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第五章
421 天の柱
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船団の内の一隻。他の船と大した違いのない粗末な作りをした船にファティは佇んでいた。
国王は当初、ファティにだけは豪華な船を献上しようとしたのだが、タストはあくまでもファティを目立たせたくなかったので、ファティにやんわりと謝辞を促し、国王はそれを受け入れた。
ファティは前世においても今世においても船旅を経験していなかったが、この船旅が過酷であることは想像できた。
驚くほど揺れる船やひっきりなしに襲ってくる魔物。
しかしそれでも旅路の助けになれたことは彼女のここを少しだけ照らしていた。
これからもできる限り誰かの助けになる。これはそのための行為だと信じて心を研ぎ澄ます。
「じゃあ、出します」
同乗している船員に声をかけて右手を海に向けて差し出す。
彼女の右手から現れたのは黒い靄。火災の煙のように凄まじい勢いで広がり、天空に届くほどの巨大な銀色に輝く瞳を持つ黒い巨人が現れた。
歓声が聞こえる。
しかしそれがどこか遠い世界の出来事のように感じられた。この力を使うと自分が別の誰かに体を操られているような感覚に襲われる。
これが代償なのだろうか。そうだとしても躊躇うわけにはいかない。この戦いにはみんなの命がかかっている。だから、逃げない。そう決めた。
「コッコー。黒い巨人を確認しました」
「王。我々からも見えます」
大半の兵士を遮蔽物のない海岸から撤退させ、森林で様子を窺わせる。そんな状態でも船員の姿が見えるほど船団が近づいたその時、黒い巨人の出現を空と和香が確認した。
警戒を数段引き上げる。もしや銀髪がオレたちに気付いて防御態勢を取ったのだろうか。そうだとすると空爆さえ難しくなる。
しかし巨人は潜水でもするように海に沈んでいく。
……?
何がしたいのかさっぱりわからない。巨体がゆっくりと波風を立てないように沈んでいくのを見守る。
完全に海に沈み、その姿が全く見えなくなると、今度は海が盛り上がり始めた。またプレデターXか? いや、違う。いくらあいつらでもこんなに海水を動かすなんてできない。
盛り上がる水の縁に黒い何かがある。いや、これは……水が満たされた器がせりあがっているのか……?
しかしその器が上昇するにつれて、銀色に輝く瞳がついていると気づいた。つまり、あの器は巨人の体の一部が変形したものらしい。
「銀髪の奴、何考えてるんだ……?」
海水を持ち上げて何を……?
「コッコー。紫水。あの巨人は海水と一緒に船団を持ち上げています」
「……は? なんじゃそりゃ? いや、いくら何でもそんなにでかくは……いや待て、あの巨人、以前よりでかくなってないか?」
海上なので比較対象がなかったからなかなかわからなかったけど、あの巨人は以前より明らかに巨大になっている。それこそ山一つを抱え込んでしまいそうなほどに。
ついに立ち上がった巨人はおくるみを着せた赤子をおぶっているように見えた。背負っているのは赤ん坊どころか、ヒトモドキの船団だ。
そうしてようやく血の気が引いてきた。
銀髪が何をしたいのか、ようやく見えてしまった。
巨人が足を一歩踏み出す。それだけで大波と軽い揺れが大地を襲う。
まさに巨人。ある神話では天空を支える巨人がいるという。だが、海を持ち上げる巨人は想像の中にすらいたのだろうか。
また一歩踏み出す。巨人は陸に迫り、同時に船団もそのまま陸に上がろうとしている。
つまり、銀髪は船ごと、海水ごと、軍隊を巨人に運ばせるつもりだ。
「ふっざけんなあああ! 軍略も補給線も丸々無視かよ! 常識も何もあったもんじゃねえなおい!」
めちゃくちゃだ。船でここまで来たことも、それを巨人に運ばせることも、思考が色々とぶっちぎっている。
多分、クワイの上の方にそうとう頭のねじが飛んでいるやつがいる。
というかあの巨人、どのくらい出したままでいられるんだ? 眠ったら消える……わけないか。それならエミシまで銀髪が不眠不休でいなければならなくなる。流石にそれは無理だろう。
正確な計算はまだだけど、少なくみても五日以上はかかる。軍隊の進軍速度としては異常に速いけど、その間不眠不休でいるのはいくら何でも無理だ。銀髪の謎再生力ならもしかしたらいけるのかもしれないけど……もしも銀髪の巨人が自由に出し入れできるなら、教都や王都の住人をはじめから運べばよかったはず。
そうなると時間制限はあるとみるべきだ。あの巨人の攻略方法は糸口さえ見えない。しかし、ただ時間を稼ぐだけならどうにかなるか? いや、しなければならない。
あの巨人が暴れるだけで首都はがれきの山になる。ぶっちゃけ国を亡ぼすだけなら銀髪だけでもどうにかなる。
オレを逃げさせないため、あるいは土地を占拠するためには数がいるってことなんだろうけどさ。
やっぱり軍団を引き連れることが重要なんだろう。あの巨人は足であると同時に盾だ。巨人は絶対に壊せないうえ、あの高さに攻撃できる兵器はそう多くない。
放っておけば巨人と数十万の兵士がエミシに雪崩れ込む。
それまでに。
「巨人の攻略方法を見つける」
いつもと変わらない。魔物と魔法の性質を推測し、弱点を突く。
ただ失敗すれば国が亡びるだけだ。
……責任重大じゃんか。
国王は当初、ファティにだけは豪華な船を献上しようとしたのだが、タストはあくまでもファティを目立たせたくなかったので、ファティにやんわりと謝辞を促し、国王はそれを受け入れた。
ファティは前世においても今世においても船旅を経験していなかったが、この船旅が過酷であることは想像できた。
驚くほど揺れる船やひっきりなしに襲ってくる魔物。
しかしそれでも旅路の助けになれたことは彼女のここを少しだけ照らしていた。
これからもできる限り誰かの助けになる。これはそのための行為だと信じて心を研ぎ澄ます。
「じゃあ、出します」
同乗している船員に声をかけて右手を海に向けて差し出す。
彼女の右手から現れたのは黒い靄。火災の煙のように凄まじい勢いで広がり、天空に届くほどの巨大な銀色に輝く瞳を持つ黒い巨人が現れた。
歓声が聞こえる。
しかしそれがどこか遠い世界の出来事のように感じられた。この力を使うと自分が別の誰かに体を操られているような感覚に襲われる。
これが代償なのだろうか。そうだとしても躊躇うわけにはいかない。この戦いにはみんなの命がかかっている。だから、逃げない。そう決めた。
「コッコー。黒い巨人を確認しました」
「王。我々からも見えます」
大半の兵士を遮蔽物のない海岸から撤退させ、森林で様子を窺わせる。そんな状態でも船員の姿が見えるほど船団が近づいたその時、黒い巨人の出現を空と和香が確認した。
警戒を数段引き上げる。もしや銀髪がオレたちに気付いて防御態勢を取ったのだろうか。そうだとすると空爆さえ難しくなる。
しかし巨人は潜水でもするように海に沈んでいく。
……?
何がしたいのかさっぱりわからない。巨体がゆっくりと波風を立てないように沈んでいくのを見守る。
完全に海に沈み、その姿が全く見えなくなると、今度は海が盛り上がり始めた。またプレデターXか? いや、違う。いくらあいつらでもこんなに海水を動かすなんてできない。
盛り上がる水の縁に黒い何かがある。いや、これは……水が満たされた器がせりあがっているのか……?
しかしその器が上昇するにつれて、銀色に輝く瞳がついていると気づいた。つまり、あの器は巨人の体の一部が変形したものらしい。
「銀髪の奴、何考えてるんだ……?」
海水を持ち上げて何を……?
「コッコー。紫水。あの巨人は海水と一緒に船団を持ち上げています」
「……は? なんじゃそりゃ? いや、いくら何でもそんなにでかくは……いや待て、あの巨人、以前よりでかくなってないか?」
海上なので比較対象がなかったからなかなかわからなかったけど、あの巨人は以前より明らかに巨大になっている。それこそ山一つを抱え込んでしまいそうなほどに。
ついに立ち上がった巨人はおくるみを着せた赤子をおぶっているように見えた。背負っているのは赤ん坊どころか、ヒトモドキの船団だ。
そうしてようやく血の気が引いてきた。
銀髪が何をしたいのか、ようやく見えてしまった。
巨人が足を一歩踏み出す。それだけで大波と軽い揺れが大地を襲う。
まさに巨人。ある神話では天空を支える巨人がいるという。だが、海を持ち上げる巨人は想像の中にすらいたのだろうか。
また一歩踏み出す。巨人は陸に迫り、同時に船団もそのまま陸に上がろうとしている。
つまり、銀髪は船ごと、海水ごと、軍隊を巨人に運ばせるつもりだ。
「ふっざけんなあああ! 軍略も補給線も丸々無視かよ! 常識も何もあったもんじゃねえなおい!」
めちゃくちゃだ。船でここまで来たことも、それを巨人に運ばせることも、思考が色々とぶっちぎっている。
多分、クワイの上の方にそうとう頭のねじが飛んでいるやつがいる。
というかあの巨人、どのくらい出したままでいられるんだ? 眠ったら消える……わけないか。それならエミシまで銀髪が不眠不休でいなければならなくなる。流石にそれは無理だろう。
正確な計算はまだだけど、少なくみても五日以上はかかる。軍隊の進軍速度としては異常に速いけど、その間不眠不休でいるのはいくら何でも無理だ。銀髪の謎再生力ならもしかしたらいけるのかもしれないけど……もしも銀髪の巨人が自由に出し入れできるなら、教都や王都の住人をはじめから運べばよかったはず。
そうなると時間制限はあるとみるべきだ。あの巨人の攻略方法は糸口さえ見えない。しかし、ただ時間を稼ぐだけならどうにかなるか? いや、しなければならない。
あの巨人が暴れるだけで首都はがれきの山になる。ぶっちゃけ国を亡ぼすだけなら銀髪だけでもどうにかなる。
オレを逃げさせないため、あるいは土地を占拠するためには数がいるってことなんだろうけどさ。
やっぱり軍団を引き連れることが重要なんだろう。あの巨人は足であると同時に盾だ。巨人は絶対に壊せないうえ、あの高さに攻撃できる兵器はそう多くない。
放っておけば巨人と数十万の兵士がエミシに雪崩れ込む。
それまでに。
「巨人の攻略方法を見つける」
いつもと変わらない。魔物と魔法の性質を推測し、弱点を突く。
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