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秋葉夕雲

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第五章

402 銀の聖女

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 どこの世界でも田舎と呼ばれる場所はある。この村もそんな場所の一つ。
 おおよそ二十年ほど前のこと。
 森を開き、土を耕し、農地を開拓した。幸い魔物と戦うことは少なかったので誰一人として魔物との戦いで命は落とさなかった。
 だが幸運だったのはそこまで。いやむしろ、魔物と戦わなかったことが不幸だったのかもしれない。
 同時期に同じように開拓された村があったのだが、そこでは魔物と激しく戦い、多数の死傷者が出た。
 それゆえに便宜が図られ、王都から様々な支援を受け、徐々に発展していった。
 対してこの村は王都や教都から見ればどこにでもある何の面白みもない農村で、東の果てにある僻地でしかなく、やがて見放されていった。
それを自覚するがゆえに村民たちは自らの信仰心を証明するための戦う機会を待ちわびていた。
 そして、その時は来た。
 神からの託宣があった。この村はその目的地、邪悪なる蟻の本拠地に最も近い村の一つだった。
 村人たちは奮い立った。
 いまこそ神に我らの信仰を示すのだと。
 だが、それは理想でしかなかった。彼女たちを待っていたのは栄光でも神でもない。
 病魔である。



「……これで二十二人目……マーティの家の娘も病に罹ったわ……」
 村では流行り病が蔓延し、誰もが悲嘆にくれるか怒りのあまり拳を壁に叩きつけていた。
「ネクの息子もだ。くそ! だから早く魔物の悪石を砕き、救っておくべきだったんだ!」
「でも、もうこの村に魔物はいないのよ!? 病が収まらないのは我々が聖戦にふさわしくないからじゃ……」
 村人たちが熱っぽく議論を交わしているのは病が流行る前にささやかれた噂についてだ。
 曰く、
『魔物は聖別マディールを受けていたとしても聖戦の参加に先立ち、その悪石を砕き救わねばならない。さもなくば神の怒りが訪れるだろう』
 この噂で村は二つに分かれた。
 悪石を砕き、魔物を救うか。
 それとも聖別を受けた魔物は神がこの世にあることを許した魔物であり、軽々しく救ってはならないと。
 一部の暴走した村人がとある魔物の悪石を砕いたために、その村人たちを罰し、しばらくは沙汰を待つように村長は命じた。村民は皆それに従い、ひとまず騒ぎはひと段落したかに見えたが……一人の少女が病で命を落とし、さらに病にかかる村人が増え始めたことで議論の余地はなくなった。
 魔物を一匹残らず救い、誰もがこれで病が収まると信じた。
 しかし病はますます広がり、村人たちをおののかせていた。

 冷静に考えればそれは当然の結末だ。
 全般的に魔物は糞便の始末や清掃、廃棄物の処理、いわゆる3Kの仕事を担当している。
 それらがいなくなれば衛生環境が悪化するのは眼に見えているはずだった。
 しかし村人たちは魔物がそれらの仕事を担っていることを知らないか、知っていても過小評価していた。
 他の誰かがやるだろう。別にいなくてもうまくいくだろう。
 そんな何の根拠もない楽観論を口には出さずに、しかし誰もがそう考えていた。
 病の蔓延は留まるところを知らない。胸をかきむしるような不安ばかりが募っていく。しかし彼女らには希望があった。
 噂によるとこの病をかつての銀王のように癒すことのできる人物がいるという。
 そう、誰もが知るあの御方、銀の聖女である。
 神に認められ、慈愛あふれるあの聖女様ならば必ずや病に苦しむ自分たちの祈りを聞き逃さないに違いない。
 幸いなことに村人たちは銀の聖女様の顔を知っている。十数日前に商隊の売り子らしき子供から銀の聖女が描かれた絵画を購入していた。
 銀の聖女こそ、彼女たちの希望。毎朝毎夜、絵画を見て、銀の聖女と救世主、神に祈りを捧げていた。
 しかし、その絵画に描かれていた女性の顔はファティではない。
 その絵画に描かれていたのは、銀の髪をしたサリだった。



「ようし、順調だな」
 毎日毎日病人の看護もせずに祈りを捧げている村人たちを冷淡に見下す。
 もちろん神の怒りの病や魔物を殺せば健康になれるなどという噂が流れたのはオレたちの仕業だ。ついでに言えばサリの似顔絵を作ったのは我が国の工作班で、売りつけたのは変装した美月だ。
村人が病は蟻にとりつく悪魔がもたらした病に違いない! ……などと根拠なしに真相を当てられた時は若干焦ったのは内緒。
 もはや村人は心身ともに何かに縋ることしかできないほど衰弱している。
 ここまでくるとやることは例によってあれ。演劇のお時間だ。
 最近オレの中で異世界転生前おすすめ職業ランキング急上昇中なのが演劇監督だ。ちなみにランク一位が詐欺師。きっと荒稼ぎできるぞ。
 何はともあれこれで舞台は整った。
 後は役者と演出しだいだ。

「で、準備はいいか? サリ、美月、久斗」
「はい、もちろん」
 胸を張って答えたのはサリ。いつものように赤い髪をなびかせては……いない。
 サリの頭になびいているのは銀色の髪。
 オーガたちに教えてもらった銀色の毛を持った動物を狩り、その毛を加工してかつらにした。見た目じゃあ地毛にしか見えないなかなかの出来栄えだ。
 さらに髪とは対照的に黒く、整った法服に身を包んだサリは確かに聖女のように見える。
 馬子にも衣裳とは言ってやらないのが優しさだろう。

「期待してるぞ」
「お任せください。真の聖女としての役割を果たします」
 ちなみにサリは本気で自分が聖女だと信じ込んでいるようだ。いや、信じ込もうとしているのかな? オレとしてはそのどちらでも大した違いはない。
 サリがこの村人を騙してくれるなら、サリにいい思いをさせることに多少の苦労は厭わない。少なくともこいつが役に立つ間はな。

「美月。よく見ておけよ」
「はい。一言も聞き漏らさず、見逃しません」
 美月も銀の聖女にそのうちなってもらうかもしれないからな。予備はあるにこしたことはない。非情だが、これも作戦計画。
「それじゃあよろしく頼むよ。我らが銀の聖女様」
 皮肉気に独白した。

 この日、銀の聖女と呼ばれる存在が産まれた。
 サリ・トゥーハ。
 彼女こそ銀の聖女と呼ばれ、多くの人々の病をいやし……しかし実際にはたぶらかした。その行いによってエミシを救ったとさえ呼ばれる人物である。
 もっとも、銀の聖女という呼び名には侮蔑と皮肉、そして憎悪が込められていることに気付いていないのは彼女だけだった。
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