こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
413 / 509
第五章

404 医療者の言うことを聞いてくれ

しおりを挟む
 ひとまず程よく離れた一軒家を拝借する。
 蟻たちがいそいそと医療用具を持ち込み、家の中をできるだけ消毒し、なおかつ外から見えないようにする。せいぜい小学校の保健室程度の設備だけど、注射だけならこれで十分だ。
 ちなみにサリは周囲でなんか祈っている。何の意味もないけど、この場所を清めて聖なる場所にうんたらかんたら。
 とりあえず近づかないようにしろって言ったらそういうことになったらしい。だんだんサリの使い方がわかってきた気がする。
 こう、あれだ。脳内で自分に都合よく設定をセイノス教っぽく変換して、それがうまい具合に受け入れられるみたいだ。オレにはさっぱりわからんけど。

「これでこの場所はきよめられました。すぐに病人を運んでください」
 汗をぬぐい、息を長くはいていかにも努力した様子だ。それを見た村人はまた感謝の視線を向ける。
 しかし場を整えたのは働き蟻だ。
 ぶっちゃけサリはふがふが言ってただけ。でも尊敬されるのはサリ。……なんだかなあ。

「これから神の奇跡で病を癒します。しかしそれは誰の目に触れてもなりません。もしも見ればあなた方は楽園に旅立てなくなるでしょう」
 痛い設定乙。
 楽園に旅立てなくなるとは死後の安息が約束されなくなるらしいので、死よりも重い罰らしい。村人たちは蒼白になりながら生唾を飲み込む。
「さらに奇跡は痛みを伴う。敬虔なるセイノス教徒ならば耐えられるだろう」
 そりゃ注射だから痛いさ。よくまあ舌が回る。
 ちなみにサリは注射未経験です。
「覚悟のできた方のみ近くに来てください。私の傍仕えが案内します」
 傍仕えとは美月と久斗だ。二人もまたサリには劣るが尊崇の視線を向けられていた。
 久斗が目隠しを病人にかけ、その病人を美月が手を引いていく。歩くことさえままならないなら久斗が背中におぶっていく。あいつも力が強くなったなあと少し感慨深い。
 病人はみんな疲労困憊の様子だったけれど、意識がある奴らからは不安や悲壮感は感じない。喜びと、高揚。銀の聖女の奇跡を見れなくても、その場に居合わせることが嬉しいようだ。
 注射の跡を隠すように巻かれた包帯を大事にさすったり、小屋に最敬礼を行ったりしている。
 説明するまでもないだろうけど、包帯を巻いたのも注射をしたのも働き蟻。美月や久斗は外で村人たちの相手をしている。
 ではサリは何をしているのか。
 何もしていない。せいぜい注射の前と後に声をかけるだけ。それが無駄だとは言わんけどね。実のところ治療行為を見せないのはサリが何もしていないことをばれないようにするためでもある。
 というか村人たちは全部サリがやっていると思っていそうだし。
 くどいようだけどサリは本当に何もしてない。いや、むしろ病人に接触することを忌避している様子さえある。感染防止としては何ひとつとして間違っていないけどな。
 今までオレの部下はほとんどが働き者だったからむしろ新鮮だ。口ばっかりで自分はたいして何もしない奴。
 バイトや仕事をしていればそういう労働者はたまに出会う。千尋あたりもやる気が出ないことはある。
 でも働かずに利益、つまり他人からの称賛を受け取っているのはこの世界に来てからはサリが初めてかもしれない。
 正直に言えば嫌悪感はある。
 ここが会社でオレが社長ならサリは真っ先にクビにするべき社員だ。そうであるはずだ。
 しかしサリは顧客、この場合村人の確保に成功してしまっている。だからクビにはできない。
 怠け者がもっとも成果を出すというのもなんとまあ皮肉だ。よく聞く話でもあるけどね。いつの世も裏方は貧乏くじを引くか。
 蟻はともかくとして、美月と久斗がストレスを感じないようにしないといけないな。
 特に美月。サリのご機嫌取りを苦にしていたとしたら相当なストレスだろう。後で気遣った方がいいかもしれない。



 しばらく時間がかかったけれど、ひとまず病人への抗生物質の注射は済んだ。
 次は病人の看護と感染拡大の防止だ。
 ペストの感染経路は主に二つ。
 ノミに刺される。ペスト患者が咳などから微小な水滴を放出し、健常者がそれを吸引してしまうこと。
 前者は衛生環境を整えること。働き蟻にはこっそりとノミやネズミの駆除を頼んである。後者はマスクで防げるかもしれないけど……マスク文化がありませーん。ぶっちゃけ運を天に任せるしかない。
 看護要員は働き蟻では難しい。いかに真の聖別マディール(笑)を受けているからといって魔物の世話になることは耐えられないらしい。
 元気な村人に看護をさせるためにちょっとしたレクチャーをしている。例えば部屋を清潔にしたり、食器などを聖水という名目にした消毒液で洗ったりすること。
 現代なら誰でも知っているようなことをいちいち教えなくちゃならないのは面倒くさい。
 が、それでも一番困ったのは――――。

「だから! 祈るなっつってんだろうが――――! サリ! 何とかなんないのか!?」
「紫水様。祈りは欠かすことができません」
「ああそうかい! じゃあせめて小声にさせてくれ!」
「それならばなんとか」
 どうにか妥協点を見つける。
 最大の問題点はとにかくセイノス教徒は祈りを欠かさないこと。何故ならこいつらにとって病は神に祈れば治るはずなのだから。
 当然ながら神に祈ったところで病が治るはずもない。というかさらに感染拡大するリスクの方が高い。
 さっきも言ったけど咳や痰からペストが移る。なので患者がしゃべればしゃべるほどペスト感染のリスクは高まる。ちょっとしゃべるくらいならまだいい。大声で聖歌を唄いだすのは本当に勘弁してほしい。
 無駄に体力が減るし、睡眠不足にもつながる。
 つーかペストがこんなに早く広まったのはこれが原因じゃないか!?
 わかっているのか!?
 お前たちのその愚行がどんどん病気を広めているんだぞこの大馬鹿野郎ども!
 病人は安静にして寝てろって教わらなかったのか!? 習ってないんでしょうね! しかも看護人も一緒になって祈ってんじゃねえ! お前らにまで感染したらめんどくさいんだよ!
 ああもう! 統計学者にして看護師の祖であるあの方が聞いたら殴り込みに来るんじゃ……いや、その前に病を広めたオレが殺されるな。
 うん、あの人なら絶対にやる。
 地球でも医者の言うことを聞かずに怪しげな民間療法やデマに惑わされる患者が後を絶たないと聞くけれど……こんなところでそれを実感するとはな。
 こうして数々の面倒ごとに直面しながらも村人は快方に向かっていった。
 それに伴いサリに対する畏敬の念は増していった。
 実際には何もしてないけどな、あいつ。
 だが、思わぬところで過去は足元に忍び寄ってくる。忘れたころに。蛇のように。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て

せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。 カクヨムから、一部転載

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【完結】獅子の威を借る子猫は爪を研ぐ

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
 魔族の住むゲヘナ国の幼女エウリュアレは、魔力もほぼゼロの無能な皇帝だった。だが彼女が持つ価値は、唯一無二のもの。故に強者が集まり、彼女を守り支える。揺らぐことのない玉座の上で、幼女は最弱でありながら一番愛される存在だった。 「私ね、皆を守りたいの」  幼い彼女の望みは優しく柔らかく、他国を含む世界を包んでいく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/20……完結 2022/02/14……小説家になろう ハイファンタジー日間 81位 2022/02/14……アルファポリスHOT 62位 2022/02/14……連載開始

ヒトナードラゴンじゃありません!~人間が好きって言ったら変竜扱いされたのでドラゴン辞めて人間のフリして生きていこうと思います~

Mikura
ファンタジー
冒険者「スイラ」の正体は竜(ドラゴン)である。 彼女は前世で人間の記憶を持つ、転生者だ。前世の人間の価値観を持っているために同族の竜と価値観が合わず、ヒトの世界へやってきた。 「ヒトとならきっと仲良くなれるはず!」 そう思っていたスイラだがヒトの世界での竜の評判は最悪。コンビを組むことになったエルフの青年リュカも竜を心底嫌っている様子だ。 「どうしよう……絶対に正体が知られないようにしなきゃ」 正体を隠しきると決意するも、竜である彼女の力は規格外過ぎて、ヒトの域を軽く超えていた。バレないよねと内心ヒヤヒヤの竜は、有名な冒険者となっていく。 いつか本当の姿のまま、受け入れてくれる誰かを、居場所を探して。竜呼んで「ヒトナードラゴン」の彼女は今日も人間の冒険者として働くのであった。

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。

処理中です...