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秋葉夕雲

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第五章

415 天使のスープ

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「鎧竜が? あいつらならヒトモドキ千人と戦っても勝てるはずじゃなかったのか?」
 鎧竜の魔法はヒトモドキの魔法ととても相性がいいことに加えて単純な強さでもアンティ同盟屈指の戦力だ。そうそう遅れを取るとは思えない。
「はい。ですが奴ら、戦い方を変えてきたようです」
「ただの力押しじゃないのか?」
「ええ。糸を組み合わせて広げる武器を使っていました」
 糸? 組み合わせる……ああ、あれか。
「網だな。千尋が鎧竜との戦いで使った奴」
「あれは網というのですか」
 どうやらアンティ同盟には網がないらしい。糸はわかるみたいだけど。
「そうだよ。網を使って動けなくしてからぼこぼこにする……みたいな感じか?」
「お察しの通りですな。さしもの鎧竜の方々でも動きを止めてしまえばいずれ敗れるのは必定です」
 網、というのはなかなか厄介な兵器だ。
 防御系の魔法はどちらかと言うと単純な衝撃力には強いけど、相手を拘束する効果を発揮する道具や魔法をやや苦手とする。鎧竜やカンガルーはそれに該当する。
 しかも厄介なのはセイノス教の教えには反していないということ。
 奴らは魔物を道具によって傷つけることを忌避するけど、拘束することまでは禁止していない。だから網は奴らにとって許容できる兵器だ。
 とはいえ……。
「ちょっと対応が良すぎるな」
「そうですな。奴らは計画や手順を変えることが苦手です。それがどうにも今回は違う」
 確か聖典に書かれた手順でしか魔物と戦っちゃダメなんだっけ。
 つまりそういう手順を組み替えたのか、それとも非常事態だから無視させたのか……どっちにせよ敵の進化速度が速いのは好ましくない。
「対処はできそうか?」
「無論。敵がどういう手段で戦うのかわかっているなら当然対策はたてられます」
 なるほどね。こういう時の為にティラミスで戦闘訓練を行っているのだろう。
 儀式とはいえ命がけの戦いを潜り抜けてきた奴らだ。考える能力で負けるはずもない。
「何か必要な道具があれば言ってくれ」
「そうですな。ひとまず敵の食料を運ぶ道具や人手があると助かりますな」
「……そんなに奪ったのか?」
「ええ」
 うわあい。わっるい笑顔だなあ。
 運ぶのに困るほどの食料ならむしろこっちも持てますかも。余った食料をどうするべきか。うーん、贅沢な悩みだなあ。



「コッコー。連絡したいことが」
「おや和香。何かあったのか?」
 いやまあこいつが何もない時に連絡してきたことなんてないけど。
「コッコー。紫水とアンティ同盟の戦略の一部が破綻するかもしれません」
「……穏やかじゃないな。一体何があった?」
「コッコー。ヒトモドキが食料問題を解決する画期的な方策を考えついたようです」
 この時オレは新しく補給経路を開発したとか、何らかの方法によって現地で食料を取得したとか、そんな手段で問題を解決したと思っていた。
 だが違う。奴らはもっと原始的で、直接的な方法で食料問題を根本的に解決してのけた。





 戦場から離れ、設営していた野営地まで後退した大司教が目にしたのは荒らされた天幕と傷ついた信徒の姿だった。
「大司教様……これでは食料が足りません」
「おお……何ということだ。我々の食料を削っても満たされぬか」
「はい……」
 食料の大半が消失した大司教ことを知った大司教の最初の行動は聖職者に喜捨された食料の開放だった。
 大司教の示された慈愛に誰もが感涙にむせび泣き、神に感謝した。……冷静に考えればもともともらったものを返しただけなのだが、一応は他人に褒められる行為なのだろう。
 しかしそれでも全員の飢えを満たすにはとても足りない。まだまだ援軍はいるのだから、ここからさらに後退すれば後続の食料を分けてもらえるかもしれない。
 だが負傷者は動けない。大司教は見捨てることなどできなかった。銀の聖女がもたらす救いを目にすることなく、穢れた魔物たちに命を奪われるのはあまりにも無慈悲だ。
「せめて……後続が到着するまで持ちこたえねば……」
 思案する大司教にまたしても伝令が駆けこんでくる。
「大司教様……お伝えしたいことが……」
 悲痛な表情から良い報告ではないと察してしまう。
「何か?」
「信徒の一部が……その身を捧げたと……」
「そうか……」
 大司教は跪き、ただ祈った。
 彼女らが無事に楽園にたどり着くことを。一点の曇りもない心で。



 例えばサメだ。
 サメには様々な繁殖方法があるが、母親の腹の中で卵を食べたり、自分の兄弟を食い合う関係であることも少なくない。
 要するに、共食いは生物にとって珍しい現象じゃない。どこぞの哺乳類に至っては食べもしないのに殺し合っているしな。
 オレたちだって似たようなことはする。特に蜘蛛とか。
 ただ、奴らにそういう習慣があるということを知らなかっただけ。

「ティウ。奴らが共食いをしたことってあるのか?」
「めったにないはずです。百五十年前に上司を救うために自ら命を絶ったという記録があるだけですな」
 少なくとも集団で共食いを実行したことはほぼ皆無らしい。
「確か聖職者は馬か鹿以外の動物を許可がなきゃ食べちゃいけないんじゃなかったか?」
「それは肉が穢れているとかどうとかいう理由だったのでしょう?」
「なるほどあいつら自身は清らかなお肉だから食べていいってことか」
 アホらしい、いや馬鹿らしいことこの上ないけど、同族は穢れてないので捕食可能らしい。盲点だったなあおい。
 ……問題なのはこれが有効な戦略なのかどうかだ。少し計算してみよう。
 とりあえず一日に二人解体すれば98人が飢えずに済むと仮定しよう。この場合一日ごとに人数が98%になる。
 奴らが半数に減るまでにかかる日数は……。
「大体敵の数が半減するまでに三十五日……」
「一大事ですな」
 奴らの数は少なく見ても二千万。下手すりゃ三千万匹以上。仮に百日持ちこたえても五百万人以上が生き残る計算になる。
 もちろん他の食料だってあるし、オレたちが攻撃するからもっと数は減るだろう。
 しかし、画期的な補給手段ではある。地球では聞いたことも見たこともないし、やっちゃダメな戦略だけど、ここは地球ではない。既成概念は捨てるべきだった。味方の命を捨ててもいいならこの戦略はありだ。

「どうなさいますか? 既定の戦略を変更しますか?」
「……いや、このままでいい。敵が削れるのは間違いないからな」
 東は問題ない。別に補給線を絶たなくても化学兵器でぶっ飛ばせる。西のゲリラ戦が少し厳しいか。なかなか敵の数が減らないからな。
 千尋ともうちょっと話をした方がいいかもしれない。
 しかし次から次へと問題が沸き上がるな。
 戦争してるんだから当たり前か。でもまあそれとオレも……。
「腹減ったな」
「コッコー。確かに」
「承知」
「そうですな。会議はこの辺りにして食事としますか」
 こんな状況でも飯のことを考えられるとは……オレも随分順応したなあ。
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