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秋葉夕雲

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第四章

311 嘘

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 高原は安定した。その次の策も見えてきた。旅立つ準備もすぐにできるだろう。
 となれば最後の問題を解決しなければならない。そう、鵺だ。
「やっぱりあいつの行動は読めそうにないか寧々?」
「申し訳ありません」
 率直に謝られると強くは出られない。ようやく時間ができた寧々に鵺のデータの管理と解析を任せたものの成果は芳しくない。
「その代わりというわけではありませんが、交配実験において進展がありました」
「お。何かあったか?」
「ネズミとカミキリスには交配できる可能性が高いようです」
「ああ、例の試薬が役に立ったか?」
「はい。後は実際に交尾させるだけです」
「……やれそうなのか?」
 無理矢理交尾させることを禁止しているのでお互いがその気になってくれなければ実験は継続できない。
「はい。嫌いあってはいません。これがうまくいけば新たな魔法が作れるかもしれないのですね?」
「うまくいけばな。なんだ? 結構楽しそうだな?」
「……そうかもしれません。なるほど、これが知る喜びですか」
 やっぱり寧々には他とは違う何かがあるようだ。
「面白いだろ?」
「ええ。ですので紫水。これからも、もっと私に知識を授けてくださいますか?」
「いいよ。その方がオレも楽だし面白い」
 こういう要求を自分からできる蟻は珍しい。
 状況は厳しいけれど、こういう新しい何かをもった奴が産まれるのはオレたちが進んでいるという証明だ。

 鵺の対策と有効な兵器の開発は着々と進み、いつでも作戦開始できる状態だ。しかしそれはあくまで鵺の居場所がわかるか、敵から攻めてくる場所と時間がわからないと実行できない。奴の群れは探知が難しく、移動も早いのでやはり後手後手に回ってしまう。
 準備は整っているのに詰められないという状況が数日続いていた。
 しかし、状況が急展開を見せた。

「本当なのか? 鵺があいつを倒すための部隊に自分から近づいて行っているのは?」
「はい」
 ただの幸運なのかはたまた何かの必然なのか……吸い寄せられるように鵺対策の演習をしていた部隊に鵺が向かっている。場所は樹海からやや離れた空き地。これ以上ないほどの作戦決行に向いた土地。
 これは間違いなくチャンス。敵を待ち伏せできるならこの作戦の成功率は跳ねあがる。何故という疑問は残るけれど、厄介な敵を確実に仕留められるこの機会は逃せない。

「全軍戦闘準備! とにかく急げ!」
 慌ただしく動き始める部隊。特に最初はドードーとアリツカマーゲイの部隊の連携が重要になるだけにこいつらとは直接会話しておきたい。
「琴音。やる気はあるか?」
「あんまりないにゃあ」
 ……泣きたい。こいつが防御の要なのに。
「鵺は強敵だぞ。きっと食ったら最高の御馳走になるぞ。それに鵺の体は色々な魔物がごちゃ混ぜになってるから様々な味が楽しめるはずだぞ」
「ほんとかにゃー?」
「きっと、マジで、多分」
 食ったことないからわからんよ。つまりこれは嘘ではない。オレもちょっと気にならなくはない。きっと琴音はもっと気になってるはずだ。
「まあしょうがないにゃあ」
 ほっ。
 もので釣れる奴って扱いやすくていいねえ。次はドードーだ。

「時が来た。我らは前に進むべき」
「作戦理解していますか!? お前たちは自分の魔法が発動したらちゃんと止まるんだぞ!?」
 まずはドードーの魔法でダメージを与えて、そのドードーをアリツカマーゲイが守る。自分で言っていて何だけど……果てしなく不安しか感じない。
「ち、千尋。マジで頼むからこいつらが逃げないように、かつ暴走しないように気をつけてくれ」
 敵の魔法の一つ、<暗闇>は遠距離にいる女王蟻のテレパシーを無力化するから前線指揮官が普段より重要だ。
「……善処するかのう」
 頑張ってくれ。頼むから。翼もいないし、和香に至っては行動不能。寧々は……ん? あいつどこだ? いやまああいつが口をはさんでこないってことは指揮ができないってことか。
「千尋。とりあえず現場指揮を頼む。ドードーとアリツカマーゲイを監督して、を使うタイミングは任せる」
「やることが多いのう」
「これが終わればちょっとは暇になるよ」
 とはいえ千尋に負担が多いのも事実。こんな急場でなければもうちょっとましになっていたんだけど……?
 あれ? なんだ? いや、急に決まったのにこの程度なのか? 
 確かにやることは多いよ? でもこなせないほどじゃない。アドリブが苦手なオレ含めた蟻にしてはスムーズに物事が進みすぎじゃないか? 特に、兵器。鵺を倒すための兵器の準備があらかじめ完了している。
 そう、まるであらかじめ今日ここに鵺が来ることがわかっていたように。
 ? ? ?
 いや、そもそも鵺の行動が予想できないから苦戦していたのに、こんなピンポイントで……? 何故? わからないけど……まるで敷かれたレールを走るように、準備は順調に進んでいる。事実としてオレは千尋他数人と会話しただけで大したことはしていない。気味が悪い位だ。
 誰かに操られているような奇妙な感覚は残っているけれど、それでも絶好の機会は待ってくれない。
 オレたちの飛び道具を警戒してか、鵺は今までめったに近づかなかった開けた空き地へと近づいている。
 そこで、ようやく気付いた。何故か、空き地にポツンと一軒家が建てられていることに。

「……? 家? 何であんなところに」
 形などから判断すると、蟻が建てた家だ。オレはもちろん知らない。
「千尋。あの家のことを何か知っているか?」
「いや、知らぬ」
 千尋以外にも尋ねてみたけれど誰も知らない。それによく見るとあの家は家として機能していない。水場は遠いし、立地もよくない。家というよりは中にいる誰かを隠すための掘っ立て小屋だ。
 そして恐らく、鵺はあの小屋を目指している。多分、あそこに何かがある……いや、誰かがいる。

「紫水。緊急の報告があります」
「報告? 今になって?」
 はっきりとした像は結んでいないが不吉な気配が迫っていることを感じる。
「はい。鵺の行動予測についての報告です」
 オレが混乱したのも無理ないだろう。その報告は明らかに納得できると同時に矛盾が生じる。
 これだけタイミングよく鵺をおびき寄せるためには敵の行動を予測できないと無理だけれど、それはわからないと言われたはずだ……誰に?
「鵺が優先して狙っているのは女王蟻。しかしその狙いには規則性がないと思われていました」
 それはつまり、何らかの規則性があったということか?
「狙う女王蟻には優先順位があります。それは紫水と血縁が近いほど襲われる可能性が高くなるということ」
 ――――。
 何度か説明したけれど、オレたち蟻は自力で子供を産むことができる。しかし他の女王蟻と交尾して子供を産むこともできる。オレは今まで自分で子供を産卵する単為生殖しか行ったことがない。ただしその場合遺伝子は極めて近い、もしくはほぼ同じクローンに近い蟻しかできない。つまり極めて血縁が近い個体になってしまう。
 他の巣の女王蟻との交尾、つまり遺伝的多様性の確保はオレの子供に任せてきた。そしてオレはここ最近必要がなかったから子供さえ生んでいない。
 相対的にオレ自身が産んだ女王蟻はかなり少なくなっている。そう、だからもし、あの小屋に誰かがいるとするのならそれは誰か?
 敵を騙すなら味方からという格言通りにこんな手の込んだ計画を幹部にも、鵺にも悟らせなかった、騙すという行為。それが実行できるとすればそれは誰か?
「鵺をおびき寄せるためには紫水が直接産んだ子供を囮とすることがもっとも確実です。さらにおびき寄せた敵を確実に逃さないための策を事前に構築しているとなおよろしいかと意見具申します。以上、寧々からの報告」
 小屋を見る。鵺が迫る。誰も見えない。探知能力で探ると、そこには確かに一人の女王蟻がいた。
 もはや間に合う状況ではない。
 鵺が肺一杯に息を吸い込み、決して逃れられぬ咆哮を放つと、中にいた寧々は――――消えた。徹底した論理と効率を希求し、自身の生命と相手の脅威を天秤にかけ容易く前者を切り捨てた寧々はもういない。
「攻撃、開始!!!!」
 何かを考えるより先に、いや何も考えないように戦端を開く指示を出した。
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