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秋葉夕雲

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第五章

379 食い違い

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「正気なのか?」
 和香からの詳細な報告を聞くにつれて頭痛を感じ始めたころに出たのがその言葉だった。馬鹿馬鹿しいことに、クワイ全土からほぼ全て……いや、すべての国民が樹海を目指しているらしい。
 そういう布告が成されたのち、実際に国民が民族大移動もかくやと言わんばかりに動き始めている。
「コッコー。正気ではないのかもしれません」
「全くだ。正気じゃないのかもな奴らは」
 芸が一つしかないオウムのような返しをしてしまうほど困惑していた。
 クワイは総力戦に突入した。それは理解できる。でもなあ。
「本当に国民全てを戦わせる馬鹿がいるかよ……」
 通常の農業畜産国家で労働力における兵隊の割合は10%くらいが限界だと聞いたことがある。もちろんそれでもかなり多い方で、通常なら1~5%くらいのはずだ。
 遊牧民のように戦闘に応用できるような技術を誰もが身につけているのは例外だ。田畑を維持するためにはその土地から頻繁に離れてはならないのだ。
 数か月以上無人になった田畑は田畑ではなく、ただの荒野になるだろう。クワイの基本産業は農業だ。というかそもそも外国が存在しないので交易なんかできない。
 農業の崩壊はクワイという国家の崩壊を意味する。いくら教皇とやらがぼんくらだったとしてもまさかそんなことがわからないはずはないだろう。
 であるならクワイは、その上層部は国家計画を完全に放棄したことになる。
 比喩抜きで総玉砕。確かにオレたちはあと二、三年あればすさまじいほどの軍事力を手に入れられるだろう。だから早めに潰すという選択肢は理解できるけど、これじゃあ相打ちにしかならない。
 訳がわからないって。オレにはわからん。なので少しでもわかるかもしれない奴、具体的にはティウに聞いてみることにする。この一見むちゃくちゃな自滅に何か政治的な意味があるのなら、あいつがアドバイスをくれるだろう。



「はははは。いやさっぱりわかりませんな。政治的な意味などないのでは?」
「わからんのかい!」
 おもわずツッコんじゃったじゃないかこの神官長!
「いえいえいえ。政治的な意味などないという意味での分からない、ということですよ」
「……いや、それでも言ってる意味がわからないけど」
「ここまで極端な行動は意味を考えるよりも心情を読む方がいいでしょう」
「……?」
 論理によって行動していないということか? ……確かにそういう感情を読むのは苦手だけどな。
「例えば恐怖です。あの魔王は無敵だと思っていたのではないでしょうか。それが思わぬ反撃にあってしまい、恐怖にかられた敵の上層部は恐慌状態に陥り、死への恐怖、あるいは没落への危機感から国民全てを犠牲にしてでも生き延びなければならないと思ってしまった」
 なるほど。生き物はパニックになると途端に理性を手放す。
 あっさりとデマを信じ、平時ではしないような失敗を繰り返してしまう。
「でもそれはおかしくないか? 聖戦が布告されたのは銀髪が負傷してからすぐだ。奴らの連絡手段じゃ間に合わない」
 一応伝書鳩みたいな連絡手段はあるらしいけど、高原の空は鷲の支配下だ。そうそう簡単に鳩なんか飛ばせないし、それでも数日のタイムラグはあるはず。
「ですが我々ならば一瞬で会話できる距離でしょう? 奴らも実は同じことができるということはありませんか?」
「……まあな」
 ティウの言いたいことはわかる。
 クワイが極秘裏に長距離テレパシーができる魔物などを確保している可能性はある。
 根拠は二つ。
 一つはやはり魔物を飼育するには女王蟻やマーモットのような強力なテレパシー能力を持った魔物が必要だということ。クワイには表向きそれを利用していないけど、裏ではどうかわからない。
 二つ目は国土の広さだ。クワイが支配する土地の総面積は多分現代の中国よりちょっと広い位じゃないだろうか。その広さをカバーするにはやはりテレパシーが必要ではないか。
 その秘密を王族の誰かが知っているかもしれないと思って美月と久斗が殺した奴の死体を調べてみたけど……何もなかったからなあ。
 王族そのものはでしかないはずだ。

「一つそもそもの疑問があるのですがよろしいですかな?」
「疑問? 何?」
「敵の上層部が我々の予想通りだとして、何故魔王はそれを容認しているのでしょうか」
 銀髪が教皇や王族に従う理由か。今までの話を総合すると、銀髪がクワイ上層部に反旗を翻すとは考えていないようだ。
「何か銀髪……魔王が従わなければならない理由があるのか……?」
「恐らく。魔王の目的がどのようなものかはっきりとはしませんが、力においても名声においても魔王に比類する誰かはいないでしょう。であるなら、それ相応の理由があるはずです」
「つまり、教皇や王族を生きたまま手中に収めれば銀髪を脅迫する材料が手に入るかもしれないのか?」
「今までの戦略が通じなくなった以上、あらたに魔王を止める手立てが必要でしょう」
 ティウの言葉はやんわりとオレの作戦が崩壊したことを指摘している。以前首都を攻めて銀髪を攻めさせない状況を作ると言ったけど、それはあくまでも守らなければならないものがあるという前提だった。
 今の銀髪ならありとあらゆるものを守らなくていい。土地も、人も、権威も、有形無形を問わず銀髪は全てを振り捨ててこちらを攻撃できる。



 言わずもながだが。
 ティウにせよ紫水にせよ事実上国の頂点に立つ存在である。そして同時に理性を貴んでいる。
 だからこそ国という体制の維持に心を砕く。それこそが他人と自分の利益に繋がると信じている。
 どれほどの暗君であれ、国がなくなれば困るということくらい理解できるはずなのだから。
 敵が国という体制を全く重要視していないどころか、そもそも国などなくていいという理念を持った国家元首がいるとは想像できないのだ。



「銀髪がこっちの首都を直接攻撃することがあると思うか?」
 アニメやらドラマでどこぞのヒーローが単身敵の本拠地に乗り込むシチュエーションがよくあるけど、確かに圧倒的な武力を持った個人がいるならその方が効率がいい。
「……ふむ。どうでしょうな。奴らとて爆弾は警戒するでしょう。一度は追いつめたのですし。それに案外人目がないと攻撃はできないかもしれません。我々を倒したという証明ができませんから」
 あ、そうか。この世界には写真もビデオもない。意外とオレたちを倒したという証明は難しいのだ。仮にあったところでオレの死体と記念撮影する気分になれるかどうかはわからんけど。
「ひとまずあいつが単独突撃することはないという仮定をしよう。これから敵の行動は大量の国民で目くらましをしつつ、銀髪が軍勢を率いるってところかな」
「恐らくはそのようなところでしょう」
「雑魚をどうにかさばきつつ、銀髪を留めて、王族や教皇の身柄をおさえる。こんなもんか」
 最後の手段としてはサリや美月たちを人質にして銀髪と交渉する。奴が冷酷な判断を行えば無意味だけど一瞬でも動きが止められれば御の字だ。
「それがよいでしょう」
 ひとまず基本戦略は決まった。ただまあ誤算があるとすれば。オレたちの周囲は基本的に敵が多いってことだ。
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