こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
450 / 509
第六章

441 ここでないどこかへ

しおりを挟む
 翡翠だったものが光の粒となって消える。
 それを見送るのは小さな蟻と老人の影。だが不思議なことに、小さな蟻はみるみるうちに巨大になり、老人を軽く見下す巨体になった。

「どうやら権限の委譲はうまくいったようですね。寧――――おっと、もう君の名前は呼べませんね。今の気分はいかがです?」
「……元の体に戻ったのはどういうわけです?」
「簡単ですよ。我々管理局員は自分が本物だと認識している姿になるのです。服装くらいなら問題にはなりませんが、根本的に姿を偽ることはできないのです。それよりも私の部下として働――――」
「断ります」
 寧々はきっぱりと断る。躊躇いのかけらさえない返答に百舌鳥はわずかに頬を引きつらせる。
「そうは言ってもだね。君も翡翠を誅することによって彼の権限を獲得し、管理局の一員となったんだ。私の部下にならなければならないのだよ」
「お断りします。あなたの仕事ぶりはもうわかりました」
「わかっただろう? 私の有の――」
「いえ無能でしょう、あなたは」
 ぴしゃりと言い切った寧々はすまし顔だった。
「私がここまで来られたのは偉大なる先達である小春と、私の後に続いた忠実な将軍翼のおかげです。あなたがやったことは私に名前のルールを伝えたことだけです。それとも私が部下にならなければ何かまずいことでもあるのですか?」
 百舌鳥は表情を石のように固めており、何かを隠していることは容易に察せられる。
 だが百舌鳥は厚化粧のように言葉を上塗りする。
「君の協力には感謝している。管理局員同士はお互いの本名を呼べない。私では翡翠を排除できなかった。私の助言に従い、監理局の運営を正常に戻した君の功績は大きい。だから私の部下に――――」
「くどい。私の上に立っていいのは紫水だけです。どうしてもというのならあなたが私の下につきなさい」
 イライラが限界を超えたのか、百舌鳥は遂に演技をかなぐり捨てた。
「ふん! あの蟻の何がいい? 何一つ気付かずに私の庭を蠢くだけの害ちゅ――――」
「いいえ。あの方は少なくともあの世界、アベルが作られた世界である可能性に気付いていましたよ」
「何……?」
 くるくると表情を変え、そのたび無表情になる百舌鳥。本人は感情を押し隠そうとしているのが簡単にわかっていっそ滑稽だった。
「鉱石などの資源が大きく異なり、魔物と呼ぶべき存在がいるのにもかかわらず、生態系や環境などは地球と致命的な差がなく、さらに生物の姿かたちも似ている。こんなことはおかしい。さらに化石資源などが全く見つからないことから、生物が異常な速度で進化した、あるいはどこかから連れてこられた。そう考えることは可能です」
 百舌鳥は遂に押し黙り、ぴくぴくとこめかみを振るわせ始めた。
「もしかしたら環境などを改竄するテラフォーミング技術のようなものを使っているのかもしれませんね。まさしく神の御業でしょう。ま、地球をまねたのではなく、さらに真のオリジナルが存在するのかもしれませんが、それは今の私たちには関係のないことです。私たちが気にするべきなのは、なぜそれほどの力をもつあなた方がたかが蟻一匹殺せないのか。それだけはどうしても紫水でさえ謎を解けませんでした」
 百舌鳥の顔は赤く、噴火寸前の火山を思わせる。それを見て寧々は自分の推測の確信を深めていく。
「ですがわからなかったのも無理はありません。神。あれをそう呼ぶべきかはわかりませんが、あれと繋がり、端末になった今の私なら記録を閲覧できます。ええ、まさに驚天動地でした」
 わざと言葉を切り、反応をうかがってから真実を突き付けた。

「まさか自分よりはるかに優秀な前任者をあなたが消滅させたせいで、技術や知識さえも失われてしまったとはね!」

 寧々の嘲笑と揶揄を受けた百舌鳥の反応は恒星の爆発よりも強烈だった。
 翡翠でさえも見たことがないほど顔を膨らませ、今にも寧々にとびかかりそうな激しい怒りを漲らせていた。
 そんな百舌鳥を意に介さず寧々は言葉を続ける。
「困りきったあなたはよその支部に頭を下げて何とか地球と前任者が事実上管理していた世界を運営できるようになった。その過程で使えるリソースが少なくなり、発言権が低下してしまったのは無様としか言えませんがね!」
 ぶるぶると怒りに震え、黙っていた百舌鳥はやがて完全に動きを止め、不気味なほど冷静な声で寧々に尋ねる。
「言いたいことはそれで終わりか?」
「ええ。概ね言い終わりました」
「そうか。なら貴様は――――死ね!」
 百舌鳥の宣言と共に、寧々の体が先ほど消滅した翡翠と同じような光に包まれた。

「く。くくく! はははは! 知らなかったか!? 我々が消滅する条件は二つ! 転生前の転生者に名前を呼ばれること! そして、直前に転生していた世界で完全に存在を忘れられること! お前はもう地球では誰も覚えていない! だから消える!」
「よく言いますよ。初めからそうするつもりだったくせに」
「んん? まあ否定はせんがね。最初から君は殺すつもりだった。そして君の仲間は君が死ねばすぐに死ぬように仕組んであった。どうかな? これで私が完璧な存在だとわかっただろう」
「愚かですね」
「ああん?」
 あくまでも余裕を失わない寧々に苛立ちを隠せない百舌鳥。
「あなたは自分が大人物だと思っているようですがそれは間違いです。本物の偉大なる人は、自らの失敗を受け入れ、それを糧にできます。あなたは自らの失敗を受け入れられない。失敗を恥で上塗りし続けるだけです。いつか、あなたには紫水の牙が届くでしょう」
 一瞬ぽかんとした百舌鳥は怒りの化身そのものと呼ぶべき顔つきで寧々を殴る。巨体であるはずの女王蟻の体は中身のない人形のように軽々と宙を舞い、床を転がる。
「は! 負け惜しみを! お前のやったことは全部無駄だよ!」
「いいえ。私はすでに任を果たしました」
 光となって消えさりながらも、寧々は冷静に、淡々と恐怖など感じさせずに百舌鳥に遺言を残した。
 その爪痕に不吉さと恐怖を感じ取り、寧々が行った記録を必死で閲覧する。そして何をしたのかはすぐにわかった。
「転生者が……ろ、六百!? あの短時間で!? いつの間に処理した!? いやそもそもなぜこんなタイミングよく……まさか、私が殺すよりも先に、転生者同士で殺し合わせて味方を転生させたのか!?」
 まさしく死を恐れぬ計画的犯行に戦慄する。
「しかも自分の記憶の一部を転写して……いや、俺の名前に関する情報はほとんどない。は! 驚かせやがって! あんな奴らが俺の本名をわかるはずはない。結局てめえらの人生は無駄だったってことだ!」
 高笑いする百舌鳥は自らの勝利を疑っていなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

春乞いの国

綿入しずる
ファンタジー
その国では季節は巡るものではなく、掴み取るものである。 ユフト・エスカーヤ――北の央国で今年も冬の百二十一日が過ぎ、春告げの儀式が始まった。 一人の神官と四人の男たち、三頭の大熊。王子の命を受けた春告げの使者は神に贈られた〝春〟を探すべく、聖山ボフバロータへと赴く。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

ヒトナードラゴンじゃありません!~人間が好きって言ったら変竜扱いされたのでドラゴン辞めて人間のフリして生きていこうと思います~

Mikura
ファンタジー
冒険者「スイラ」の正体は竜(ドラゴン)である。 彼女は前世で人間の記憶を持つ、転生者だ。前世の人間の価値観を持っているために同族の竜と価値観が合わず、ヒトの世界へやってきた。 「ヒトとならきっと仲良くなれるはず!」 そう思っていたスイラだがヒトの世界での竜の評判は最悪。コンビを組むことになったエルフの青年リュカも竜を心底嫌っている様子だ。 「どうしよう……絶対に正体が知られないようにしなきゃ」 正体を隠しきると決意するも、竜である彼女の力は規格外過ぎて、ヒトの域を軽く超えていた。バレないよねと内心ヒヤヒヤの竜は、有名な冒険者となっていく。 いつか本当の姿のまま、受け入れてくれる誰かを、居場所を探して。竜呼んで「ヒトナードラゴン」の彼女は今日も人間の冒険者として働くのであった。

モブな私の学園生活

結々花
ファンタジー
白山 椿(現在ミルフィー)は、異世界のモブに転生した。 ミルフィーは、学園に就職し生徒がおこす出来事を目撃。なんとなく助けたり、助けなかったりする物語。 ミルフィー「あれっ?これ乙女ゲームのイベントに似てないか?」  同僚「何やってんですか、あんた」

処理中です...