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第五章
401 薄暗いサーカス
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呼ばれたサリは茜と共に歓談していたようだ。
「茜。サリと何を話していたんだ?」
「赤い毛について! 銀色なんかよりも赤い髪の方がよっぽど素敵だって話していたんです!」
茜は豚羊の宗教せいで、赤毛であることを差別されていた。サリも露骨に差別されることはなかったかもしれないけれど、銀髪と比べられることはあったらしい。こういう地道な努力が他人を取り込む第一歩だな。
「サリ。象について知っているか? 知っているなら何でもいいから教えてくれ」
「かしこまりました」
サリは祈りを捧げるように説明した。
「象は聖別を受けていますが、その悪魔はあまりにも強大で、野に放たれている象にはいまだに神の声が届かず、改めて聖別を施す必要があるようです」
「野生の象を捕らえるのか? 危険じゃないか?」
「はい。毎年幾人もの犠牲が出ますが、これも救いをもたらすためです。ラオに棲息している象を捕らえ、王宮にて王族の方々が聖別を施すのです」
なるほど。地球でも象の繁殖は難しい。ここでもその方法は確立していないみたいだ。
「ラオの領主はソメル家だったか。ソメル家って有名なのか?」
「はい。クワイで五本の指に入る名家だと言われています。数年に一度ですが、彼女らの奮闘によって象が捕獲されるようです」
どうやらソメル家は象捕獲ビジネスで成り上がった口らしい。
そりゃまあ、あの象の捕獲、それも調教を施さなきゃいけないのなら、子供の象を捕獲しなけりゃならない。以前ティウから聞いた話では象は家族意識が強いはずだ。
子供をさらうなんて命がけに決まってる。そりゃご褒美の一つや二つなけりゃ成り立たない商売だろう。
「王族がどうやって聖別を施すか知っているか?」
「わかりません。それは王族の機密です」
わからん、という割に何でお前は自信満々なんだサリ。
最近サリは自信をつけてきた……いやはっきり言ってしまえば増長している。美月のよいしょがサリにとってとてもつぼだったらしい。
裏切られるよりはましだけど……美月が上手く制御できるかどうかだな。
サリについてはともかく、あの象をどうするべきか。見捨てるという選択肢はない。
無理矢理親元から引き離されて、挙句の果てに薬づけにされた被害者だ。
それに他にも象はいるから、もしもこいつを薬物中毒から救うことができれば、他の象たちだって助けられる。その苦労に見合う価値はある。
象は間違いなくありとあらゆる意味合いで優秀な生物だ。こんな正気を失っている状態ではなく、きちんと思慮分別がついている象をきちんと味方にできるのなら、これほど頼もしいものはない。
さらには野生、つまり本来の暮らしを営んでいる象を味方につけることさえ可能なはず。
ここまでが夢のある話。
最大の問題点は、薬物中毒から救い出す手段なんか存在しないこと。これはもうどうにもならない。
完全に治療できる方法なんか存在しない。あったら覚醒剤や麻薬なんかとっくの昔に根絶されてる。
この手の薬物のもっとも恐ろしい所は常習性がとにかく高いこと。立ち直るには意志の強さなんかじゃどうにもならず、きちんとした周囲のサポートが必須。
幸か不幸か阿片を入手する手段はない。時間さえあれば立ち直ることはできるかもしれない。……体がまだ壊れ切っていないから。
……いずれにせよ、念のために阿片を作っている場所を知りたい。本当に阿片なのかどうか、そしてこれ以上阿片を作らせないために。
クワイに阿片が流通していた形跡はない。つまり機密を完全に保持し、絶対に阿片を持ち出せない場所、そしてなおかつ象が必ず行く場所でなければならない。
考えるまでもない。
王宮だ。
クワイの王族の役割の一つは阿片の製造だったらしい。ありがたいことに王宮はもうもぬけの殻。調べるのに手間はかかるけど、妨害はない。
「和香。王宮にまだカッコウはいるか?」
信用ができて素早く仕事ができる和香にテレパシーで尋ねる。
「コッコー」
肯定の返事だ。考えるよりも感じることが会話のコツ。
「王宮で探してほしい草がある」
ケシの特徴をできるだけ伝える。王宮の動物はことごとく殺されていたようだけど、植物まで全て伐採していないはず。
ケシを地上から根絶するのは無理でも、象などの他の魔物に注意を促すことはできるだろうか。その辺りを交渉材料に据えれば象とも……うーん、どうだろうな。
象たちとの交渉を取りまとめるほどの時間と器量があるかどうか、だな。
やってみるまではわからん。
もっとも直近の課題は……。
「お役に立てましたか?」
この褒めてくださいオーラを前面に押し出しまくっているサリをどうするべきか。
敵は現在もエミシにじわじわと接近しているけれど、まだ余裕はある。やはり大軍だから動きが鈍くなるし、統制も取れていない。
今回のラオの手勢を楽に倒せたのは敵が孤立していたから。とはいえ土台無理な話だ。
テレパシーやスマホもなしに二千万匹をはるかに超す人員の移動を管理できるわけがない。思いっきり戦力分散の愚を犯してしまっている。
だからこそ銀髪の居所がわからないとも判断できるけどね。
しかしそれでもいつかは到達するし、ただの数の暴力がどれだけ厄介なのかはよくわかっている。大軍に奇策はいらんのだ。
時期尚早かもしれないけど、まだ余裕のある今のうちに策を講じるべきかもしれない。
「ああ。よくやってくれたよサリ。でも、お前の真価を発揮するのはこれからだ」
「では! ついに私が民の前に出るのですね!」
祈りを捧げながら、顔を輝かせる。
こいつはこいつで世界を救うつもりらしい。セイノス教の外に出てもその根本的な思考は変わらんか。
「そうだな。お前の初仕事だ。期待してるぞ」
そう。サリには期待している。
見事にクワイを、セイノス教を騙してくれることを。
「茜。サリと何を話していたんだ?」
「赤い毛について! 銀色なんかよりも赤い髪の方がよっぽど素敵だって話していたんです!」
茜は豚羊の宗教せいで、赤毛であることを差別されていた。サリも露骨に差別されることはなかったかもしれないけれど、銀髪と比べられることはあったらしい。こういう地道な努力が他人を取り込む第一歩だな。
「サリ。象について知っているか? 知っているなら何でもいいから教えてくれ」
「かしこまりました」
サリは祈りを捧げるように説明した。
「象は聖別を受けていますが、その悪魔はあまりにも強大で、野に放たれている象にはいまだに神の声が届かず、改めて聖別を施す必要があるようです」
「野生の象を捕らえるのか? 危険じゃないか?」
「はい。毎年幾人もの犠牲が出ますが、これも救いをもたらすためです。ラオに棲息している象を捕らえ、王宮にて王族の方々が聖別を施すのです」
なるほど。地球でも象の繁殖は難しい。ここでもその方法は確立していないみたいだ。
「ラオの領主はソメル家だったか。ソメル家って有名なのか?」
「はい。クワイで五本の指に入る名家だと言われています。数年に一度ですが、彼女らの奮闘によって象が捕獲されるようです」
どうやらソメル家は象捕獲ビジネスで成り上がった口らしい。
そりゃまあ、あの象の捕獲、それも調教を施さなきゃいけないのなら、子供の象を捕獲しなけりゃならない。以前ティウから聞いた話では象は家族意識が強いはずだ。
子供をさらうなんて命がけに決まってる。そりゃご褒美の一つや二つなけりゃ成り立たない商売だろう。
「王族がどうやって聖別を施すか知っているか?」
「わかりません。それは王族の機密です」
わからん、という割に何でお前は自信満々なんだサリ。
最近サリは自信をつけてきた……いやはっきり言ってしまえば増長している。美月のよいしょがサリにとってとてもつぼだったらしい。
裏切られるよりはましだけど……美月が上手く制御できるかどうかだな。
サリについてはともかく、あの象をどうするべきか。見捨てるという選択肢はない。
無理矢理親元から引き離されて、挙句の果てに薬づけにされた被害者だ。
それに他にも象はいるから、もしもこいつを薬物中毒から救うことができれば、他の象たちだって助けられる。その苦労に見合う価値はある。
象は間違いなくありとあらゆる意味合いで優秀な生物だ。こんな正気を失っている状態ではなく、きちんと思慮分別がついている象をきちんと味方にできるのなら、これほど頼もしいものはない。
さらには野生、つまり本来の暮らしを営んでいる象を味方につけることさえ可能なはず。
ここまでが夢のある話。
最大の問題点は、薬物中毒から救い出す手段なんか存在しないこと。これはもうどうにもならない。
完全に治療できる方法なんか存在しない。あったら覚醒剤や麻薬なんかとっくの昔に根絶されてる。
この手の薬物のもっとも恐ろしい所は常習性がとにかく高いこと。立ち直るには意志の強さなんかじゃどうにもならず、きちんとした周囲のサポートが必須。
幸か不幸か阿片を入手する手段はない。時間さえあれば立ち直ることはできるかもしれない。……体がまだ壊れ切っていないから。
……いずれにせよ、念のために阿片を作っている場所を知りたい。本当に阿片なのかどうか、そしてこれ以上阿片を作らせないために。
クワイに阿片が流通していた形跡はない。つまり機密を完全に保持し、絶対に阿片を持ち出せない場所、そしてなおかつ象が必ず行く場所でなければならない。
考えるまでもない。
王宮だ。
クワイの王族の役割の一つは阿片の製造だったらしい。ありがたいことに王宮はもうもぬけの殻。調べるのに手間はかかるけど、妨害はない。
「和香。王宮にまだカッコウはいるか?」
信用ができて素早く仕事ができる和香にテレパシーで尋ねる。
「コッコー」
肯定の返事だ。考えるよりも感じることが会話のコツ。
「王宮で探してほしい草がある」
ケシの特徴をできるだけ伝える。王宮の動物はことごとく殺されていたようだけど、植物まで全て伐採していないはず。
ケシを地上から根絶するのは無理でも、象などの他の魔物に注意を促すことはできるだろうか。その辺りを交渉材料に据えれば象とも……うーん、どうだろうな。
象たちとの交渉を取りまとめるほどの時間と器量があるかどうか、だな。
やってみるまではわからん。
もっとも直近の課題は……。
「お役に立てましたか?」
この褒めてくださいオーラを前面に押し出しまくっているサリをどうするべきか。
敵は現在もエミシにじわじわと接近しているけれど、まだ余裕はある。やはり大軍だから動きが鈍くなるし、統制も取れていない。
今回のラオの手勢を楽に倒せたのは敵が孤立していたから。とはいえ土台無理な話だ。
テレパシーやスマホもなしに二千万匹をはるかに超す人員の移動を管理できるわけがない。思いっきり戦力分散の愚を犯してしまっている。
だからこそ銀髪の居所がわからないとも判断できるけどね。
しかしそれでもいつかは到達するし、ただの数の暴力がどれだけ厄介なのかはよくわかっている。大軍に奇策はいらんのだ。
時期尚早かもしれないけど、まだ余裕のある今のうちに策を講じるべきかもしれない。
「ああ。よくやってくれたよサリ。でも、お前の真価を発揮するのはこれからだ」
「では! ついに私が民の前に出るのですね!」
祈りを捧げながら、顔を輝かせる。
こいつはこいつで世界を救うつもりらしい。セイノス教の外に出てもその根本的な思考は変わらんか。
「そうだな。お前の初仕事だ。期待してるぞ」
そう。サリには期待している。
見事にクワイを、セイノス教を騙してくれることを。
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