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秋葉夕雲

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第六章

444 王の新生

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 面会を求めていた遊牧民の族長とサリが少しばかり会話が進むと族長はさめざめと泣き始めた。
「そんな……聖女様が……いえ、聖女様たちがそんな目にあっていたなんて……」
 聖女が二人いるうんたらかんたら、教皇に脅されてるどーたらこーたら……そんなたわごとにサイシーと名乗った遊牧民の族長はあっさり騙されていた。
 サイシーはあどけなさが残る二、三歳の少女で一昨年亡くなった族長の娘らしい。族長の重責はなかなか厳しかったらしく、サリが少しばかり同情してやるとあっさりとなびいてくれた。
「私たちの道のりは厳しく、困難は今も目の前に立ちはだかっています。ですが、心配はしていません。あなたのような敬虔な信徒さえ入れば、必ずや救いは訪れるでしょう」
 サリの浅薄な言葉にまたしても涙をあふれさせる。これで族長なのだから今まで詐欺なんかに引っかからなかったのが不思議なくらいだ。
「聖女様……あの、ひとつお尋ねしますが……私の兄、ウェングをご存じですか?」
 ……誰だそれ? 知らんな。
 しかし、意外にもサリは知っていたらしい。
「ええ。もともと王族だった方です。ですがあの方は……」
 気まずそうに言い淀むサリ。こいつ、また何かやる気だな。
「聖女様? 兄がいかがいたしましたか?」
「いえ、私の口からはとても……」
「聖女様。正直におっしゃってください。どんなことを言われても聖女様を裏切ったり致しません」
 かすかに、ほんのかすかにサリがヴェールの奥で口元を吊り上げた気がした。
「ウェング様は……王族の身でありながら教皇の陣営に組していたのです」
「そ、そんな……王族なのに……いえ、そう言えばお兄様は御子様とも親しくしていたような……」
 サイシーは今にも崩れ落ちそうなほどよろめいている。完全にサリのペースだ。詐欺師が板についてきたな。
「ウェング様にも何か事情があったのでしょう。恨んではいけません」
「いいえ! いくらお兄様といえども、聖女様を苦しめるなんて許せません! この罪は必ず私が償います」
 遅まきながらサリの作戦が理解できた。
 身内の恥を雪ぐ、という心理を利用してサイシーにありもしない罪悪感を植え付けたのだ。
 家族だから、許せること、許せないことがあるのだろう。家という枠組みの結びつきが強いクワイの性質をうまく利用している。
 サリの奴、マジで詐欺師としての才能を開花させつつあるのでは?
 これならサイシー、ひいては遊牧民はそう簡単に裏切らないだろう。
 口先だけでここまで上手くいくとはな。ヒトモドキの連中、千年以上自国のみが存在するという前提で国家を運営していたために、詭計をもって国を傾かせる敵とは異常なほど相性が悪かったようだ。
 そして遊牧民を味方に引き込んだということは、樹海の東側のクワイ領をほぼ制圧したに等しい。事実上敵の領土は教都チャンガン、王都ハンシェン付近に絞られている。



「コッコー。少しよろしいですか?」
「和香? どうかしたのか?」
「コッコー。報告が二つ。即断が可能な方から報告を。久斗から、サリにさせたいことがあるようです。死んだ家畜を清めてほしいとか」
「ああ、馬と鹿は聖職者が祈りを捧げなきゃいけないとかいうあれか」
「コッコー」
「わかった。サリは適当に引きあげさせる。和香。その馬と鹿は祈りを捧げる決まりというか、習慣のようなものはどういう由来があるのか知っているか?」
「コッコー。馬と鹿を食していたものの気が狂う事件が頻発し、そこで当時の教皇に初代の国王が夢枕に立ち、許可なく馬と鹿を食すことを禁止したそうです。それ以来、愚か者のことを馬鹿と呼ぶようになったとか。何か気がかりが?」
 流石は情報担当。なかなか博識だ。
「……いや、何でもないよ」
 馬鹿、つまりは愚か者、アホ。そういう意味であるのは変わりない。ただ、その由来は地球とは違うらしい。
「それで、二つ目は?」
「コッコー。教都チャンガンで新王の即位が発表されました」
「ほう。そりゃどこのどいつだ?」
 こんなタイタニック以下の泥船の頭領を務める馬鹿は、まあ、一人しかいない。消去法的にあいつだけだ。
「コッコー。銀髪です」





 その日、教都チャンガンは喜びに包まれていた。久々の明るい知らせなのだ。行きかう人々には笑顔に満ち溢れ、救いはこれから訪れるのだと信じていた。
 粛々と厳かな式典は進む。
 今まで誰も見たことがなかった王の即位式は進む。
 そう。誰も見たことがなかった。そもそも王の即位は教皇が布告するだけで、一般の教徒らは王族を見たことさえないのだから当然なのだが、当の王族は即位式などしない。
 ただ、淡々と王が死ねばもっとも継承権が高いものが王位を引き継ぐ。それを千年繰り返してきただけだ。
 つまりこの即位式自体が単なる宣伝以外の何物でもない、滑稽な代物だ。
 蟻との戦いにおいて、国王は行方不明になった。それゆえ新王が即位しなければならなかったが、生き残った王族でさえ、それを辞退し、銀の聖女を推薦した。
 それ以外の選択肢はなかったのだろう。
 即位式は終了し、誰もが顔を輝かせる。しかし気付いているのだろうか。それとも見ないふりをしているのだろうか。
 以前はごみ一つ落ちていなかった教都チャンガンの街並みが徐々に薄汚れ、腐臭が漂っていることに。
 精神的な陰鬱さとは別に、物理的な不衛生が教都を覆っていることに。
 それをごまかすように、新国王、銀の聖女の出征が決まった。
 魔物の討伐に行くのだ。今最もクワイを脅かしている魔物――――去年激闘を繰り広げた蟻ではなく、この世で最も醜悪で、神を永遠に恨み続けている魔物を討ちに行く。
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