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秋葉夕雲

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第五章

430 責任逃避

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 何とか崩れそうな巨人に乗っていた船から人員を降ろし、ひとまず幹部たちと会話し、これからの方針を固めてから、民に説明を行う次第となった。
 急遽作られた壇上で教皇がたかだかと演説を続けている。それを暗澹たる面持ちでタストは眺めていた。

「聖女様のお力によって顕現した銀の巨人はひとたび眠りについた! しかし必ずや復活し、邪悪な蟻を――――」
 今までに何度も聞いた銀の聖女を讃える言葉。それを聞くに堪えなくなったタストは一人ふらりと姿を隠した。
 母は……教皇はこれが一大事だと理解しているはずだ。しかしそれでもまだ敗北するかもしれないとさえ思っていない。
 当然のように銀の聖女が勝利すると信じている。そのために自分の身を犠牲にすることを厭うつもりもないのだろう。
 僕は……信じたい。しかし、巨人が倒れるのと同時に、盤石だと確信していた自信も折れてしまいそうなほど、ぐらぐらと揺らいでしまった。

 誰にも見られない場所で、喉を、頭を、腕を、血が滲むほどにかきむしる。
「今日で終わるはずだったんだ。まだ、続く。明日も明後日も……いったいいつまでこんな苦しみを味わないといけないんだ? どうすればいい? だれか……誰か……教えてください……」
 このまま戦っていいのだろうか。取り返しのつかないことにはならないだろうか。もしも失敗してしまえば、誰が責任を取ればいい?

 もうタストも薄々気付いているが、彼が最も恐れているのは敗北や喪失への恐怖ではなく、自らに向けられる重圧への恐怖だ。正確には、聖女へ向けられている期待があたかも自分に向けられていると錯覚してしまっている。
 あるいは、もしも作戦が失敗すれば責任を自分に押し付けられるのではないかという強迫観念にとらわれてしまっていた。
 誰もタストに責任を押し付けることはないということは明らかなのだ。何故なら、そもそもタストに期待している味方はほとんどいないのだから。
 だが彼はそれを認められない。しかし同時に自分が責任を負うことなどできない。
 実に小人(しょうじん)らしい恐怖だが、すべての責任は自分が持つなどと言える人物はそういないのだ。
「やっぱり僕なんかじゃ……でも、僕がやらなきゃ……」
 息を吐くのも吸うのも重苦しいくせに、とにかく続けなければ死んでしまいそうなほど顔色が悪い。
 タストはしばらくの間、その場にうずくまってぶつぶつと独り言を続けていた。
 ……そんなタストを見下ろす人影があったことに彼は気付かなかった。





 カッコウから教皇の演説の概要を聞いて出した結論。
「ひとまず連中はこのまま普通に進軍するみたいだな」
 連中らしいといえばその通りだ。とにかく前進あるのみ。読みやすいのはありがたい。銀髪もこの状況で新しく策を練るほど頭は回らないだろう。……回らないよな?
 ともかくこっちも対処しよう。
「千尋。お前は蜘蛛の兵力は半分ほどゲリラ戦に移行させてくれ。無理に戦わず、できるだけ移動速度を遅くさせるために」
「構わぬが……今更止まるかのう?」
「多分無理だろうな。この期に及んで犠牲を惜しむとは思えない。でもやるべきだ」
 仮に一人の蜘蛛が一日十匹のヒトモドキを殺したところで犠牲者はたった十万人にもならない。それだけの犠牲で足を緩めないだろう。
 それでもほんの一歩でも敵の足を止められるならやらない手はない。
「了解した。もう半数の味方はどう使うつもりじゃ?」
「そっちは奇跡の再会の手助けをしてもらおうかと思ってな。自然に誘導するなら蜘蛛の協力があった方がいいと思ってな」
「そうか。遂に美月と久斗を使うのだな?」
「ああ。あの双子とこっちに引き込んだセイノス教徒の連中を敵に潜入させる」
「具体的にどうするつもりじゃ?」
「まず取り込んだ連中とは別の、今まで西でお前たちと戦っていた連中を使う。そいつらの部隊をいくつか上手く誘導して銀髪の軍団と合流させる。疑っていないようなら取り込んだ連中を銀髪の軍団に合流させる」
 とにかく疑われたら終わりだ。どうもクワイの上層部に疑り深い奴がいるみたいだからな。毒を飲ませるなら何かに混ぜておかないと気づかれそうだ。
「ふむ。しかし……いったいどうやって国王や教皇に反抗させるつもりじゃ? あ奴らにとって聖職者は神にも等しいのだろう?」
「そこはまあ、サリの手腕と演技力次第だな」
 やっぱり千尋はとても嫌そうな顔をした。
 ホント、嫌われてんなあサリ。裏切り者の保身者の扇動者だから好きになれってほうが難しいかもしれないけど……ただ、あいつの役割はとにかく重要だ。
 セイノス教徒にとって高位聖職者に刃向かうことは、林檎が天に向かって落ちるほどありえない奇跡のはず。その背信をどうやって起こすのか。この作戦の重要な第一歩はそこにかかっている。
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