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秋葉夕雲

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第五章

389 エン・ジム

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 爆発の煙が晴れるにつれ、ラーテル軍には動揺が広がり始めた。
 良くも悪くもトップが明確なせいなのか頂点が崩れればドミノ倒しのように崩れるだろう。
 もうすでに後ろを向いている敵もいる。だが。

 風を裂くような奇妙な音。それがラーテルの咆哮だと誰もがわかった。
 何しろ奴らは誰もが立ち上がっていたのだから。五頭のラーテルが血をだらだらと流しながらこちらをにらみつけている様子は恐怖しか感じない。
 それは敵にとっても同じだったのだろう。
 ラーテルという絶対的な頂点に対する恐怖を細胞の一片に至るまで刻み付けられた敵は一度だけ立ち止まると再び全身を始めた。

「何がそこまでさせるのかなあ」
 もはやラーテルの命は風前の灯火だ。顔が抉れた奴、腕が消し飛んだ奴、背中が丸ごとなくなった奴。
 どうせ死ぬのだから何をやったって意味がないのだ。
「武人の意地かもしれません」
 これは空。
「あるいはどこかに子供がいるかもしれんの」
 こちらは千尋。
 未来を託せる相手がいるなら、部下を無駄死にさせる価値があると言いたいらしい。
 ラーテルはともかく……部下までそれに付き合わせるのは奴らが完全に支配しているからだろう。異なる種族同士をきちんと結び付けることがどれほど大変なのかはよくわかっている。
「ラーテルお前たちはすごいよ。たった二年ほどでこれだけの軍勢を率いることができて。でもな、お前たちはそこまでなんだよ」
 死体に率いられた葬列が止められない進軍を続ける。もちろんオレたちは正々堂々と――――逃げる。ラーテルに致命傷は与えた。
 だから敵がくたばるまで逃げ続ければいい。
 デファイ・アントを帰還させれば爆弾の補充だってできる。
「お前たちの文明は戦って奪うか、勝って支配するかのどっちかだ。新しいものを作る余地がない。仮にここでオレを倒したところでオレと同じように、いやそれ以上の何かを作る力を持った奴に倒されるだけだ」
 テレパシー補正装置などを使った投降勧告は続けているが聞く耳を持たない。
 その間にも撤退を続けるエミシ軍に対して猛攻を仕掛け、少なくない犠牲が出てしまう。
 やがてラーテルが本当に物言わぬ死体になるが……それでもまだ進軍は止まらない。死体になっても動き続けたラーテルへの恐怖か、それとも忠誠の証なのか。
 夜中を過ぎるまで不気味な進軍は続いた。




 大過なくラーテルたちを殲滅した後、主だった幹部を集めて……実際に集まったわけではないけどテレパシーで遠隔地の部下に話しかけていた。
 千尋、瑞江、和香、空、茜。
 ひとまずはそんなところだ。

「さて、まず気になってるのはあの爆弾の正体だな」
「コッコー。一体どのように確保したのですか?」
 ふっふっふ。気になるよなあ。気になるよなあ!
 ラーテルたちに吹っ飛ばされた爆弾をどうやって取り戻したのか! ……まあ爆弾をぶっ飛ばしたのはオレなんだけどな。
「ちょっと回り道だけどまずはハーバーボッシュ法について説明しようか。これは水素と窒素からアンモニアを合成する手法だ。これに必要なのは当然水素。これは海藻から採取できるよな。窒素はそこら辺の空気中にいくらでもある。で、もう一つは白金だ」
「はい! どうして白金が必要なんですか?」
「元気よく重要な質問ありがとう茜。白金は触媒だよ。自身は反応しないけど、反応を促進させる物質。ざっくりまとめれば水素と窒素を白金触媒下で高温高圧を加えることがハーバーボッシュ法。ただしこの白金はまだ見つかっていないからハーバーボッシュ法は不可能だった」
 何故見つかっていない物質について詳しく知っているのかという質問は来ない。
 尋ねてはならないとみんな知っているからだ。
「ではその白金に代わる何かが見つかったのですか?」
「そんなところだよ空。ある酵素が見つかったんだ。酵素はわかるよな?
「確か、遺伝子という設計図によって生物が作る触媒……じゃったか?」
「丸。千尋。酵素はある意味生命の基礎と呼べる大事な物質だ。そしてこの酵素の中にも窒素からアンモニアを作れる酵素が存在する」
 全員が瞠目する気配を感じる。少しだけ間をおいてから答えを口にする。
「そいつがニトロゲナーゼ。窒素を食べ物に変える第一歩の酵素だ」
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