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第五章
358 狸合戦
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ヒャッホウ大勝利……なんだよなあ、はあ。
戦術的には勝利。戦略的には大敗北。これで銀髪が攻め込む大義名分をこれでもかというほど渡してしまった。数週間後には……いやもしかしたらもっと早くに銀髪がやってくる。
至急対策を練らなければ。
「では今度こそ銀髪に負ければよいではありませんか」
さらっと言い切ったのは翼だ。銀髪にわざと負ければあいつも満足してさっさと帰るかもしれない。……もちろん去年みたいに高原を荒らしまわる可能性もなくはない。
「そりゃそうだけど……いいのか? 悔しくないのか?」
「構わぬさ。百度負けても一度で挽回できることもある。妾たちはそう信じているさ」
千尋のありがたいお言葉。
「そう信じてくれるのはありがたいけどなあ」
オレのへまで貴重な爆薬がなくなってしまったのは事実なのだ。
「では王らしく新しいものを作ってはいかがです?」
「確か樹里が何か作っているのだろう?」
「まあな」
樹里には新兵器の建造を依頼している。その作業に没頭しているせいでそれ以外のことはほぼやっていないそうだけど、その価値はある。今回の戦いで新兵器の利用方法もはっきりした。あれなら銀髪にもダメージを与える……可能性は少しだけある。
「でもあれは決め手になる兵器じゃないからな。やっぱり武器がもっといる」
「では爆薬か以前の銃、という兵器の量産ですね」
「それができたら苦労しねえよ」
爆薬や銃に必要なのは最低でも硝酸と硫酸、そして金属だ。
金属の鉱山は未だにほとんど発見できていない。スケーリーフットの硫化鉄に期待するしかないのが情けない現状だ。
硫酸は火山の硫黄からそれなりに生産できている。……が。
「ならば硝酸が足りんのか?」
「まあな。アンモニアから硝酸にする微生物の成長加速は確認されているけど……それでも時間がかかる」
現時点では爆薬一キロ作るのにひと月かかるのでは? という情けないペースだ。今後研究が進めばもう少し早くなるかもしれないけど、それまで待てない。
「例の、新魔物品種改良プロジェクトはどうなっているのです?」
エルフの手記から魔物の品種改良が可能だと判断したので、色々な魔物を交雑させて新品種を作ろうとしている。
「一応成功はした。ただし、どんな魔法なのかわからないんだ」
カミキリスと魔物のネズミの間に子供ができることが確認された。カミキリムシの頭にリスの体、ネズミの尻尾という珍妙奇天烈な生物だ。ネズキリスという名前を付けた。しかし魔物を魔物たらしめる魔法がわからない。
例えば純金を操作できる魔法があったとしよう。当然ながら純金が存在しない世界でそんな魔法に価値はない。魔物はある程度本能的に魔法を使っているけれど、どうも品種改良された魔物にはそれがない。
自分自身でどんな魔法なのか把握していないのだ。これは思わぬ誤算だった。おかげでせっかく品種改良に成功しても成果が上がらない。
肉体の方は普通の遺伝様式のように、お互いの形質を両方受け継いでいる。ただ、どうにも魔法は遺伝しない……すくなくともオレの知るDNAとは別の方法で遺伝しているのだろうか?
本来ならお互いの魔法の合いの子のような魔法になるはずだ。しかし、ネズミのジャンプする魔法でも、カミキリスの繊維を操る魔法と全く関係のない魔法になっているとしか思えない。
どうにも……強い違和感がある。具体的に何かはわからない。
ただまあ魔物を見放すつもりはない。思いがけないものが役に立つことはある。
窒素かアンモニアを操る魔法でもあれば硝酸を大量生産できたかもしれないけど……残念だ。それでも時間さえあれば兵器の数々を生み出すことはできるのだ。とにかく急場をしのげるだけの武器があればな。
「では味方を増やしてはいかがですか?」
オーガたちが口約束とはいえ協力を得られることになったのは千尋や翼にも話してある。それと同じように味方を増やせれば……でもそれもなあ。即戦力じゃないとダメだ。
「以前アンティ同盟から聞いた味方になる利益がありそうな魔物は……眉狸と象だったかのう」
「どっちも没交渉だ。使者を出したら追い払われた。味方にするならどっかにとっかかりが必要だな。そうでなければ力づくだ」
今もう一個戦線を開く意味はない。どんな魔物なのかは聞いているし、両方とも地球の生物と近い生態を持って……。
んん?
生態? ああ、そう言えばかなり前に狸の生態について何か言ったような……いや、何か思いついたんだったか? いつだっけ。翼……正確にはラプトルが仲間に加わったあたりだったか。ええと、何だっけ。確か狸には……。
その時、あまりにも突飛な発想がオレの脳細胞を貫いた。
「あ、ああ。そうだ。狸には、あの習性がある。……いやでも、違う、ティウは確か……」
「王?」
「紫水?」
二人が何事か心配そうな思念を送ってくる。
「あ、すまん。今ちょっと重要な思いつきをして……」
「おや」
「ほう?」
「なんか二人とも楽しそうだな」
「それは――――」
「お前もだろう」
……ああ確かに。新しいことを思いついた瞬間の快感は何物にもかえがたい。
「そうだな。結構楽しんでる。そういうことだからオレは確認しなくちゃいけないことができた」
「何をでしょうか?」
「眉狸について。オレの予想が正しければあいつらを強引にでも引き入れなきゃいけない。いや、正確に言うとあいつらが持っているものがどうしても必要だ」
「ティウ、ティウ。ちょっといいか?」
すぐにティウに連絡を取る。
「おや、いかがいたしましたか?」
「眉狸について質問したい。あいつらは家を作るって聞いたけどどんな家だ? できるだけ詳しく」
狸の住居についてしっかりと、一言一句逃さないように聞く。……うん、多分いけるはず。後は……。
「あいつらは移動しながら暮らしたりするか? それとも定住しているのか?」
「どちらかというと定住していますな」
「それは数十年くらい変わらないのか?」
「草原を出て行ってからは、それ以上の期間棲み処を変えない暮らしをしているようですな」
いける。恐らくいける。何としても眉狸と関りを持たなくては。できる限り急いで。
戦術的には勝利。戦略的には大敗北。これで銀髪が攻め込む大義名分をこれでもかというほど渡してしまった。数週間後には……いやもしかしたらもっと早くに銀髪がやってくる。
至急対策を練らなければ。
「では今度こそ銀髪に負ければよいではありませんか」
さらっと言い切ったのは翼だ。銀髪にわざと負ければあいつも満足してさっさと帰るかもしれない。……もちろん去年みたいに高原を荒らしまわる可能性もなくはない。
「そりゃそうだけど……いいのか? 悔しくないのか?」
「構わぬさ。百度負けても一度で挽回できることもある。妾たちはそう信じているさ」
千尋のありがたいお言葉。
「そう信じてくれるのはありがたいけどなあ」
オレのへまで貴重な爆薬がなくなってしまったのは事実なのだ。
「では王らしく新しいものを作ってはいかがです?」
「確か樹里が何か作っているのだろう?」
「まあな」
樹里には新兵器の建造を依頼している。その作業に没頭しているせいでそれ以外のことはほぼやっていないそうだけど、その価値はある。今回の戦いで新兵器の利用方法もはっきりした。あれなら銀髪にもダメージを与える……可能性は少しだけある。
「でもあれは決め手になる兵器じゃないからな。やっぱり武器がもっといる」
「では爆薬か以前の銃、という兵器の量産ですね」
「それができたら苦労しねえよ」
爆薬や銃に必要なのは最低でも硝酸と硫酸、そして金属だ。
金属の鉱山は未だにほとんど発見できていない。スケーリーフットの硫化鉄に期待するしかないのが情けない現状だ。
硫酸は火山の硫黄からそれなりに生産できている。……が。
「ならば硝酸が足りんのか?」
「まあな。アンモニアから硝酸にする微生物の成長加速は確認されているけど……それでも時間がかかる」
現時点では爆薬一キロ作るのにひと月かかるのでは? という情けないペースだ。今後研究が進めばもう少し早くなるかもしれないけど、それまで待てない。
「例の、新魔物品種改良プロジェクトはどうなっているのです?」
エルフの手記から魔物の品種改良が可能だと判断したので、色々な魔物を交雑させて新品種を作ろうとしている。
「一応成功はした。ただし、どんな魔法なのかわからないんだ」
カミキリスと魔物のネズミの間に子供ができることが確認された。カミキリムシの頭にリスの体、ネズミの尻尾という珍妙奇天烈な生物だ。ネズキリスという名前を付けた。しかし魔物を魔物たらしめる魔法がわからない。
例えば純金を操作できる魔法があったとしよう。当然ながら純金が存在しない世界でそんな魔法に価値はない。魔物はある程度本能的に魔法を使っているけれど、どうも品種改良された魔物にはそれがない。
自分自身でどんな魔法なのか把握していないのだ。これは思わぬ誤算だった。おかげでせっかく品種改良に成功しても成果が上がらない。
肉体の方は普通の遺伝様式のように、お互いの形質を両方受け継いでいる。ただ、どうにも魔法は遺伝しない……すくなくともオレの知るDNAとは別の方法で遺伝しているのだろうか?
本来ならお互いの魔法の合いの子のような魔法になるはずだ。しかし、ネズミのジャンプする魔法でも、カミキリスの繊維を操る魔法と全く関係のない魔法になっているとしか思えない。
どうにも……強い違和感がある。具体的に何かはわからない。
ただまあ魔物を見放すつもりはない。思いがけないものが役に立つことはある。
窒素かアンモニアを操る魔法でもあれば硝酸を大量生産できたかもしれないけど……残念だ。それでも時間さえあれば兵器の数々を生み出すことはできるのだ。とにかく急場をしのげるだけの武器があればな。
「では味方を増やしてはいかがですか?」
オーガたちが口約束とはいえ協力を得られることになったのは千尋や翼にも話してある。それと同じように味方を増やせれば……でもそれもなあ。即戦力じゃないとダメだ。
「以前アンティ同盟から聞いた味方になる利益がありそうな魔物は……眉狸と象だったかのう」
「どっちも没交渉だ。使者を出したら追い払われた。味方にするならどっかにとっかかりが必要だな。そうでなければ力づくだ」
今もう一個戦線を開く意味はない。どんな魔物なのかは聞いているし、両方とも地球の生物と近い生態を持って……。
んん?
生態? ああ、そう言えばかなり前に狸の生態について何か言ったような……いや、何か思いついたんだったか? いつだっけ。翼……正確にはラプトルが仲間に加わったあたりだったか。ええと、何だっけ。確か狸には……。
その時、あまりにも突飛な発想がオレの脳細胞を貫いた。
「あ、ああ。そうだ。狸には、あの習性がある。……いやでも、違う、ティウは確か……」
「王?」
「紫水?」
二人が何事か心配そうな思念を送ってくる。
「あ、すまん。今ちょっと重要な思いつきをして……」
「おや」
「ほう?」
「なんか二人とも楽しそうだな」
「それは――――」
「お前もだろう」
……ああ確かに。新しいことを思いついた瞬間の快感は何物にもかえがたい。
「そうだな。結構楽しんでる。そういうことだからオレは確認しなくちゃいけないことができた」
「何をでしょうか?」
「眉狸について。オレの予想が正しければあいつらを強引にでも引き入れなきゃいけない。いや、正確に言うとあいつらが持っているものがどうしても必要だ」
「ティウ、ティウ。ちょっといいか?」
すぐにティウに連絡を取る。
「おや、いかがいたしましたか?」
「眉狸について質問したい。あいつらは家を作るって聞いたけどどんな家だ? できるだけ詳しく」
狸の住居についてしっかりと、一言一句逃さないように聞く。……うん、多分いけるはず。後は……。
「あいつらは移動しながら暮らしたりするか? それとも定住しているのか?」
「どちらかというと定住していますな」
「それは数十年くらい変わらないのか?」
「草原を出て行ってからは、それ以上の期間棲み処を変えない暮らしをしているようですな」
いける。恐らくいける。何としても眉狸と関りを持たなくては。できる限り急いで。
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