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第五章
416 美食礼賛
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さて、今日は珍しくお菓子に挑戦してみたいと思う。
つーかぶっちゃけ前世でもやったことないから不安だけど、お菓子作りはレシピさえ守ればオーケーらしいぞ! ……まあそのレシピがないんですけどね!
とはいえこれは美月へのご褒美だ。しっかり作ってやらないと。
まず今回作る予定なのはクレープだ。
ケーキよりかは手軽に作れるはず。
小麦粉をざるで振るって細かくしてからときほぐしたカッコウの卵を入れる。最近知ったけどカッコウは無精卵を産むことができるらしい。なんでも敵を騙すときに使うんだとか。……ラプトルにばれたら面倒なことになるから内緒とのこと。
泡だて器でかき混ぜる。お菓子作りはとにかく混ぜる作業が多いからめんどくさい。
豚羊の乳から作ったバターをとろ火で溶かしてさらに加えて混ぜる。ホントは砂糖が必要なんだけどないからメープルシロップで代用しよう。
さらに牛乳をちょっとずつ入れて混ぜて入れて混ぜて……だるっ! いやこれマジめんどくさい。パティシエやパティシエールの皆さんは毎日こんなことしてんのか。感心するよ。
これで後は焼いていくだけ。……でもそれがむずいんだよなあ。火加減がなあ。
ガスコンロ欲しい。
でも気合でカバー。
バターをフライパン(石製)にしいて薄く延ばすように液を入れる。
火加減を調節しながら……できた! でもクレープみたいに薄くならん! ええいもう一回だ!
その後も何度かチャレンジしてみたけど……理想的な薄さにはならなかった。マジですごいな。お菓子職人。どうやってるんだろう。
まあいいや。トッピングは……メープルシロップ、チーズ、後は……リンゴだ。
そう、渋リンではない。品種改良によって渋くなくなった林檎だ! ……まあちょっとは渋いけどね! 魔物の成長の速さのおかげで品種改良が数十倍の速度で進んだからな。特に植物はすごい速度で品種改良ができる。
さて、美月と久斗は喜んでくれるといいんだがな。
傷ついた体を癒すためには何が必要か。敬虔なるセイノス教徒であればだれでもこう答える。
神と救世主の愛だと。
それさえあれば傷などたちどころに治るのだ。その風説の真偽はともかくとして生き物であるのだから食べ物は食べねばならない。
普段ならばたとえ戦地であっても大声で神を讃えているのだが、今日はあまりにも失ったものが多すぎた。
慈愛にあふれた信徒が『作った』スープを飲み干す。
黙々とただ口に運び、喉を鳴らすそれは食事というより作業だった。
同じように食事という名の作業を続ける信徒を見守っていた女性がふと疑問を口にした。
「奴らは一体何を食っているのかしらね」
夕闇に溶けて禍々しい黒を纏った要塞を見ていたので、奴らとはあの蟻であることは容易に察せられた。
「そう言われても……ろくなものは食べてないんじゃない?」
一度降って湧いた疑問をかき消すのは難しい。やがて会話は議論と呼べるほどの規模に広がっていった。
何でもいいから会話していれば気分が沈まないという理由もあったのだろうが。
その声に釣られて司祭までもが口を挟んだ。
「私の聞いた話では、あの蟻にとりついた悪魔は心を歪ませる悪魔であるとか。心が歪めばその舌も歪むでしょう」
滔滔と話す司祭の言葉は耳を傾けずにはいられない説得力があった。
「では、何を食べているかは……」
「ええ。清らかなる生き物が食べられるものではないでしょう。穢れ、腐りきった汚泥を貪っているに違いない」
敵の思いがけない事実を突きつけられた信徒は一様に押し黙ったが、誰かがぽつりとつぶやいた。
「哀れですね」
昼間にあれだけ味方を殺した敵に使う言葉ではないはずだが、誰も反論しなかった。
「そうですとも魔物は穢れた哀れな存在です。我々は魔物に対する慈悲を忘れてはなりません。それが魔物を救い、世に救いをもたらします。しかしそれを忘れた時こそ我らは異端となり下がるでしょう」
さてさて、美月と久斗を呼びつけて、クレープを実食させてみました。
見てこの幸せそうな笑顔! 百点満点じゃないですか! ……ちょっと出来栄えに不安があったけどパクパクと口に運ぶ様子を見て一安心だ。
やっぱりお菓子はバリュエーションがあると嬉しいよね。
「どうだ久斗? 美味いか?」
「はい。これ、すっごく美味しいです。後で作り方を教えてもらえませんか」
「お、いいぞ」
久斗のレパートリーが増えるのはオレにとっても喜ばしい。
美月は一皿はおいしそうに平らげていたのだけど……二皿目からはどうも顔が曇っている。……やばい、オレ何か失敗した? ちゃんと混ぜたつもりでもだまになってたりしたらがっかりお菓子にしかならない。
「美月? 箸が進んでないみたいだけどどうかしたのか? 小麦粉の塊でもあったのか?」
「いいえ……とても美味しいです。でも……こんなことしていていいんでしょうか。皆さんが頑張って戦っている時に……」
ああそういうことね。今戦争している最中なのに自分たちだけ美味いもん食ってるとバツが悪いのか。わかるわかる。他の奴らが働いているのに休むのって度胸がいるよな。
「お前たちは色々頑張ってくれたからな。それに休むのも仕事の内だ」
美月はサリの子守。久斗はそのサポートと雑事。
どっちも他の誰かじゃできない仕事だ。
「そう……何でしょうか」
二人とも自分がどれくらい重要な仕事をしたかイマイチ実感がないみたいだ。……やってることはどっちも他人の機嫌をうかがう仕事だからかな。
「ま、それにこれだけいいものを食べさせるってことは後にきつい仕事が待ってるってことだからな。むしろ警戒した方がいいぞ」
戦地に赴く兵隊に贅沢をさせるようなもの。オレの警告を聞いた二人は怯えるどころかむしろきりっとして居住まいを正した。
つーかぶっちゃけ前世でもやったことないから不安だけど、お菓子作りはレシピさえ守ればオーケーらしいぞ! ……まあそのレシピがないんですけどね!
とはいえこれは美月へのご褒美だ。しっかり作ってやらないと。
まず今回作る予定なのはクレープだ。
ケーキよりかは手軽に作れるはず。
小麦粉をざるで振るって細かくしてからときほぐしたカッコウの卵を入れる。最近知ったけどカッコウは無精卵を産むことができるらしい。なんでも敵を騙すときに使うんだとか。……ラプトルにばれたら面倒なことになるから内緒とのこと。
泡だて器でかき混ぜる。お菓子作りはとにかく混ぜる作業が多いからめんどくさい。
豚羊の乳から作ったバターをとろ火で溶かしてさらに加えて混ぜる。ホントは砂糖が必要なんだけどないからメープルシロップで代用しよう。
さらに牛乳をちょっとずつ入れて混ぜて入れて混ぜて……だるっ! いやこれマジめんどくさい。パティシエやパティシエールの皆さんは毎日こんなことしてんのか。感心するよ。
これで後は焼いていくだけ。……でもそれがむずいんだよなあ。火加減がなあ。
ガスコンロ欲しい。
でも気合でカバー。
バターをフライパン(石製)にしいて薄く延ばすように液を入れる。
火加減を調節しながら……できた! でもクレープみたいに薄くならん! ええいもう一回だ!
その後も何度かチャレンジしてみたけど……理想的な薄さにはならなかった。マジですごいな。お菓子職人。どうやってるんだろう。
まあいいや。トッピングは……メープルシロップ、チーズ、後は……リンゴだ。
そう、渋リンではない。品種改良によって渋くなくなった林檎だ! ……まあちょっとは渋いけどね! 魔物の成長の速さのおかげで品種改良が数十倍の速度で進んだからな。特に植物はすごい速度で品種改良ができる。
さて、美月と久斗は喜んでくれるといいんだがな。
傷ついた体を癒すためには何が必要か。敬虔なるセイノス教徒であればだれでもこう答える。
神と救世主の愛だと。
それさえあれば傷などたちどころに治るのだ。その風説の真偽はともかくとして生き物であるのだから食べ物は食べねばならない。
普段ならばたとえ戦地であっても大声で神を讃えているのだが、今日はあまりにも失ったものが多すぎた。
慈愛にあふれた信徒が『作った』スープを飲み干す。
黙々とただ口に運び、喉を鳴らすそれは食事というより作業だった。
同じように食事という名の作業を続ける信徒を見守っていた女性がふと疑問を口にした。
「奴らは一体何を食っているのかしらね」
夕闇に溶けて禍々しい黒を纏った要塞を見ていたので、奴らとはあの蟻であることは容易に察せられた。
「そう言われても……ろくなものは食べてないんじゃない?」
一度降って湧いた疑問をかき消すのは難しい。やがて会話は議論と呼べるほどの規模に広がっていった。
何でもいいから会話していれば気分が沈まないという理由もあったのだろうが。
その声に釣られて司祭までもが口を挟んだ。
「私の聞いた話では、あの蟻にとりついた悪魔は心を歪ませる悪魔であるとか。心が歪めばその舌も歪むでしょう」
滔滔と話す司祭の言葉は耳を傾けずにはいられない説得力があった。
「では、何を食べているかは……」
「ええ。清らかなる生き物が食べられるものではないでしょう。穢れ、腐りきった汚泥を貪っているに違いない」
敵の思いがけない事実を突きつけられた信徒は一様に押し黙ったが、誰かがぽつりとつぶやいた。
「哀れですね」
昼間にあれだけ味方を殺した敵に使う言葉ではないはずだが、誰も反論しなかった。
「そうですとも魔物は穢れた哀れな存在です。我々は魔物に対する慈悲を忘れてはなりません。それが魔物を救い、世に救いをもたらします。しかしそれを忘れた時こそ我らは異端となり下がるでしょう」
さてさて、美月と久斗を呼びつけて、クレープを実食させてみました。
見てこの幸せそうな笑顔! 百点満点じゃないですか! ……ちょっと出来栄えに不安があったけどパクパクと口に運ぶ様子を見て一安心だ。
やっぱりお菓子はバリュエーションがあると嬉しいよね。
「どうだ久斗? 美味いか?」
「はい。これ、すっごく美味しいです。後で作り方を教えてもらえませんか」
「お、いいぞ」
久斗のレパートリーが増えるのはオレにとっても喜ばしい。
美月は一皿はおいしそうに平らげていたのだけど……二皿目からはどうも顔が曇っている。……やばい、オレ何か失敗した? ちゃんと混ぜたつもりでもだまになってたりしたらがっかりお菓子にしかならない。
「美月? 箸が進んでないみたいだけどどうかしたのか? 小麦粉の塊でもあったのか?」
「いいえ……とても美味しいです。でも……こんなことしていていいんでしょうか。皆さんが頑張って戦っている時に……」
ああそういうことね。今戦争している最中なのに自分たちだけ美味いもん食ってるとバツが悪いのか。わかるわかる。他の奴らが働いているのに休むのって度胸がいるよな。
「お前たちは色々頑張ってくれたからな。それに休むのも仕事の内だ」
美月はサリの子守。久斗はそのサポートと雑事。
どっちも他の誰かじゃできない仕事だ。
「そう……何でしょうか」
二人とも自分がどれくらい重要な仕事をしたかイマイチ実感がないみたいだ。……やってることはどっちも他人の機嫌をうかがう仕事だからかな。
「ま、それにこれだけいいものを食べさせるってことは後にきつい仕事が待ってるってことだからな。むしろ警戒した方がいいぞ」
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