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秋葉夕雲

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第四章

279 絶望の斜陽

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 チャーロは敵にいいように振り回されていることを自覚しながらも、追い回す以外の選択肢を持たなかった。もとより守勢の戦いは得意ではないが、得意でないからなどという理由で負けるわけにもいかない。
 せめて時間さえ稼げればいい。子供たちのための時間を――――。
 思考が教会に避難している子供たちの方向へ向いた時、彼女は恐ろしい事実に気付いた。

「チャ、チャーロさん! 敵が、教会に向かってる!」
「ウェング……あなたもそう思いますか」
 血相を変えて走り込んできたウェングに同意する。敵は明らかに最も大きな天幕である教会に向かっている。
 想像したくないが……敵は教会にねらいを定めているのかもしれない。
「何としても邪悪な魔物を教会に近づけてはなりません! 皆の者! 死力を振り絞りなさい!」
 死に体だった味方がわずかに息を吹き返した。もっともロウソクの火が消える前の最後の輝きのように不安定な光だったが。
 かろうじて追い付いた味方は決死の猛攻を加え、何とか魔物を追い払うことができた。
 少なくともこれで教会に侵入することはできないだろう。
 そう安心したつかの間、

 燃え盛る天幕を幻視した。

「……あ?」
 間の抜けた声が出る。
 敵は追い払った。しかし敵の矢の射程からは逃げられていない。そう気づいたウェングは叫んでいた。
「火だ――――! あいつら、教会を燃やそうとしている!」
 ウェングの叫びに目を凝らしたトゥッチェの民には火矢を構えた働き蟻が見えた。
「止めろ――――!」
 叫びながら一斉に突撃する。
 だがあまりにも遠い。たった数十歩の距離だが星よりも月よりも手の届かない場所にある。
(くそ! 何でだ!?)
 ウェングは心中で叫ぶ。
(俺たちはただここで暮らしていただけだ! 何も悪事はしていない。魔物とは戦っていたけど、それはあくまでも魔物が襲いかかって来るからだ! お前たちが何もしなければ俺たちも何もしない! なのに何故何の罪もない俺たちを襲う!?)
 あの機械のように冷酷な魔物が教会の中に子供しかいないと見抜いていないとは思えない。
 まるでトゥッチェの民を一人残らず皆殺しにしようという悪意を感じる。
(そんな奴らに俺の家族を、仲間を、妹を殺されてたまるか――――!)
 彼の願いが聞き届けられたのかは定かではないが、彼はここにきて自身の予知能力を掌握し、十全に発揮せしめた。
 今までせいぜい三つや四つしか見えなかった未来をはるかに増やすことを可能にした。
 その数はおおよそ三百。
 未来を変えるために、ありとあらゆる可能性を探り、ありとあらゆる方法を検討する。
 思考。
 試行。
 再思考。再試行。
 違う。これじゃない。だからもう一度。もう一度! 
 何度でも刹那の瞬きの内に未来を幻視する。
 脳が沸騰するほどに全神経を酷使し、ウェングが見た風景は――――先ほどと何一つ変わってはいなかった。
 知略を尽くしても、無謀な突撃を行っても、警告を発しても、天幕は焼かれ、子供たちは燃え死ぬ。
 どうあがいても変えられない。
 彼が感じた絶望は想像を絶する。絶望的な結末を数百回にわたって見せつけられたのだから。
 変えようのない未来を見せつけられ、老人のように枯れ果てた顔を無理矢理上げて、ただただ叫ぶしかなかった。
「やめろおおおおお!」



「準備完了しました」
 火矢は赤く、獲物を見つけた獣の舌のように揺らめいている。
「では、放て」
 翼から冷酷で端的な命令が短く発せられた。攻撃を仕掛けようとしている天幕に避難している子供がいるとは知らなかったが、知っていたとしても命令を変更しなかっただろう。
 子供を殺してはいけない理由はない。むしろ弱い敵から仕留めた方がよいという判断を下したはずだ。
 子供や弱った獲物を狩るのは常套手段なのだから。
 放たれた矢が緩やかなアーチを描き、天幕に飛んでいく。距離があってもあれだけ巨大な標的を逃すことはない。
 鏃にまとわりつく炎が天幕を焼き尽くすその直前に。

 銀色の光が矢を遮った。

 矢は力なく地面に落ちる。誰もが動きを止める。喧騒に包まれていた今までが嘘のように、風の音がうるさく感じる。
 戦闘の只中であるにもかかわらず遠くを見やる。そこには一人の少女がいた。
 炎のように赤い斜陽でさえ染められぬほどにまばゆいその髪の色は――――銀色。矢を阻んた壁と同じく銀色。
 それが誰かなど考える必要はない。
「久しぶりじゃないか。銀髪」

 彼女も敵が誰であるかは理解していた。
 かつて戦い、最も恐怖した敵。灰色の蟻。何故か以前戦った敵と同じ魔物だと理解できた。
 あの魔物がまた再び彼女の大切な人を傷つけようとしていることを見過ごせるわけがない。
「あなたたちの好きにはさせません。灰色の蟻」

 一人は地の底で、また一人は夕日が照らす大地で、お互いに仇敵を知覚した。
 再会を祝うことはない。嘆くこともない。ただそれでも、恐らくはこうなることを心のどこかで予想していたことは確かだった。
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