
「世界が五分前にできたのではなく、自分の記憶が五分前に作られたのだと仮定した場合、それを否定することはできる?」
名前を付けるなら自分五分前仮説か。
「自分が? いや、それは……否定しようがないじゃないか」
「そう。否定できない。例えば今までの自分と全く同じ記憶を持った誰かが自分のふりをしていたとしたら、他人でさえも見分けがつけられない」
「つまり君は僕たちの記憶が、転生管理局に植え付けられたものだと言いたいのか!?」
「イエス」
何の映画だったか忘れたけど、エイリアンが地球を侵略するために記憶だけを飛ばして地球人を乗っ取るっていう話があった気がする。
普通に考えて、物質を丸ごと転移させるよりも情報だけを移動させた方が安上がりなのは明らかだろう。
「じゃ、じゃあ元の人格はどうなるんだ!? もともとあった僕たちは一体どうなったっていうんだ!?」
「んー……地球で死亡した人間の記憶を移植して、なおかつそれを受け入れられるように調整しているみたいだからな。ええと、こう考えたらどうだ? 地球の生命体がこの世界に転生したのではなく、この世界でごく普通に暮らしていた生物がある日突然地球の転生者に転生し――――」
「言葉遊びはしないでくれ!」
カタカタ震えながら、迷子のように目をさまよわせている。限界が近いな。
この転生は憑依とはまた違う。憑依の場合、もともとの生物と、転生者は別々の
存在でなければならない。融合がもっとも正しいだろうか。いや、地球の記憶を寄生させられたという表現が適切かな。
「証明を続けるぞ。あんたさ。この世界の生き物になじめないっておもったことはある?」
タストは無言だったけれど、その目は雄弁に真実を語っている。この国の奴らは頭がおかしいと。
「この世界の魔物、ああもちろんオレもあんたも含めて、この世界の魔物には感応能力がある。要するにテレパシーだな」
「僕らにも?」
「あるよ。無意識的に使ってるけどね。で、このテレパシーには同種の魔物に対してもっとも感応が強くなる。空気読み、同族意識、同族庇護、仲間意識、共感性。どういう言い方をしてもいいけど、とにかく同種の生物を守ろうとする意識が地球の生物よりも強い」
例外は蟻などだ。感応能力が強すぎるせいで、同種の中でさえ敵味方を区分してしまう。
「それはつまり、みんながやろうとしていることに自分も混ぜてほしくなるってこと。ただ、これは諸刃の剣だ。全体が誤った方向に向かおうとすると歯止めがきかなくなる」
「……」
タストが思い返しているのは去年全てをかなぐり捨ててオレたちを殺そうとした自国民の姿だろう。全体主義は一歩間違えればあっさり独裁に傾く。そして、その独裁を誰もが望む。
「ただし転生者の場合、自分の人格や性格を保護する機能があるみたいでね。これらの共感性がうまくはたらかない。要は空気が読めないってことだよ。心当たりはあるかな?」
「……あるよ。いくらでもね。僕たちは、この世界の……住人になれなかった」
以前、蟻が痛みを共有していることを知ったとき、オレだけは慣れれば痛みを感じなかったことが不思議だった。これも同じような働きだ。まあ限定的な精神デバフ無効ってことだ。
つまり地球の生命体とこの世界の魔物には致命的な違いがある。根本的に競争を是とする地球生命体と、協調と同調を強いるこの世界の魔物はそれこそ数万光年にわたる生物としての差がある。
転生者であるということは、永遠にその差を縮められない生命体に変貌することと同義だ。だから転生者はこの惑星の文明に本当の意味でなじむことはできないし、地球とは国家や文明の方向性が異なるのも当然だ。逆に転生者からもたらされた知識などによって作られた国家は地球の要素を取り入れてしまっているため、エミシもクワイも明らかにいびつだ。
魔物でなければクワイのような国家が千年も続かなかったどころか、そもそも作られさえしなかったかもしれない。
サリのように平然と他人を裏切れる存在の方が異端なのだ。恐ろしいことにあいつ転生者じゃねーからな。数百万、あるいはもっと低い確率で発生するバグ。それを引き寄せるオレと銀髪の運は良くも悪くも規格外だ。
もちろん、サリや美月についてタストに伝えるつもりはないので隠さないとね。
「ちょっと待ってくれ! 魂がないって……それじゃあ僕たちは一体何なんだ!?」
心を平坦にして、残酷な事実を口にする。
「オレたちはただのコピーだよ。かつて地球で死んだ人類、その記憶を引き継いだこの世界の生命体。オレたちの、転生者の正体は精神的な意味でのフランケンシュタインってところかな」
これが転生の真実。寧々が必死になってオレに届けてくれた情報の一つ。知らない方がよかったかもしれないけど、これからオレが勝利するためには、きっと必要になる情報。オレも受け入れるのに少し時間がかかったけど、タストは果たして受け入れられるのだろうか。
「コ、コピー? 僕らが?」
受け入れられそうもないか。じゃあ、一つ一つ予想される反論を潰していこう。まずはいつ転生が行われたか。
「あんたさあ、地球の記憶を思い出したのはいつだ?」
「それは、転生した年に、祈りを捧げている最中に……突然地球の記憶を思い出したんだ」
はっきりとした口調で断言する。それだけ印象深い出来事だったんだろうか。
「ふうん。あんたらの場合はそのタイミングなのか。オレは卵の中にいる時点で地球の記憶を意識してたけど……生物の違いかな」
「それがどうしたんだ! 前世の記憶を思い出しただけだろう!?」
むきになって反論しちゃって。そんなに怯えなくてもよかろうに。
「世界五分前仮説って知ってる?」
「は? 聞いたことくらいはあるけど」
ざっくり言えば世界が五分前に誕生したのだと仮定すればそれを否定することは不可能だという仮説。
突拍子もない話題の転換のように聞こえるかもしれないけど、ちゃんと繋がっている。
「世界が五分前にできたのではなく、自分の記憶が五分前に作られたのだと仮定した場合、それを否定することはできる?」
名前を付けるなら自分五分前仮説か。
「自分が? いや、それは……否定しようがないじゃないか」
「そう。否定できない。例えば今までの自分と全く同じ記憶を持った誰かが自分のふりをしていたとしたら、他人でさえも見分けがつけられない」
「つまり君は僕たちの記憶が、転生管理局に植え付けられたものだと言いたいのか!?」
「イエス」
何の映画だったか忘れたけど、エイリアンが地球を侵略するために記憶だけを飛ばして地球人を乗っ取るっていう話があった気がする。
普通に考えて、物質を丸ごと転移させるよりも情報だけを移動させた方が安上がりなのは明らかだろう。
「じゃ、じゃあ元の人格はどうなるんだ!? もともとあった僕たちは一体どうなったっていうんだ!?」
「んー……地球で死亡した人間の記憶を移植して、なおかつそれを受け入れられるように調整しているみたいだからな。ええと、こう考えたらどうだ? 地球の生命体がこの世界に転生したのではなく、この世界でごく普通に暮らしていた生物がある日突然地球の転生者に転生し――――」
「言葉遊びはしないでくれ!」
カタカタ震えながら、迷子のように目をさまよわせている。限界が近いな。
この転生は憑依とはまた違う。憑依の場合、もともとの生物と、転生者は別々の
存在でなければならない。融合がもっとも正しいだろうか。いや、地球の記憶を寄生させられたという表現が適切かな。
「証明を続けるぞ。あんたさ。この世界の生き物になじめないっておもったことはある?」
タストは無言だったけれど、その目は雄弁に真実を語っている。この国の奴らは頭がおかしいと。
「この世界の魔物、ああもちろんオレもあんたも含めて、この世界の魔物には感応能力がある。要するにテレパシーだな」
「僕らにも?」
「あるよ。無意識的に使ってるけどね。で、このテレパシーには同種の魔物に対してもっとも感応が強くなる。空気読み、同族意識、同族庇護、仲間意識、共感性。どういう言い方をしてもいいけど、とにかく同種の生物を守ろうとする意識が地球の生物よりも強い」
例外は蟻などだ。感応能力が強すぎるせいで、同種の中でさえ敵味方を区分してしまう。
「それはつまり、みんながやろうとしていることに自分も混ぜてほしくなるってこと。ただ、これは諸刃の剣だ。全体が誤った方向に向かおうとすると歯止めがきかなくなる」
「……」
タストが思い返しているのは去年全てをかなぐり捨ててオレたちを殺そうとした自国民の姿だろう。全体主義は一歩間違えればあっさり独裁に傾く。そして、その独裁を誰もが望む。
「ただし転生者の場合、自分の人格や性格を保護する機能があるみたいでね。これらの共感性がうまくはたらかない。要は空気が読めないってことだよ。心当たりはあるかな?」
「……あるよ。いくらでもね。僕たちは、この世界の……住人になれなかった」
以前、蟻が痛みを共有していることを知ったとき、オレだけは慣れれば痛みを感じなかったことが不思議だった。これも同じような働きだ。まあ限定的な精神デバフ無効ってことだ。
つまり地球の生命体とこの世界の魔物には致命的な違いがある。根本的に競争を是とする地球生命体と、協調と同調を強いるこの世界の魔物はそれこそ数万光年にわたる生物としての差がある。
転生者であるということは、永遠にその差を縮められない生命体に変貌することと同義だ。だから転生者はこの惑星の文明に本当の意味でなじむことはできないし、地球とは国家や文明の方向性が異なるのも当然だ。逆に転生者からもたらされた知識などによって作られた国家は地球の要素を取り入れてしまっているため、エミシもクワイも明らかにいびつだ。
魔物でなければクワイのような国家が千年も続かなかったどころか、そもそも作られさえしなかったかもしれない。
サリのように平然と他人を裏切れる存在の方が異端なのだ。恐ろしいことにあいつ転生者じゃねーからな。数百万、あるいはもっと低い確率で発生するバグ。それを引き寄せるオレと銀髪の運は良くも悪くも規格外だ。
もちろん、サリや美月についてタストに伝えるつもりはないので隠さないとね。
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