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第五章
360 古い土
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春から夏に変わろうとする装いを見せる木々の隙間にはらんらんと輝く瞳がこちらを見つめている。
眉狸に警告を発した翌日、千尋が数百人の蟻や蜘蛛を率いて樹海の南部にある山林に布陣していた。
「昨日の警告に従い、要望を聞き入れなければ妾たちが攻撃を開始する!」
千尋の言葉を同伴している女王蟻がテレパシーで伝える。
「嫌やな! 何でわしらがお前らのいうこと聞かなあかんねん!」
テレパシーの翻訳の都合なのか関西弁らしき方言ではっきりと拒絶する眉狸の親玉。でっぷりと肥え太った腹からはいいもん食ってるんだろうなあという発想が思い浮かぶ。
体型は眉狸だけど、本当に眉がある。やっぱりハクビシン辺りと混じっているのだろうか?
「念のために理由を聞いておこう」
千尋が冷静に問いただす。こいつも成長したよなあ。
「理由ぅ? そんなもんいるかい! 上から目線で物言うてくるお前らが気に入らんのや!」
気持ちはわからんでもない。いきなりずかずか押し入ってくれば顔をしかめたくもなる。ただしこっちにも事情がある。可及的速やかに眉狸の山からあれを持ち帰らなければならないのだ。
「お前らがさっさと出ていかんかい! 出ていかへんねやったら、どつくでえ! やってまえ!」
そう言うと眉狸の群れは一斉に鳴き始めた。
喉の奥から絞り出すようなキューン、と意外に可愛らしい鳴き声だった。
眉狸の魔法はそれこそ魔法らしい魔法で、鳴き声を聞いた魔物を眠らせる魔法だ。狸には仮死状態になって敵を欺く習性があり、これが狸寝入りの語源になったとも言われている。相手を強制的に仮死状態にさせる魔法。ティウからの情報提供によってすでに判明している。
一匹一匹ではそれほどの効果はないけど、数十匹、数百匹の群れなら効果は高い。――――まともに食らえばな!
すでにその手の魔法の対処方法は構築済みだ!
「琴音! 逆位相!」
「わかったにゃ」
眉狸の鳴き声との逆位相の音を魔法によって生み出し、眉狸の鳴き声を消失させていく。
「な、なんやて!?」
以前戦った鵺は眉狸の魔法をより攻撃的にさせた魔法だった。もしかしたら鵺にも眉狸の性質が含まれていたのかもしれない。あれに比べればこの程度は児戯に等しい。
自分たちのとっておきを封じられた眉狸は眼に見えてうろたえている。さて、ここで間髪入れずに次の手を打つか。
陣の後方から鷲が飛び立つ。ぐんぐん上昇するそれは山の中腹、誰もいない場所めがけて何かを落とした。
それが地面に落ちた瞬間、とてつもない轟音と衝撃をまき散らす。
「な、なんやて――――――!?!?!?」
初めて爆弾を見た眉狸は驚きのあまりひっくり返ってしまった。腹を仰向けにしてのけぞる様子はいっそ喜劇のようだ。
「ふ、驚いたようだな。これは爆弾という兵器だ。先に言っておくがこれはまだまだあるぞ」
千尋が言葉を終えると一斉に鷲が飛び立つ。
飛行する魔物を爆撃機のように使うことを想定していたけどいざ実現するとなるとオレ自身でさえもうすら寒い恐怖を感じる。
……実はハッタリなんだけどな! ダイナマイトはまだそんなにない。千尋には嘘の情報を伝えているから千尋自身は嘘をついていると思っていないはずだ。
起き上がった眉狸の頭領は怒りや焦りで膨れ上がった顔をこちらに向ける。
「その、爆弾をどないするつもりやねん」
「もちろん、そちらに落とす。こちらの条件をのめば話は別だがのう」
千尋の挑発的なセリフにますます怒気を漲らせた眉狸は空気を溜めるように大きく息を吸い込み、そして――――。
数時間後。
「いやいやいやいや。いや―、ほんまにすごかったなあ! あ、千尋はん! も一ついかがでっか!」
「もぐもぐ。ぷはー。おいしいねー」
千尋は眉狸の頭領であるオルーシから歓迎の宴席を開かれていた。あまりにも早い変わり身。誰も見逃さないな。
「それであの爆弾でっか。ありゃいったいどうやってるんでっか?」
前言訂正。こいつを見逃してはおけない。意外と抜け目なくこちらを探ってる。
「どうやるんだろうね~? よく知らないよ~?」
しかし千尋には爆弾の原理はわからなかった! わからないなら情報は漏れないな!
「そうでっか! あ、それと例のもんはいくらでも持っていって構いまへんで! せやけどこっちの言うことも一個だけ聞いてもらえまへんか?」
「ん~? 何~?」
「わしらもみなさんの傘下に加えてもらえへん?」
そう来たかあ。こいつホントにいい根性してる。今までにいなかったタイプだ。地球人類ならこの手の人種は腐るほどいるけど魔物にはほぼいない。恥もプライドも何もなく強いものにあっさり従うコバンザメ気質。わかりやすくていいけどな。
「紫水に聞いた方がいいかな~?」
「それがあんたんとこの王様でっか?」
「そうだよ~」
「ほな紫水はんはどちらにいらっしゃるんでっか?」
どうやらお呼びらしい。
「オレなら全部会話を聞いてるぞ」
「おー! 紫水はんでっか! いやあ、こりゃご丁寧にどうも! で、どないです? わしらは役に立ちまっせ」
確かにそれは異論がない。眉狸の魔法は相手の精神に働きかけるデバフタイプで上手くやれば物理的には無敵の敵でも行動不能にできるかもしれない。
しかし、その反面対策も立てやすい。オレたちがやったように発動条件を満たさないようにしたり、ヒトモドキのグモーヴとかいう毒キノコは食べると興奮する代わりに一部の精神にかかわる魔法を弾く。はまると強い分、嵌められない方法も結構ある。とはいえ味方は欲しい。
良くも悪くも欲望に忠実な眉狸はオレたちが勝つ限りは味方に付いたままだろう。
「いいよ」
「やや! 寛大やなあ! 流石王さんや!」
調子いいなあ。とりあえずオルーシは千尋に任せてオレは目当ての物を確かめに行こう。
オレがどうしても行きたかった場所。それは……眉狸のトイレだ。
狸にトイレなんかあるのか? あるのだ。地球の狸にはため糞をする習性があるのだ。糞をする場所を決めておき、縄張りを決めたり健康状態を伝えあうことができるらしい。
どうやらこの世界でもその習性はあったらしい。そして糞が行われている場所の土を調べている。
「紫水。硝酸塩の析出が確認されました」
「でかした。実に素晴らしい成果だ」
オレが今回試したのは古土法と呼ばれる硝酸の入手方法に近い。家畜小屋や農家の軒下の土から硝酸を取得する方法。
少なくともヒトモドキの農家ではそれはできない。奴らは海老を掃除屋として使っており、水の魔法によって洗い流されてしまうのだ。アンティ同盟は論外。奴らは基本的に一か所に留まる生活をしない。
硝酸は水に溶けやすい。だから地球の狸のトイレに硝酸が析出されることはない。しかしこの眉狸たちは木などを編んだり、植物を組み込んだ家を作る。だから、硝酸が溶け出さずに残っている。
加えて糞は立派な有機肥料だけど、眉狸たちはまだ農業を行っていない。だから糞を何かに利用するという発想が薄い。
数万人を超える眉狸が数十年以上貯め込んだ糞。これで当座の硝酸は確保できるだろう。どう使うかは……これから次第だけどな。
眉狸に警告を発した翌日、千尋が数百人の蟻や蜘蛛を率いて樹海の南部にある山林に布陣していた。
「昨日の警告に従い、要望を聞き入れなければ妾たちが攻撃を開始する!」
千尋の言葉を同伴している女王蟻がテレパシーで伝える。
「嫌やな! 何でわしらがお前らのいうこと聞かなあかんねん!」
テレパシーの翻訳の都合なのか関西弁らしき方言ではっきりと拒絶する眉狸の親玉。でっぷりと肥え太った腹からはいいもん食ってるんだろうなあという発想が思い浮かぶ。
体型は眉狸だけど、本当に眉がある。やっぱりハクビシン辺りと混じっているのだろうか?
「念のために理由を聞いておこう」
千尋が冷静に問いただす。こいつも成長したよなあ。
「理由ぅ? そんなもんいるかい! 上から目線で物言うてくるお前らが気に入らんのや!」
気持ちはわからんでもない。いきなりずかずか押し入ってくれば顔をしかめたくもなる。ただしこっちにも事情がある。可及的速やかに眉狸の山からあれを持ち帰らなければならないのだ。
「お前らがさっさと出ていかんかい! 出ていかへんねやったら、どつくでえ! やってまえ!」
そう言うと眉狸の群れは一斉に鳴き始めた。
喉の奥から絞り出すようなキューン、と意外に可愛らしい鳴き声だった。
眉狸の魔法はそれこそ魔法らしい魔法で、鳴き声を聞いた魔物を眠らせる魔法だ。狸には仮死状態になって敵を欺く習性があり、これが狸寝入りの語源になったとも言われている。相手を強制的に仮死状態にさせる魔法。ティウからの情報提供によってすでに判明している。
一匹一匹ではそれほどの効果はないけど、数十匹、数百匹の群れなら効果は高い。――――まともに食らえばな!
すでにその手の魔法の対処方法は構築済みだ!
「琴音! 逆位相!」
「わかったにゃ」
眉狸の鳴き声との逆位相の音を魔法によって生み出し、眉狸の鳴き声を消失させていく。
「な、なんやて!?」
以前戦った鵺は眉狸の魔法をより攻撃的にさせた魔法だった。もしかしたら鵺にも眉狸の性質が含まれていたのかもしれない。あれに比べればこの程度は児戯に等しい。
自分たちのとっておきを封じられた眉狸は眼に見えてうろたえている。さて、ここで間髪入れずに次の手を打つか。
陣の後方から鷲が飛び立つ。ぐんぐん上昇するそれは山の中腹、誰もいない場所めがけて何かを落とした。
それが地面に落ちた瞬間、とてつもない轟音と衝撃をまき散らす。
「な、なんやて――――――!?!?!?」
初めて爆弾を見た眉狸は驚きのあまりひっくり返ってしまった。腹を仰向けにしてのけぞる様子はいっそ喜劇のようだ。
「ふ、驚いたようだな。これは爆弾という兵器だ。先に言っておくがこれはまだまだあるぞ」
千尋が言葉を終えると一斉に鷲が飛び立つ。
飛行する魔物を爆撃機のように使うことを想定していたけどいざ実現するとなるとオレ自身でさえもうすら寒い恐怖を感じる。
……実はハッタリなんだけどな! ダイナマイトはまだそんなにない。千尋には嘘の情報を伝えているから千尋自身は嘘をついていると思っていないはずだ。
起き上がった眉狸の頭領は怒りや焦りで膨れ上がった顔をこちらに向ける。
「その、爆弾をどないするつもりやねん」
「もちろん、そちらに落とす。こちらの条件をのめば話は別だがのう」
千尋の挑発的なセリフにますます怒気を漲らせた眉狸は空気を溜めるように大きく息を吸い込み、そして――――。
数時間後。
「いやいやいやいや。いや―、ほんまにすごかったなあ! あ、千尋はん! も一ついかがでっか!」
「もぐもぐ。ぷはー。おいしいねー」
千尋は眉狸の頭領であるオルーシから歓迎の宴席を開かれていた。あまりにも早い変わり身。誰も見逃さないな。
「それであの爆弾でっか。ありゃいったいどうやってるんでっか?」
前言訂正。こいつを見逃してはおけない。意外と抜け目なくこちらを探ってる。
「どうやるんだろうね~? よく知らないよ~?」
しかし千尋には爆弾の原理はわからなかった! わからないなら情報は漏れないな!
「そうでっか! あ、それと例のもんはいくらでも持っていって構いまへんで! せやけどこっちの言うことも一個だけ聞いてもらえまへんか?」
「ん~? 何~?」
「わしらもみなさんの傘下に加えてもらえへん?」
そう来たかあ。こいつホントにいい根性してる。今までにいなかったタイプだ。地球人類ならこの手の人種は腐るほどいるけど魔物にはほぼいない。恥もプライドも何もなく強いものにあっさり従うコバンザメ気質。わかりやすくていいけどな。
「紫水に聞いた方がいいかな~?」
「それがあんたんとこの王様でっか?」
「そうだよ~」
「ほな紫水はんはどちらにいらっしゃるんでっか?」
どうやらお呼びらしい。
「オレなら全部会話を聞いてるぞ」
「おー! 紫水はんでっか! いやあ、こりゃご丁寧にどうも! で、どないです? わしらは役に立ちまっせ」
確かにそれは異論がない。眉狸の魔法は相手の精神に働きかけるデバフタイプで上手くやれば物理的には無敵の敵でも行動不能にできるかもしれない。
しかし、その反面対策も立てやすい。オレたちがやったように発動条件を満たさないようにしたり、ヒトモドキのグモーヴとかいう毒キノコは食べると興奮する代わりに一部の精神にかかわる魔法を弾く。はまると強い分、嵌められない方法も結構ある。とはいえ味方は欲しい。
良くも悪くも欲望に忠実な眉狸はオレたちが勝つ限りは味方に付いたままだろう。
「いいよ」
「やや! 寛大やなあ! 流石王さんや!」
調子いいなあ。とりあえずオルーシは千尋に任せてオレは目当ての物を確かめに行こう。
オレがどうしても行きたかった場所。それは……眉狸のトイレだ。
狸にトイレなんかあるのか? あるのだ。地球の狸にはため糞をする習性があるのだ。糞をする場所を決めておき、縄張りを決めたり健康状態を伝えあうことができるらしい。
どうやらこの世界でもその習性はあったらしい。そして糞が行われている場所の土を調べている。
「紫水。硝酸塩の析出が確認されました」
「でかした。実に素晴らしい成果だ」
オレが今回試したのは古土法と呼ばれる硝酸の入手方法に近い。家畜小屋や農家の軒下の土から硝酸を取得する方法。
少なくともヒトモドキの農家ではそれはできない。奴らは海老を掃除屋として使っており、水の魔法によって洗い流されてしまうのだ。アンティ同盟は論外。奴らは基本的に一か所に留まる生活をしない。
硝酸は水に溶けやすい。だから地球の狸のトイレに硝酸が析出されることはない。しかしこの眉狸たちは木などを編んだり、植物を組み込んだ家を作る。だから、硝酸が溶け出さずに残っている。
加えて糞は立派な有機肥料だけど、眉狸たちはまだ農業を行っていない。だから糞を何かに利用するという発想が薄い。
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