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第五章
409 砂の王冠
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オレの言葉にまたしても美月は首を傾げた。
「悪いことをするから悪人なのではないですか?」
「そうなんだけどな。でもあくどいことを考えつく奴が強いってのはもうわかるよな」
「……ええ。不快ですがあの女がとてもうまく村人を騙せたことは認めなければなりません」
「そ。悪人てのはな。善人に無い強さがある。敵意とか、悪意とかだな。特に、人を騙すときに途轍もない効果を発揮する」
少し勉強をすればわかることだけど、詐欺師というのは頭がよく、行動力がある。オレの両親がひっかかったカルト宗教の連中も馬鹿ではなかったといまならよくわかる。
その意味では地球史上最大の詐欺師は二千年前に馬小屋で生まれた……いや、これ以上はまずい。
「悪人であることは悪いことじゃない。そうなりやすいことは悪いことじゃない。お前の持った個性で、立派な能力だ。大事なのはその悪意を敵に向けることだ。そうである限りオレはお前を裏切らないし、オレの部下もお前を決して裏切らない」
言い換えれば裏切ったら殺すってことだけど、今のところ大丈夫そうだ。実際問題としてこいつらに他の居場所なんてないし。
やってることは正直ヒトモドキと変わらんけど……だからこそきちんと褒賞を与えることを忘れちゃいけない。精神的な充足だけではなく、物質的な欲望もちゃんと満たす。それこそができる上司……だったらいいなあ。
「ありがとうございます。少しだけ心が晴れました。その……私にも他人の持っている物を欲しくなる時がありますから。こういうのも悪意、でしょうか」
そういやこいつそんな癖があったな。自覚があるってことは欲望をおさえているのかな。……溜めすぎないように注意しないと。
「かもな。ああそうだ。ついでだけど何か欲しいものはないか」
「欲しいもの、ですか?」
「そ。よく働いてくれているご褒美」
「そんな! 大したことはしてないのに!」
「いいからいいから。我慢せずに発散するのも大事だぞ? 何でもは無理だけどできる範囲なら要望に応えるぞ」
つーか鞭ばっかりだといつか本当に裏切られそうで怖い。これは善意か、それとも悪意か……そう簡単に分けられるもんでもないか。
ちょっと恥じらうように悩んでいたが、もう一度続きを促すと願いを口にした。
「じゃあ、紫水が作ったご飯が食べたいです」
「え? そんなんでいいの? 正直今ならオレより料理が上手いやついっぱいいるぞ?」
「でもみんな美味しいって言ってましたから」
お、おおう。どうにも過大な期待を抱かれているご様子。
「善処するよ」
料理、最近はあんまりしてないから、鈍ってないか心配だ。
「申し訳ありません。私の力が及ばなかったばかりに……」
涙をこらえきれない様子で村人たちに一人の女性が亡くなったと説明した。その死者は言うまでもなく先日サリが思う存分殴った女性である。
サリにはただ、死んだ、とだけ伝え、それを村人たちに『正しく』伝えるように命令した。
それを受けたサリは嬉々として『正確』な情報を捏造し始めた。
サリの報告と涙を見た村人たちは真実を見抜く目を持たず、あっさりとサリを信じた。
「いいえ! 聖女様は何も悪くありません! 彼女の信仰が及ばなかったのでしょう!」
飽きもせずによく言う。
今回確信できたことはセイノス教徒はどんな手段を使ってでも自分より上の聖職者を擁護するということだ。
逆を言うとサリが旗幟を返せば裏切るかもしれないということだけど……サリの警備という名の監視を強化して対応しよう。
「ところで聞いていい~?」
「何だよ千尋」
こいつは樹海西部の防衛責任者だけど、おおよそ準備が整っているため余裕があるのだ。
「だました村人たちはどう使うの~?」
「ひとまずもっと勢力を拡大する。人数が増えればそれだけ手間も省けるだろう」
基本的にヒトモドキは流されやすい。大勢で押しかけた方が勢いで洗脳できそうな気がする。サリがしくじりさえしなければ。
「ふ~ん? それから?」
それからか。このままいけばそれなりにまとまった数にはなるだろう。上手くいけば数千人の裏切り者が手に入る。そいつらをどう運用するのか。
この取り込んだクワイ国民は樹海西部に近い村人のため、それをどう運用するかで西部の防衛計画が変わってくる可能性もある。千尋はそういう意味も含めてそれからと言っているのだろう。
だけど……。
「ねえもしかして……決めてないの~?」
「何故ばれたし」
「う~ん……なんとなく?」
マジか。流石に長い付き合いだからなあ。
や、ぶっちゃけどう扱うべきか困ってるんだよね。戦わせるには少ないし、スパイにするにはあまりにも時間が足りない。肉盾なんかあいつらには通用しないし……なにより本物の銀髪を見ればあっさりウソがばれる。
こう、実はあっちが偽物でこっちが本物みたいな詐欺を上手くやれればいいけど……ううむ。
「ひとまずは飼い殺しかなあ。最悪突撃させるだけでも相手は戸惑ってくれるはずだ」
「わかったよ~。でも本当にもう時間がないから急いでね~?」
「ん、そうだな」
もうヒトモドキの第二陣が到着するまで本当に数日。
しかし、そのわずかな時間に待ちわびていた吉報が和香から届いた。
リザードマンが折れた。
「コッコー。リザードマンたちが和睦、および援軍派遣の申し入れを行ってきました」
「意外に早かったな」
「コッコー。連中の食料事情は相当逼迫していると思われます」
「言い換えれば強兵にはならないかもしれないってことだけど……少しでも援軍の当てがあるならいいか」
そうなるとリザードマン関連の様々な脅迫……もとい交渉のネタはお蔵入りにしてもいいか。
「あ、そうだ。エシャと久斗をくっつける作戦も意味なくなるな。とりあえず……」
「コッコー。それはやめておいたほうがよろしいかと」
「え? 何で?」
「コッコー……やる気を出している方々がいらっしゃいますので」
……多分翼の後継者である空辺りだな。ラプトルはどうもカップルの話になると暴走しやすい。
「……ま、干渉しすぎないなら止めないって伝えておいてくれ」
「コッコー」
さて、味方は着実に増えている。
最大の敵は時間と……銀髪の行方だな。
「悪いことをするから悪人なのではないですか?」
「そうなんだけどな。でもあくどいことを考えつく奴が強いってのはもうわかるよな」
「……ええ。不快ですがあの女がとてもうまく村人を騙せたことは認めなければなりません」
「そ。悪人てのはな。善人に無い強さがある。敵意とか、悪意とかだな。特に、人を騙すときに途轍もない効果を発揮する」
少し勉強をすればわかることだけど、詐欺師というのは頭がよく、行動力がある。オレの両親がひっかかったカルト宗教の連中も馬鹿ではなかったといまならよくわかる。
その意味では地球史上最大の詐欺師は二千年前に馬小屋で生まれた……いや、これ以上はまずい。
「悪人であることは悪いことじゃない。そうなりやすいことは悪いことじゃない。お前の持った個性で、立派な能力だ。大事なのはその悪意を敵に向けることだ。そうである限りオレはお前を裏切らないし、オレの部下もお前を決して裏切らない」
言い換えれば裏切ったら殺すってことだけど、今のところ大丈夫そうだ。実際問題としてこいつらに他の居場所なんてないし。
やってることは正直ヒトモドキと変わらんけど……だからこそきちんと褒賞を与えることを忘れちゃいけない。精神的な充足だけではなく、物質的な欲望もちゃんと満たす。それこそができる上司……だったらいいなあ。
「ありがとうございます。少しだけ心が晴れました。その……私にも他人の持っている物を欲しくなる時がありますから。こういうのも悪意、でしょうか」
そういやこいつそんな癖があったな。自覚があるってことは欲望をおさえているのかな。……溜めすぎないように注意しないと。
「かもな。ああそうだ。ついでだけど何か欲しいものはないか」
「欲しいもの、ですか?」
「そ。よく働いてくれているご褒美」
「そんな! 大したことはしてないのに!」
「いいからいいから。我慢せずに発散するのも大事だぞ? 何でもは無理だけどできる範囲なら要望に応えるぞ」
つーか鞭ばっかりだといつか本当に裏切られそうで怖い。これは善意か、それとも悪意か……そう簡単に分けられるもんでもないか。
ちょっと恥じらうように悩んでいたが、もう一度続きを促すと願いを口にした。
「じゃあ、紫水が作ったご飯が食べたいです」
「え? そんなんでいいの? 正直今ならオレより料理が上手いやついっぱいいるぞ?」
「でもみんな美味しいって言ってましたから」
お、おおう。どうにも過大な期待を抱かれているご様子。
「善処するよ」
料理、最近はあんまりしてないから、鈍ってないか心配だ。
「申し訳ありません。私の力が及ばなかったばかりに……」
涙をこらえきれない様子で村人たちに一人の女性が亡くなったと説明した。その死者は言うまでもなく先日サリが思う存分殴った女性である。
サリにはただ、死んだ、とだけ伝え、それを村人たちに『正しく』伝えるように命令した。
それを受けたサリは嬉々として『正確』な情報を捏造し始めた。
サリの報告と涙を見た村人たちは真実を見抜く目を持たず、あっさりとサリを信じた。
「いいえ! 聖女様は何も悪くありません! 彼女の信仰が及ばなかったのでしょう!」
飽きもせずによく言う。
今回確信できたことはセイノス教徒はどんな手段を使ってでも自分より上の聖職者を擁護するということだ。
逆を言うとサリが旗幟を返せば裏切るかもしれないということだけど……サリの警備という名の監視を強化して対応しよう。
「ところで聞いていい~?」
「何だよ千尋」
こいつは樹海西部の防衛責任者だけど、おおよそ準備が整っているため余裕があるのだ。
「だました村人たちはどう使うの~?」
「ひとまずもっと勢力を拡大する。人数が増えればそれだけ手間も省けるだろう」
基本的にヒトモドキは流されやすい。大勢で押しかけた方が勢いで洗脳できそうな気がする。サリがしくじりさえしなければ。
「ふ~ん? それから?」
それからか。このままいけばそれなりにまとまった数にはなるだろう。上手くいけば数千人の裏切り者が手に入る。そいつらをどう運用するのか。
この取り込んだクワイ国民は樹海西部に近い村人のため、それをどう運用するかで西部の防衛計画が変わってくる可能性もある。千尋はそういう意味も含めてそれからと言っているのだろう。
だけど……。
「ねえもしかして……決めてないの~?」
「何故ばれたし」
「う~ん……なんとなく?」
マジか。流石に長い付き合いだからなあ。
や、ぶっちゃけどう扱うべきか困ってるんだよね。戦わせるには少ないし、スパイにするにはあまりにも時間が足りない。肉盾なんかあいつらには通用しないし……なにより本物の銀髪を見ればあっさりウソがばれる。
こう、実はあっちが偽物でこっちが本物みたいな詐欺を上手くやれればいいけど……ううむ。
「ひとまずは飼い殺しかなあ。最悪突撃させるだけでも相手は戸惑ってくれるはずだ」
「わかったよ~。でも本当にもう時間がないから急いでね~?」
「ん、そうだな」
もうヒトモドキの第二陣が到着するまで本当に数日。
しかし、そのわずかな時間に待ちわびていた吉報が和香から届いた。
リザードマンが折れた。
「コッコー。リザードマンたちが和睦、および援軍派遣の申し入れを行ってきました」
「意外に早かったな」
「コッコー。連中の食料事情は相当逼迫していると思われます」
「言い換えれば強兵にはならないかもしれないってことだけど……少しでも援軍の当てがあるならいいか」
そうなるとリザードマン関連の様々な脅迫……もとい交渉のネタはお蔵入りにしてもいいか。
「あ、そうだ。エシャと久斗をくっつける作戦も意味なくなるな。とりあえず……」
「コッコー。それはやめておいたほうがよろしいかと」
「え? 何で?」
「コッコー……やる気を出している方々がいらっしゃいますので」
……多分翼の後継者である空辺りだな。ラプトルはどうもカップルの話になると暴走しやすい。
「……ま、干渉しすぎないなら止めないって伝えておいてくれ」
「コッコー」
さて、味方は着実に増えている。
最大の敵は時間と……銀髪の行方だな。
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