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第五章
341 真実はどこだ
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教都チャンガンとかいう町から騎士団が出兵してから数日。吉報なのか、凶報なのか判断しかねる事態が起こっていた。
「銀髪がいない!?」
常に騎士団を上空監視しているカッコウからの報告だった。
クワイの貴族階級は人力で運ぶ駕籠に乗る。とはいえ四六時中駕籠に乗っているわけもない。駕籠から乗り降りするときに顔をチェックしており、その中に銀髪がいないと断言した。
どういうことだろうか。
何かの作戦だった場合だとすれば目的はなんだ?
あの騎士団はただの陽動? あれだけの兵隊を集めようとしておいて?
あるいはもっと大規模な軍団を編成してそこに銀髪を組み込むつもりとか? いやいやいくら何でも無理だ。動員できる兵隊は無限じゃない。
なら単純に銀髪を温存しておきたいのか? もしそうだとするとオレたちを甘く見てくれているのか? いくら何でも希望的観測すぎる。
……わからん。
しかし銀髪がいないならいくらでもやりようはある。ペストが流行っているおかげで兵隊も食料もあまり集まっていない。仮に遊牧民の支援があったとしてもアンティ同盟なら一蹴できるだろう。
でも実はこっそり銀髪とどこかで合流されたらいきなりアンティ同盟壊滅という最悪の事態もあり得る。
ひとまず最小限の戦力で効率よく戦うか。基本戦略は以前と同じ。砦で敵を止めて補給路を断つ。
そのためにはまずいつものように砦を作らなければ。
「七海。築城と防衛線の指揮を任せてもいいか?」
「承知」
言葉少なにてきぱきと指示を飛ばし始める。ある意味蟻らしい質実剛健さ。土木作業なら七海に任せておけば間違いはない。
オレはもっとややこしそうな問題に取り掛からないといけない。
高原のさらに北東にはオーガ、恐らくはセイウチから進化した二足歩行生物がいるらしい。奴らはあまり海から離れないのだけれど、今回は高原の北方、内陸に近い部分でオーガの一党と出会った。
そして驚くことに、そのオーガたちから助けを求められたらしい。どうもオーガたちの国で騒動があったようだ。ざっと話を聞くだけでもややこしそうだけれど、味方を増やすチャンスかもしれなかった。
中天で輝く太陽に似つかわしくない荒涼とした空気。整然と立ち並ぶ針葉樹林。
命の息吹は確かにあるが、少ない。単純な量においても種類においても春が過ぎ去ろうという季節とは思えない。
気候区分としては亜寒帯、地球で言うとロシア辺りだろうか。冬の寒さが厳しいことは想像に容易い。
そこに、数百名の一団が集結していた。
茶色と灰色の中間のような肌にたるんだ脂肪。体毛は見当たらないが、顔にひげが密集している。やや丸まった背中でさえも二メートルに迫る巨体。よく見ると手足にカッパのような水かきがあるようにも思える。
獣の皮をなめした思しき衣服を身につけているけれど、この北国ではどう見ても防寒具としては不足している。分厚い脂肪が衣服よりも優秀な防寒具なのだろう。
極めつけは上あごから伸びた長大な牙。
なるほど。鬼や悪魔と見間違えても不思議ではない迫力だ。もしも朝目覚めた時にこんな奴がいたら二度寝してそのまま永遠に起きないだろう。
しかし、どうにも元気がない。いいものを食べていなかったらしく、栄養失調寸前だったらしいので、探索中の部隊が食料を分けてやったらしい。つまり貸しを一つ作れている状態。交渉するなら絶好のタイミングだ。
「初めまして。エミシの王、紫水だ。尋ねたいことがあるからそちらの代表はどいつだ?」
今更緊張したりはしない。オレもいい加減慣れてきた。
ひときわ大きなオーガが前に出る。セイウチはオスの方がかなり大きかったはずだ。説明するまでもないけど、セイウチは一頭のオスが頂点に立つハーレムを形成する動物。この世界では珍しく(?)、男が頂点にたつ魔物であるはず。
この群れが全部こいつのハーレムかどうかはわからんけど、間違いなくこいつが代表だろう。
供回りなのか幾人かの魔物を引き連れていて、偉丈夫という言葉がぴったりの岩のような体をしている。
そのオーガは……突然相好を崩した。
「いやー! 助かった! このままじゃ一族郎党飢え死ぬところだった! いや、感謝する! ガハハハハ!」
……完全に親戚のおじさんテンションで話しましたよこの人、いやオーガ。
「ええと、お前がこの集団の長なのか?」
「うむ! 我が国ラーナの王! イドナイである!」
「ん? お前王様なの?」
「おう! ……まあ今は流浪の身だがなあ」
「流浪? 何かあったのか?」
「そうだなあ。ここまで礼を尽くしてくれたのだから説明せんわけにはいかん……うおっと」
ドン、というこちらにまで衝撃が伝わる。
イドナイは言葉を区切ると、自分の足元を見た。その足元にその衝撃を起こした犯人、小さなオーガがいた。話によると子供はあまり手加減ができないからやんちゃな子供は全力で殴るける体当たりをしてくるそうだ。全国の保育士さんはご愁傷様。いや、マジで今の衝撃オレだと死にそうなんですけど。
その殺人未遂?の子供はイドナイをつぶらな瞳で見上げている。
「パパー。抱っこしてー」
……そのいかつい顔と小動物っぽい瞳のギャップがすごい。
「こら! パパは今お仕事なの! 後にしなさい!」
どこかから母親らしきオーガが現れて子供を引っ張ろうとする。
「やだー! パパのおっきい体で高い高いしてもらうの!」
どこの世界でも子供は変わらんなあ。
「すまんなあ。後で必ず遊んでやるからちょっと待ってくれ」
しかし子供は余計に強い力でイドナイにしがみつく。これは離れそうにない。
「イドナイ。オレは少しの間なら構わないから遊んでやってくれ」
「む。よいのか?」
「あんまり時間がかからないなら」
「おお。助かる! じゃあ少しだけ遊ぼうか!」
「わーい!」
こわもての顔をほころばせながら大喜びする子供。その後ろで母親は困った顔をしている。
イドナイは思いっきり高く子供を掲げたり、股の下をくぐらせたりして子供と遊んでいる。
ちなみに地球のセイウチはいたずらや遊びなどが好きな性格をしていることが多いらしい。子育てもつきっきりで行い、次の子供が生まれるまではかなり長期間にわたって子育てする動物らしい。
オレの記憶が確かなら子育てはメスの役割だった気がするけど……まあ、所変われば、というやつだ。イクメンキングというのも案外悪くないかもしれない。
でもこいつら……どう考えても見た目で損してるよな。このいかつい顔で子煩悩というのはちょっと想像しにくい。
人は見かけによらない。魔物は見かけによらない。また一つ真理が明らかになった。
「銀髪がいない!?」
常に騎士団を上空監視しているカッコウからの報告だった。
クワイの貴族階級は人力で運ぶ駕籠に乗る。とはいえ四六時中駕籠に乗っているわけもない。駕籠から乗り降りするときに顔をチェックしており、その中に銀髪がいないと断言した。
どういうことだろうか。
何かの作戦だった場合だとすれば目的はなんだ?
あの騎士団はただの陽動? あれだけの兵隊を集めようとしておいて?
あるいはもっと大規模な軍団を編成してそこに銀髪を組み込むつもりとか? いやいやいくら何でも無理だ。動員できる兵隊は無限じゃない。
なら単純に銀髪を温存しておきたいのか? もしそうだとするとオレたちを甘く見てくれているのか? いくら何でも希望的観測すぎる。
……わからん。
しかし銀髪がいないならいくらでもやりようはある。ペストが流行っているおかげで兵隊も食料もあまり集まっていない。仮に遊牧民の支援があったとしてもアンティ同盟なら一蹴できるだろう。
でも実はこっそり銀髪とどこかで合流されたらいきなりアンティ同盟壊滅という最悪の事態もあり得る。
ひとまず最小限の戦力で効率よく戦うか。基本戦略は以前と同じ。砦で敵を止めて補給路を断つ。
そのためにはまずいつものように砦を作らなければ。
「七海。築城と防衛線の指揮を任せてもいいか?」
「承知」
言葉少なにてきぱきと指示を飛ばし始める。ある意味蟻らしい質実剛健さ。土木作業なら七海に任せておけば間違いはない。
オレはもっとややこしそうな問題に取り掛からないといけない。
高原のさらに北東にはオーガ、恐らくはセイウチから進化した二足歩行生物がいるらしい。奴らはあまり海から離れないのだけれど、今回は高原の北方、内陸に近い部分でオーガの一党と出会った。
そして驚くことに、そのオーガたちから助けを求められたらしい。どうもオーガたちの国で騒動があったようだ。ざっと話を聞くだけでもややこしそうだけれど、味方を増やすチャンスかもしれなかった。
中天で輝く太陽に似つかわしくない荒涼とした空気。整然と立ち並ぶ針葉樹林。
命の息吹は確かにあるが、少ない。単純な量においても種類においても春が過ぎ去ろうという季節とは思えない。
気候区分としては亜寒帯、地球で言うとロシア辺りだろうか。冬の寒さが厳しいことは想像に容易い。
そこに、数百名の一団が集結していた。
茶色と灰色の中間のような肌にたるんだ脂肪。体毛は見当たらないが、顔にひげが密集している。やや丸まった背中でさえも二メートルに迫る巨体。よく見ると手足にカッパのような水かきがあるようにも思える。
獣の皮をなめした思しき衣服を身につけているけれど、この北国ではどう見ても防寒具としては不足している。分厚い脂肪が衣服よりも優秀な防寒具なのだろう。
極めつけは上あごから伸びた長大な牙。
なるほど。鬼や悪魔と見間違えても不思議ではない迫力だ。もしも朝目覚めた時にこんな奴がいたら二度寝してそのまま永遠に起きないだろう。
しかし、どうにも元気がない。いいものを食べていなかったらしく、栄養失調寸前だったらしいので、探索中の部隊が食料を分けてやったらしい。つまり貸しを一つ作れている状態。交渉するなら絶好のタイミングだ。
「初めまして。エミシの王、紫水だ。尋ねたいことがあるからそちらの代表はどいつだ?」
今更緊張したりはしない。オレもいい加減慣れてきた。
ひときわ大きなオーガが前に出る。セイウチはオスの方がかなり大きかったはずだ。説明するまでもないけど、セイウチは一頭のオスが頂点に立つハーレムを形成する動物。この世界では珍しく(?)、男が頂点にたつ魔物であるはず。
この群れが全部こいつのハーレムかどうかはわからんけど、間違いなくこいつが代表だろう。
供回りなのか幾人かの魔物を引き連れていて、偉丈夫という言葉がぴったりの岩のような体をしている。
そのオーガは……突然相好を崩した。
「いやー! 助かった! このままじゃ一族郎党飢え死ぬところだった! いや、感謝する! ガハハハハ!」
……完全に親戚のおじさんテンションで話しましたよこの人、いやオーガ。
「ええと、お前がこの集団の長なのか?」
「うむ! 我が国ラーナの王! イドナイである!」
「ん? お前王様なの?」
「おう! ……まあ今は流浪の身だがなあ」
「流浪? 何かあったのか?」
「そうだなあ。ここまで礼を尽くしてくれたのだから説明せんわけにはいかん……うおっと」
ドン、というこちらにまで衝撃が伝わる。
イドナイは言葉を区切ると、自分の足元を見た。その足元にその衝撃を起こした犯人、小さなオーガがいた。話によると子供はあまり手加減ができないからやんちゃな子供は全力で殴るける体当たりをしてくるそうだ。全国の保育士さんはご愁傷様。いや、マジで今の衝撃オレだと死にそうなんですけど。
その殺人未遂?の子供はイドナイをつぶらな瞳で見上げている。
「パパー。抱っこしてー」
……そのいかつい顔と小動物っぽい瞳のギャップがすごい。
「こら! パパは今お仕事なの! 後にしなさい!」
どこかから母親らしきオーガが現れて子供を引っ張ろうとする。
「やだー! パパのおっきい体で高い高いしてもらうの!」
どこの世界でも子供は変わらんなあ。
「すまんなあ。後で必ず遊んでやるからちょっと待ってくれ」
しかし子供は余計に強い力でイドナイにしがみつく。これは離れそうにない。
「イドナイ。オレは少しの間なら構わないから遊んでやってくれ」
「む。よいのか?」
「あんまり時間がかからないなら」
「おお。助かる! じゃあ少しだけ遊ぼうか!」
「わーい!」
こわもての顔をほころばせながら大喜びする子供。その後ろで母親は困った顔をしている。
イドナイは思いっきり高く子供を掲げたり、股の下をくぐらせたりして子供と遊んでいる。
ちなみに地球のセイウチはいたずらや遊びなどが好きな性格をしていることが多いらしい。子育てもつきっきりで行い、次の子供が生まれるまではかなり長期間にわたって子育てする動物らしい。
オレの記憶が確かなら子育てはメスの役割だった気がするけど……まあ、所変われば、というやつだ。イクメンキングというのも案外悪くないかもしれない。
でもこいつら……どう考えても見た目で損してるよな。このいかつい顔で子煩悩というのはちょっと想像しにくい。
人は見かけによらない。魔物は見かけによらない。また一つ真理が明らかになった。
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