308 / 509
第四章
301 ミーティング
しおりを挟む
ウェングとティキーは向かい合い、お互いの目をまっすぐにのぞき込んでいる。
「追わない方がいい……何か理由があるのよね?」
「ああ。それよりも先に俺の神様からもらった能力を説明しておくぞ。一言で言えば未来予知。ただし、脈絡なく未来が見えるわけじゃない。俺が知らないものの未来は全く見えない。で、例の魔物の足跡を見てみると、これからずっと同じように戦って、また痕跡を見つけて別の場所に行って戦う……その繰り返しを予知した」
「いくら足跡を見つけても無駄だってこと?」
こくりとウェングはうなずく。
「ならどうすればいいのかしら?」
「多分、俺たちは間違った情報を掴まされている。だから、痕跡の逆をたどれば自然と敵が行ってほしくない場所にたどり着くはずだ」
相手のしてほしくないことをする。勝負事の必勝法を実践すればいいだけだ。ただし、それにはいくつかの障害がある。
「私にそれを相談してきたってことは、私に何かしてほしいことがあるのよね?」
「そうだ。あの魔物に人を騙す悪魔がとりついている、そういうことにしてほしい」
「……私が独断で決めることじゃないから……この町の司祭と相談して暫定的に悪魔がとりついた魔物だってことにしないと敵が痕跡を偽装できる知能があるって判断できないのよね 」
クワイにおいて魔物とは知恵無き存在だ。魔物が人を謀るのなら、それはすなわち魔物にとりついた悪魔の所業でなければならない。
魔物にとりついた悪魔の種類は教会によって大部分が明らかにされているが、そうでない悪魔は必ず教会に報告し、どのような悪魔かまず判断を仰がなければならない。不幸なことに、蟻は悪魔がとりついていない魔物だと判断されているので、蟻の戦術に対応した戦術を行うことは聖典に反している。つまり最悪の場合異端と判断される。
そして、セイノス教徒にとって異端として判断されることは死よりも重い罰だ。このままでは例え何百人、何千人死んだとしても有効な戦術を練ることができない。トゥッチェのようにある程度中央の目が届かない場所なら現場判断も許容されるが、銀の聖女とラオの重鎮がいる現状でルールを破るわけにはいかない。
ウェングたちが社会に属している以上、その社会のルールは守らねばならない。それがどれだけ愚かなルールだったとしても。
「俺が提案しても一蹴されるだけだ。だからあんたから提案してもらう必要がある」
「奈夕ちゃんだとその手の腹芸は無理か。消去法的に、私しか無理ね。いいわ。なんか夢でも見て悪魔が現れた啓示を受けた、とかそんな風に言えばいいのかしら」
「頼む」
「ねえ、あなた、私にあまりいい視線を向けてないけど、それって男と女の立場の違いからかしら」
何の脈絡もなく、いきなり正鵠を射られたウェングはびくりと体を震わせ、下を向くしかなかった。
「別にあんたが悪いわけじゃないけど……色々あるんだよ」
そう、わざわざ言うほどのことでもない。もしも性別が逆なら立場も逆だったかもしれないなど、言っても仕方のないことだ。
「それならそれでいいけど、一つ確認してもいい?」
「何だよ」
だんだんと対応がぶっきらぼうになっていることはわかっていても変えられなかった。
「あんたは、ううん、あんたたちはあの蟻たちが転生者だと思ってる?」
どうやらティキーは今回の敵の正体に察しがついていたらしい。
そういう推測にたどり着くのは当然の帰結だろう。いくら何でもあの蟻は頭が良すぎる。
「俺とタストは、俺たちとは別のタイミングで転生してきた転生者で、魔物を操る能力を持っているんじゃないかって話してた」
「その……根拠は?」
「バスに乗ってた転生者は四人だけらしい。それと、魔物を操る能力でもなきゃ、あんな風に人間が魔物を従えるなんて無理だろ。……つってもあんなことをする奴がもう人間だと思えねえけど」
「そう……そうよね」
できるだけ丁寧に答えたつもりだったが、ティキーは残念そうな悔いのある表情を見せただけだ。何か気に障ることを言っただろうか。
「わかったわ。明日この町の司祭を説得して、悪魔がとりついているということにするわ。ひとまず今日は休みましょう」
「ん、ああわかった」
露骨に話を打ち切ったティキーの様子は少し妙だったが、だからと言って何がウェングにできるわけもなかった。
そして翌日。オレは銀髪たちが高原へと向かっているという報告を受け取っていた。
「偽装していた痕跡には目もくれていないのか?」
「いいえ。狩人らしき女が偵察に向かっていますが、銀髪たちは離れていきます」
警戒はしているけどブラフだと看破されているのだろうか。もっと高原から引き離したかったけど……この行動を気まぐれや偶然で片づけるほど楽天的にはなれない。
「申し訳ありません王よ。奴らを見くびっていたようです」
「いや、これについてはオレも驚いた。いつかはばれると思ってたけどこんなに早いとはな」
少なくとも四、五回は引っ張れると思っていただけに衝撃だ。
「もしかするとアンティ同盟の連中が同じような手を使っていたのかもしれません」
「あー、そっか。あいつらも遅滞戦闘が得意だもんな。遊牧民もいたからその中の誰かに見抜かれたのか」
やっぱり中央で椅子にふんぞり返ってるおばさんおじさんよりも現場で走り回ってる連中の方が厄介だ。こうなったら同じ手は通じないだろう。
つまり、銀髪が高原を荒らしまわるのは避けられない。
「マーモットたちへの連絡はどうなさいますか?」
「逐次連絡させてるけど……今回はオレから連絡する。大事になりそうだ」
アンティ同盟とはそこそこいい関係を築けているからこそ、ここで連中につぶれてもらっては困る。少なくとも銀髪という脅威を前にしては同じ釜の飯をかすめ取り合うくらいの仲にはなっているはずだ。
「追わない方がいい……何か理由があるのよね?」
「ああ。それよりも先に俺の神様からもらった能力を説明しておくぞ。一言で言えば未来予知。ただし、脈絡なく未来が見えるわけじゃない。俺が知らないものの未来は全く見えない。で、例の魔物の足跡を見てみると、これからずっと同じように戦って、また痕跡を見つけて別の場所に行って戦う……その繰り返しを予知した」
「いくら足跡を見つけても無駄だってこと?」
こくりとウェングはうなずく。
「ならどうすればいいのかしら?」
「多分、俺たちは間違った情報を掴まされている。だから、痕跡の逆をたどれば自然と敵が行ってほしくない場所にたどり着くはずだ」
相手のしてほしくないことをする。勝負事の必勝法を実践すればいいだけだ。ただし、それにはいくつかの障害がある。
「私にそれを相談してきたってことは、私に何かしてほしいことがあるのよね?」
「そうだ。あの魔物に人を騙す悪魔がとりついている、そういうことにしてほしい」
「……私が独断で決めることじゃないから……この町の司祭と相談して暫定的に悪魔がとりついた魔物だってことにしないと敵が痕跡を偽装できる知能があるって判断できないのよね 」
クワイにおいて魔物とは知恵無き存在だ。魔物が人を謀るのなら、それはすなわち魔物にとりついた悪魔の所業でなければならない。
魔物にとりついた悪魔の種類は教会によって大部分が明らかにされているが、そうでない悪魔は必ず教会に報告し、どのような悪魔かまず判断を仰がなければならない。不幸なことに、蟻は悪魔がとりついていない魔物だと判断されているので、蟻の戦術に対応した戦術を行うことは聖典に反している。つまり最悪の場合異端と判断される。
そして、セイノス教徒にとって異端として判断されることは死よりも重い罰だ。このままでは例え何百人、何千人死んだとしても有効な戦術を練ることができない。トゥッチェのようにある程度中央の目が届かない場所なら現場判断も許容されるが、銀の聖女とラオの重鎮がいる現状でルールを破るわけにはいかない。
ウェングたちが社会に属している以上、その社会のルールは守らねばならない。それがどれだけ愚かなルールだったとしても。
「俺が提案しても一蹴されるだけだ。だからあんたから提案してもらう必要がある」
「奈夕ちゃんだとその手の腹芸は無理か。消去法的に、私しか無理ね。いいわ。なんか夢でも見て悪魔が現れた啓示を受けた、とかそんな風に言えばいいのかしら」
「頼む」
「ねえ、あなた、私にあまりいい視線を向けてないけど、それって男と女の立場の違いからかしら」
何の脈絡もなく、いきなり正鵠を射られたウェングはびくりと体を震わせ、下を向くしかなかった。
「別にあんたが悪いわけじゃないけど……色々あるんだよ」
そう、わざわざ言うほどのことでもない。もしも性別が逆なら立場も逆だったかもしれないなど、言っても仕方のないことだ。
「それならそれでいいけど、一つ確認してもいい?」
「何だよ」
だんだんと対応がぶっきらぼうになっていることはわかっていても変えられなかった。
「あんたは、ううん、あんたたちはあの蟻たちが転生者だと思ってる?」
どうやらティキーは今回の敵の正体に察しがついていたらしい。
そういう推測にたどり着くのは当然の帰結だろう。いくら何でもあの蟻は頭が良すぎる。
「俺とタストは、俺たちとは別のタイミングで転生してきた転生者で、魔物を操る能力を持っているんじゃないかって話してた」
「その……根拠は?」
「バスに乗ってた転生者は四人だけらしい。それと、魔物を操る能力でもなきゃ、あんな風に人間が魔物を従えるなんて無理だろ。……つってもあんなことをする奴がもう人間だと思えねえけど」
「そう……そうよね」
できるだけ丁寧に答えたつもりだったが、ティキーは残念そうな悔いのある表情を見せただけだ。何か気に障ることを言っただろうか。
「わかったわ。明日この町の司祭を説得して、悪魔がとりついているということにするわ。ひとまず今日は休みましょう」
「ん、ああわかった」
露骨に話を打ち切ったティキーの様子は少し妙だったが、だからと言って何がウェングにできるわけもなかった。
そして翌日。オレは銀髪たちが高原へと向かっているという報告を受け取っていた。
「偽装していた痕跡には目もくれていないのか?」
「いいえ。狩人らしき女が偵察に向かっていますが、銀髪たちは離れていきます」
警戒はしているけどブラフだと看破されているのだろうか。もっと高原から引き離したかったけど……この行動を気まぐれや偶然で片づけるほど楽天的にはなれない。
「申し訳ありません王よ。奴らを見くびっていたようです」
「いや、これについてはオレも驚いた。いつかはばれると思ってたけどこんなに早いとはな」
少なくとも四、五回は引っ張れると思っていただけに衝撃だ。
「もしかするとアンティ同盟の連中が同じような手を使っていたのかもしれません」
「あー、そっか。あいつらも遅滞戦闘が得意だもんな。遊牧民もいたからその中の誰かに見抜かれたのか」
やっぱり中央で椅子にふんぞり返ってるおばさんおじさんよりも現場で走り回ってる連中の方が厄介だ。こうなったら同じ手は通じないだろう。
つまり、銀髪が高原を荒らしまわるのは避けられない。
「マーモットたちへの連絡はどうなさいますか?」
「逐次連絡させてるけど……今回はオレから連絡する。大事になりそうだ」
アンティ同盟とはそこそこいい関係を築けているからこそ、ここで連中につぶれてもらっては困る。少なくとも銀髪という脅威を前にしては同じ釜の飯をかすめ取り合うくらいの仲にはなっているはずだ。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
春乞いの国
綿入しずる
ファンタジー
その国では季節は巡るものではなく、掴み取るものである。
ユフト・エスカーヤ――北の央国で今年も冬の百二十一日が過ぎ、春告げの儀式が始まった。
一人の神官と四人の男たち、三頭の大熊。王子の命を受けた春告げの使者は神に贈られた〝春〟を探すべく、聖山ボフバロータへと赴く。
ヒトナードラゴンじゃありません!~人間が好きって言ったら変竜扱いされたのでドラゴン辞めて人間のフリして生きていこうと思います~
Mikura
ファンタジー
冒険者「スイラ」の正体は竜(ドラゴン)である。
彼女は前世で人間の記憶を持つ、転生者だ。前世の人間の価値観を持っているために同族の竜と価値観が合わず、ヒトの世界へやってきた。
「ヒトとならきっと仲良くなれるはず!」
そう思っていたスイラだがヒトの世界での竜の評判は最悪。コンビを組むことになったエルフの青年リュカも竜を心底嫌っている様子だ。
「どうしよう……絶対に正体が知られないようにしなきゃ」
正体を隠しきると決意するも、竜である彼女の力は規格外過ぎて、ヒトの域を軽く超えていた。バレないよねと内心ヒヤヒヤの竜は、有名な冒険者となっていく。
いつか本当の姿のまま、受け入れてくれる誰かを、居場所を探して。竜呼んで「ヒトナードラゴン」の彼女は今日も人間の冒険者として働くのであった。
元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる
ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。
モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。
実は前世が剣聖の俺。
剣を持てば最強だ。
最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【完結】獅子の威を借る子猫は爪を研ぐ
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
魔族の住むゲヘナ国の幼女エウリュアレは、魔力もほぼゼロの無能な皇帝だった。だが彼女が持つ価値は、唯一無二のもの。故に強者が集まり、彼女を守り支える。揺らぐことのない玉座の上で、幼女は最弱でありながら一番愛される存在だった。
「私ね、皆を守りたいの」
幼い彼女の望みは優しく柔らかく、他国を含む世界を包んでいく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/06/20……完結
2022/02/14……小説家になろう ハイファンタジー日間 81位
2022/02/14……アルファポリスHOT 62位
2022/02/14……連載開始
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て
せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。
カクヨムから、一部転載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる