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秋葉夕雲

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第五章

400 薬災

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 ポツンと木々のなぎ倒された山間に倒れる象は微動だにしない。
 気絶しているのではなく、時間がたって落ち着きを取り戻したようだ。ではまずこちらから挨拶しよう。
「こんにちは! ご気分どう?」
 ……よく考えればいい気分なわけがないけど挨拶なんてそんなもんだろう。
「…………」
 はい無反応。
 探知能力は効いているからテレパシーが通じないわけではなさそう。単に会話する気がないようだ。
 やっぱりオレたちのことをよく思ってないのかな? かといってヒトモドキに尽くす義理もなさそうかな。
 ひとまず干した渋リン、ふかしたジャガオなどを口、というか鼻元においてみる。
 ふんふんと臭いを嗅いで……あ、食べた。
「美味いか?」
「…………」
 またしても無反応。うーむ、手ごわいなあ。とはいえこの様子だと暴れる気配はない。しかしこの巨体をオレたちの陣地まで運ぶのは一苦労だ。
 どうにかして歩いてもらわないとなあ。
 あれこれと方策を考えていると、何やらうめき声のようなものが聞こえた。

「お……」
 象が初めて言葉を発した。
「お? なんだ? どうかし――――」
「おおおおおおお!!!!」
 突然声にならない叫びをあげると今までおとなしくしていたのが嘘のように大暴れを始めた。寝転がったままじたばたするのは駄々っ子のようだけど、いかんせんあの巨体だ。
 ただ転がり回るだけで木々はへし折れ、危うく押しつぶされそうになる働き蟻が続出する。

「ちょ、ちょちょちょ!? ちょい!?」
 いかんオレまで言語能力を喪失しそうだ。
「お、落ち着けって!? さっきまでおとなしかっただろ!? 
 まさかさっきの渋リンとジャガオが口に合わなかったのか!? いや、そうだとしてもこの暴れっぷりはおかしいだろ!?
「あれを! あれをよこせええ!!!!」
 は? あれ?
「あれってどれだよ!」
 いかん。焦りのあまり思ったことをそのまま口に出してしまった。怒っている相手にオウム返しをしてもいいことはない。
 こういう時は落ち着きが大事だ。
 クール。オレはクール。実際にはそうじゃなくてもそうだと思うことが大事だ。
「もしも何が欲しいのか言ってくれたら、要求にこたえる自信はあるぞ」
「吸わせろ! 吸わせろ!!!!」
 ようやくまともな会話になってきたけど……なに? 吸わせろ?
 まさかママのおっぱいでも吸いたいのか? 茜でも呼ぶか? あいつ母乳出るぞ?
 ……真面目に考えよう。真面目に。
 こいつが何を欲しがっているのかはさっぱりわからないけど、こんな状態になっているのならヒトモドキはこいつが欲しがっている物を持っていると考えるべきだ。そうでないと今までおとなしくしていたことに説明がつかない。

「ようし! 象兵の死体を調べろ!」
 オレたちはいつだって相手の持ち物を奪って自分たちのものにしてきた! 今回も同じだ!
 敵から奪い、さらには象を手懐ける!
 いそいそと働き蟻たちが死体を漁る。すると、兵の内の一人が黒っぽい茶色の……なんだろう? 白雪糕? あのお菓子みたいなやつに似た感触の固形物を持っていた。
 他は普通の食料とかだったみたいだし、これかな?
 これ、なんだろう?
 お菓子? いや、吸うって言ってたから水に溶かすのか?
 ひとまず持っていくか。

「おーい。象。これであってるか?」
 黒っぽい固形物を象の目の前に置く。
 すると象は予想通りすさまじい反応を見せた。
「管は?」
「は、管?」
「管に入れて燃やせ! 早くしろ!」
 管? 吸う? 煙を吸うのか?
 ああつまり、パイプみたいなものか。
 ……。

 象に聞こえないように働き蟻にテレパシーを送る。
「なあ、その黒い固形物の匂いはどんな感じだ?」
「甘酸っぱいにおい」
 ……一般的に象は火を嫌う。
 さらに言えば煙もあまり得意じゃないはず。そんな象が何故そんなにも煙を吸いたがるのか?
 どうにも嫌な予感がする。単なる直感ではなく、事実としてひどく不吉な既視感がある。
 働き蟻にさらに問いかける。
「なあ、この固形物以外に管……パイプやキセルみたいなものを見つけなかったか?」
 テレパシーで形をイメージとして送る。
「壊れていたものなら、あった」
 なるほど。やはりこの固形物は燃やして煙を吸うのが正しい使い方のようだ。
 ああ、やっぱりそういうことだ。

「象。すまんが燃やせない。管は壊れていたから使えない」
 声にならない叫びをあげて立ち上がろうとした象を蜘蛛たちが糸で拘束して立ち上がらせない。いよいよ暴走し始めた象を完全に拘束していく。
 痛々しい叫びが聞こえる。欲しい。吸いたい。何故邪魔をする。
 地に轟くほどの叫びがこだまする。
 しかしそれでも、この固形物を渡せない。これの正体はおそらくわかった。確信はないけれどアルカロイド。恐らくケシの花から抽出されるオピエート。

 通称――――阿片。

 なるほどなるほど。
 そりゃ手っ取り早くて効率がいいだろう。
 薬漬けにしてしまえば逆らうことなんてできない。一旦中毒になってしまえばずっと今の象のような状態が続く。
 そりゃ助けようとしないはずだ。この世界で阿片を作れるのは、ヒトモドキだけだろうからな。
 救出したところでこんな風に正気を失うなら、本当の意味で助けられない。
 なんという文明的な野蛮さ。
 実に洗練された支配方法。嫌になるね。倫理も何もかも無視できるのなら、これが最適解かもしれない。
 でも、これはアウトだ。いくらオレでも、この方法だけは認められない。
 これだけは奪えない。誰に知られることもなく闇に葬らなければならない支配方法だ。こんな方法は民衆をダメにするリスクが大きすぎる。
 枝を太らせるために幹を腐らせてどうするんだ。
 さて、ではこの象をどうするべきか。
 見捨てるにはあまりにも忍びない。こいつは何ひとつ悪事を行っていない。薬で無理矢理いうことを聞かせられていただけだ。では、どうするべきか。
 ……わからん。
 もう少し情報が欲しい。
 クワイの内情を少しでも知る人物。
「サリを呼んでくれ。あいつの知識が必要だ」
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