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第五章
364 美しき獲物
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この数日草原をひたすら駆け抜けた甲斐があり、蟻の本拠地に最短経路で侵入できる山が地平線に見えるころ合いになっていた。現在騎士団は二手に分かれ、先遣隊が山越えの準備を整え、後方の部隊が輜重隊などの脚の遅い部隊を進軍させていた。
ファティやアグルは先遣隊に同行し、ウェングやティキー、美月と久斗は後方の部隊にいた。
「聖女様。一日すれば山道に入ります。邪悪なる蟻の土地に足を踏み入れますがこれも神の御導き。ご容赦くだ――――」
「伝令!」
アグルが恭しくファティに語り掛けるが、その言葉は遮られた。ただ単に予定を伝えただけで、返事を期待してはない。
しかしファティをいと貴き御方として扱わなければならないアグルにとって会話を邪魔されることは決して心地よくない。
「どうした。何があった」
「偵察からの報告です! ここから先に魔物の群れがいるとのこと!」
「数と距離は?」
「おおよそ一万弱! このまま歩けば昼までには会敵するとのこと!」
今は朝方。奇襲や待ち伏せが得意な敵の軍勢をこの時点で発見できたのは大きい。とはいえ油断はしない。その群れが陽動や囮である可能性も考慮する。
いずれにせよ彼女の力無しでは勝てないだろう。
「お聞きになりましたか聖女様。もうすぐ敵が来ます。私は騎士団長様と協議します」
今回の騎士団長はルファイ家の息がかかっておりアグルの意見もそれなりに聞いてくれている。
良い兆候だ。
このままいけばアグルはルファイ家にとってなくてはならない存在になれるだろう。問題はタストが負傷したこと……そしてそれ以上に神の天啓だ。
あの神は確かにファティについて語っていた。それがアグルにとって影を落としていた。
アグルにとってファティはただ強いだけの小娘に過ぎない。周囲が思っているほど英邁でも、神秘的でもない。
だからアグルはクワイの民ではまずありえない疑いを持っていた。即ち、あれが本当に神かどうかということ。
もっとも疑っていたからと言って何ができるわけでもないのだが。銀の聖女を絶対視する流れはすでにアグルがどうこうできる段階をとっくに過ぎていた。
いつものように騎士団長が会敵を前にして演説を始める。特に今日は神からの託宣があったということもあり、演説には特に力が入っていた。だが、その熱に反してどよめきと混乱が徐々に出始め、遂には騎士団長が声を張り上げた。
「静かになさい! 今は神に祈りをささげる演説の最中ですよ!」
だがどよめきは静まるどころか激しくなっている。しかし突如としてそのどよめきは収まる。否、あまりのことに驚き固まっていた。誰もが、立ち止まり、恐怖と驚きで固定化された表情で空を見上げていた。
それにつられて振り返り上空を見上げた騎士団長は――――全く同じ表情のまま固まった。
はじめは鳥だと思っていた。次に雲のように見えた。
だがしかしそれは徐々に大きく、はっきりと視界に収められた。それは――――空飛ぶ船だった。
「さて、ヒトモドキ諸君。我らが飛行船、デファイ・アントを見た感想はどうかな?」
「コッコー。大口を開けて微動だにしません」
ははは。驚いてくれたようで何よりだ。
奴らにとってこんなにでかいものが空を飛ぶなんて想像もできなかっただろう。
全長約80メートルの軟式飛行船。最高時速およそ50キロ。最大積載量二トン。こいつを初めて見たティウは神の使いか何かと勘違いして拝みだしたくらいだ。
飛行船の原理はそこそこ単純。
空気より軽い気体を詰めた気嚢を浮力として宙に浮き、そこに動力や進路を調節するための機構を取り付ける。
地球では型落ちの骨とう品だけどこの世界じゃ驚異の新兵器だ。
以前船から採取した海藻から取り出した水素を浮力に。動力は内燃機関の代わりにスカラベたちの魔法によって確保した。ありがたいことにあいつらの物体を回転させる魔法は空中でも、数十キロ離れても十分届く。
動力を外部から届けることにより、重量と技術的困難を大幅に削減。さらに火気もカット! だって浮力は水素だからね! 水素は超燃える! あ、でもヒステンブルク号の火災原因は水素じゃないって説もあるらしいけど……まあ燃える道具はほぼ禁止!
素材の大部分は繊維強化プラスチック! 強度がちょっと不安だけど……大丈夫。多分!
ちなみに乗組員は蟻が四人。後は通信要員マーモットが二人。そして鷲やカッコウなどの航空要員。つまりこの飛行船はかっこいい呼び方で呼ぶなら、鷲やカッコウを戦闘機に見立てた飛行空母だ。
主な役割は飛行する魔物を支援するための乗り物ということになる。爆弾や食料を積み込み、地上に降りなくても飛行する魔物を活動させ続けるための兵器。拠点が地上にあると銀髪に一発でふっとばされるからね。
ただし、飛行船が地球において廃れたように弱点も満載。
まず動きが鈍い。
これはエンジンの質の問題。いくらスカラベが頑張っても正真正銘の内燃機関には勝てん。
あとやっぱり炎上(物理)が怖い。今のところ事故はないけど落雷でもあれば面白い位燃えるに違いない。
そしてやはりこれ。
安定性が非っ~~~~常~~~~に悪い。ぐらんぐらん空中で揺れるんだぜ!? 乗組員は生きた心地しなかったそうだぞ!?
その影響で風にもめちゃくちゃ弱いから天候が不安定な高原での運用は厳しい。
ただその欠点も飛行する魔物と組み合わせれば多少はましになる。連中は空気の流れを読むことに関しては人間では到達できない地点に存在する。実際に飛行船の航空士は経験と勘によって風を読んだらしいけど、飛行する魔物は産まれてから風を読み続けている生き物だ。
むしろ風を読めなくなった時が死に時だと言っていい。不安定でもきちんと先導してくれる。
でも戦闘力はないんだけどね! だって実質輸送船だしねこれ! 多分第二次世界大戦あたりの戦闘機が一機いれば楽に撃墜できる空飛ぶ張りぼてだ!
しかし張りぼてでもそれが浮いてりゃビビってくれるし何より当然と言えば当然だけど……空中には遮蔽物が一切ない。ここからなら軍勢を無視して銀髪を狙える。そのための、そのためにこいつは作られたのだから。
ファティやアグルは先遣隊に同行し、ウェングやティキー、美月と久斗は後方の部隊にいた。
「聖女様。一日すれば山道に入ります。邪悪なる蟻の土地に足を踏み入れますがこれも神の御導き。ご容赦くだ――――」
「伝令!」
アグルが恭しくファティに語り掛けるが、その言葉は遮られた。ただ単に予定を伝えただけで、返事を期待してはない。
しかしファティをいと貴き御方として扱わなければならないアグルにとって会話を邪魔されることは決して心地よくない。
「どうした。何があった」
「偵察からの報告です! ここから先に魔物の群れがいるとのこと!」
「数と距離は?」
「おおよそ一万弱! このまま歩けば昼までには会敵するとのこと!」
今は朝方。奇襲や待ち伏せが得意な敵の軍勢をこの時点で発見できたのは大きい。とはいえ油断はしない。その群れが陽動や囮である可能性も考慮する。
いずれにせよ彼女の力無しでは勝てないだろう。
「お聞きになりましたか聖女様。もうすぐ敵が来ます。私は騎士団長様と協議します」
今回の騎士団長はルファイ家の息がかかっておりアグルの意見もそれなりに聞いてくれている。
良い兆候だ。
このままいけばアグルはルファイ家にとってなくてはならない存在になれるだろう。問題はタストが負傷したこと……そしてそれ以上に神の天啓だ。
あの神は確かにファティについて語っていた。それがアグルにとって影を落としていた。
アグルにとってファティはただ強いだけの小娘に過ぎない。周囲が思っているほど英邁でも、神秘的でもない。
だからアグルはクワイの民ではまずありえない疑いを持っていた。即ち、あれが本当に神かどうかということ。
もっとも疑っていたからと言って何ができるわけでもないのだが。銀の聖女を絶対視する流れはすでにアグルがどうこうできる段階をとっくに過ぎていた。
いつものように騎士団長が会敵を前にして演説を始める。特に今日は神からの託宣があったということもあり、演説には特に力が入っていた。だが、その熱に反してどよめきと混乱が徐々に出始め、遂には騎士団長が声を張り上げた。
「静かになさい! 今は神に祈りをささげる演説の最中ですよ!」
だがどよめきは静まるどころか激しくなっている。しかし突如としてそのどよめきは収まる。否、あまりのことに驚き固まっていた。誰もが、立ち止まり、恐怖と驚きで固定化された表情で空を見上げていた。
それにつられて振り返り上空を見上げた騎士団長は――――全く同じ表情のまま固まった。
はじめは鳥だと思っていた。次に雲のように見えた。
だがしかしそれは徐々に大きく、はっきりと視界に収められた。それは――――空飛ぶ船だった。
「さて、ヒトモドキ諸君。我らが飛行船、デファイ・アントを見た感想はどうかな?」
「コッコー。大口を開けて微動だにしません」
ははは。驚いてくれたようで何よりだ。
奴らにとってこんなにでかいものが空を飛ぶなんて想像もできなかっただろう。
全長約80メートルの軟式飛行船。最高時速およそ50キロ。最大積載量二トン。こいつを初めて見たティウは神の使いか何かと勘違いして拝みだしたくらいだ。
飛行船の原理はそこそこ単純。
空気より軽い気体を詰めた気嚢を浮力として宙に浮き、そこに動力や進路を調節するための機構を取り付ける。
地球では型落ちの骨とう品だけどこの世界じゃ驚異の新兵器だ。
以前船から採取した海藻から取り出した水素を浮力に。動力は内燃機関の代わりにスカラベたちの魔法によって確保した。ありがたいことにあいつらの物体を回転させる魔法は空中でも、数十キロ離れても十分届く。
動力を外部から届けることにより、重量と技術的困難を大幅に削減。さらに火気もカット! だって浮力は水素だからね! 水素は超燃える! あ、でもヒステンブルク号の火災原因は水素じゃないって説もあるらしいけど……まあ燃える道具はほぼ禁止!
素材の大部分は繊維強化プラスチック! 強度がちょっと不安だけど……大丈夫。多分!
ちなみに乗組員は蟻が四人。後は通信要員マーモットが二人。そして鷲やカッコウなどの航空要員。つまりこの飛行船はかっこいい呼び方で呼ぶなら、鷲やカッコウを戦闘機に見立てた飛行空母だ。
主な役割は飛行する魔物を支援するための乗り物ということになる。爆弾や食料を積み込み、地上に降りなくても飛行する魔物を活動させ続けるための兵器。拠点が地上にあると銀髪に一発でふっとばされるからね。
ただし、飛行船が地球において廃れたように弱点も満載。
まず動きが鈍い。
これはエンジンの質の問題。いくらスカラベが頑張っても正真正銘の内燃機関には勝てん。
あとやっぱり炎上(物理)が怖い。今のところ事故はないけど落雷でもあれば面白い位燃えるに違いない。
そしてやはりこれ。
安定性が非っ~~~~常~~~~に悪い。ぐらんぐらん空中で揺れるんだぜ!? 乗組員は生きた心地しなかったそうだぞ!?
その影響で風にもめちゃくちゃ弱いから天候が不安定な高原での運用は厳しい。
ただその欠点も飛行する魔物と組み合わせれば多少はましになる。連中は空気の流れを読むことに関しては人間では到達できない地点に存在する。実際に飛行船の航空士は経験と勘によって風を読んだらしいけど、飛行する魔物は産まれてから風を読み続けている生き物だ。
むしろ風を読めなくなった時が死に時だと言っていい。不安定でもきちんと先導してくれる。
でも戦闘力はないんだけどね! だって実質輸送船だしねこれ! 多分第二次世界大戦あたりの戦闘機が一機いれば楽に撃墜できる空飛ぶ張りぼてだ!
しかし張りぼてでもそれが浮いてりゃビビってくれるし何より当然と言えば当然だけど……空中には遮蔽物が一切ない。ここからなら軍勢を無視して銀髪を狙える。そのための、そのためにこいつは作られたのだから。
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