こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
430 / 509
第五章

421 天の柱

しおりを挟む
 船団の内の一隻。他の船と大した違いのない粗末な作りをした船にファティは佇んでいた。
 国王は当初、ファティにだけは豪華な船を献上しようとしたのだが、タストはあくまでもファティを目立たせたくなかったので、ファティにやんわりと謝辞を促し、国王はそれを受け入れた。
 ファティは前世においても今世においても船旅を経験していなかったが、この船旅が過酷であることは想像できた。
 驚くほど揺れる船やひっきりなしに襲ってくる魔物。
 しかしそれでも旅路の助けになれたことは彼女のここを少しだけ照らしていた。
 これからもできる限り誰かの助けになる。これはそのための行為だと信じて心を研ぎ澄ます。
「じゃあ、出します」
 同乗している船員に声をかけて右手を海に向けて差し出す。
 彼女の右手から現れたのは黒い靄。火災の煙のように凄まじい勢いで広がり、天空に届くほどの巨大な銀色に輝く瞳を持つ黒い巨人が現れた。
 歓声が聞こえる。
 しかしそれがどこか遠い世界の出来事のように感じられた。この力を使うと自分が別の誰かに体を操られているような感覚に襲われる。
 これが代償なのだろうか。そうだとしても躊躇うわけにはいかない。この戦いにはみんなの命がかかっている。だから、逃げない。そう決めた。





「コッコー。黒い巨人を確認しました」
「王。我々からも見えます」
 大半の兵士を遮蔽物のない海岸から撤退させ、森林で様子を窺わせる。そんな状態でも船員の姿が見えるほど船団が近づいたその時、黒い巨人の出現を空と和香が確認した。
 警戒を数段引き上げる。もしや銀髪がオレたちに気付いて防御態勢を取ったのだろうか。そうだとすると空爆さえ難しくなる。
 しかし巨人は潜水でもするように海に沈んでいく。
 ……?
 何がしたいのかさっぱりわからない。巨体がゆっくりと波風を立てないように沈んでいくのを見守る。
 完全に海に沈み、その姿が全く見えなくなると、今度は海が盛り上がり始めた。またプレデターXか? いや、違う。いくらあいつらでもこんなに海水を動かすなんてできない。
 盛り上がる水の縁に黒い何かがある。いや、これは……水が満たされた器がせりあがっているのか……?
 しかしその器が上昇するにつれて、銀色に輝く瞳がついていると気づいた。つまり、あの器は巨人の体の一部が変形したものらしい。
「銀髪の奴、何考えてるんだ……?」
 海水を持ち上げて何を……?
「コッコー。紫水。あの巨人は海水と一緒に船団を持ち上げています」
「……は? なんじゃそりゃ? いや、いくら何でもそんなにでかくは……いや待て、あの巨人、以前よりでかくなってないか?」
 海上なので比較対象がなかったからなかなかわからなかったけど、あの巨人は以前より明らかに巨大になっている。それこそ山一つを抱え込んでしまいそうなほどに。
 ついに立ち上がった巨人はおくるみを着せた赤子をおぶっているように見えた。背負っているのは赤ん坊どころか、ヒトモドキの船団だ。
 そうしてようやく血の気が引いてきた。
 銀髪が何をしたいのか、ようやく見えてしまった。
 巨人が足を一歩踏み出す。それだけで大波と軽い揺れが大地を襲う。
 まさに巨人。ある神話では天空を支える巨人がいるという。だが、海を持ち上げる巨人は想像の中にすらいたのだろうか。
 また一歩踏み出す。巨人は陸に迫り、同時に船団もそのまま陸に上がろうとしている。

 つまり、銀髪は船ごと、海水ごと、軍隊を巨人に運ばせるつもりだ。

「ふっざけんなあああ! 軍略も補給線も丸々無視かよ! 常識も何もあったもんじゃねえなおい!」
 めちゃくちゃだ。船でここまで来たことも、それを巨人に運ばせることも、思考が色々とぶっちぎっている。
 多分、クワイの上の方にそうとう頭のねじが飛んでいるやつがいる。
 というかあの巨人、どのくらい出したままでいられるんだ? 眠ったら消える……わけないか。それならエミシまで銀髪が不眠不休でいなければならなくなる。流石にそれは無理だろう。
 正確な計算はまだだけど、少なくみても五日以上はかかる。軍隊の進軍速度としては異常に速いけど、その間不眠不休でいるのはいくら何でも無理だ。銀髪の謎再生力ならもしかしたらいけるのかもしれないけど……もしも銀髪の巨人が自由に出し入れできるなら、教都や王都の住人をはじめから運べばよかったはず。
 そうなると時間制限はあるとみるべきだ。あの巨人の攻略方法は糸口さえ見えない。しかし、ただ時間を稼ぐだけならどうにかなるか? いや、しなければならない。
 あの巨人が暴れるだけで首都はがれきの山になる。ぶっちゃけ国を亡ぼすだけなら銀髪だけでもどうにかなる。
 オレを逃げさせないため、あるいは土地を占拠するためには数がいるってことなんだろうけどさ。
 やっぱり軍団を引き連れることが重要なんだろう。あの巨人は足であると同時に盾だ。巨人は絶対に壊せないうえ、あの高さに攻撃できる兵器はそう多くない。
 放っておけば巨人と数十万の兵士がエミシに雪崩れ込む。
 それまでに。
「巨人の攻略方法を見つける」
 いつもと変わらない。魔物と魔法の性質を推測し、弱点を突く。
 ただ失敗すれば国が亡びるだけだ。
 ……責任重大じゃんか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...